中学受験のプロ peterの日記

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開成中の国語の入試問題から考える、感情移入できない文章の読解法(2024.1.09加筆修正)

2024年が始まりました。後1ヶ月で入試本番です。その前に、昨年(2023)の入試問題を振り返っておきたいと思います。

(2024.1.09に加筆修正しました。最後の4.2022年の入試問題はどうたったのか? の部分が加筆部分です。)

 

2023年の開成中の国語は、随筆文と物語文の2第が出題されました。

4問の漢字をのぞき、随筆文から記述が3問、物語文から記述が4問という潔い出題です。

また、解答欄に字数指定はありませんでしたので、まさに記述力を問われる入試だったといえるでしょう。

 

1.随筆文

随筆文は、建築家隈研吾の「ひとの住処」から出題されました。

バブル経済の1980年代の東京の建築事情と、高知県の田舎町での建築の経験をふりかえった文章です。

文章量は多いですが、内容はわかりやすく、記述もしやすかったと思います。

ただし、バブル景気のあの時代の空気感のようなものを知っていれば、もっと理解しやすいのは間違いありません。バブル景気の頃といえば、今からおよそ35年前、その頃大学生から社会人だった世代は、今の50代後半以降でしょうか。皆さんよりも少々上の世代かもしれませんね。

小学生である受験生にとって、バブル景気の時代というのは、歴史の知識として習っただけですので、元禄時代というのとさほど変わりはありません。随筆というのは、時代の共通認識のようなものをベースとして、同世代の共感を呼び覚ますように書かれることが多いので、平易な文章といえど、意外に侮れないのです。

 問1 漢字

 目標・息苦しい・逆・耕す どれも基本的な漢字です。

 問2 記述(説明)

「80年代の建築の世界も、戦場を失った武士によく似ていた」とありますが、「戦場を失った武士」のどのような点に「よく似ていた」のですか。わかりやすく説明しなさい。

筆者の独特の例え方ですが、文章の冒頭にわかりやすく書かれているので、うまく要約すればよい問題です。ただし、きちんと筆者の考えを理解したうえでないと、的確な要約はできないはずです。

戦国時代の武士=社会から必要とされていた存在、勝つことが大事な現実的な人

江戸時代の武士=必要とされていない存在→倫理や美意識をエスカレートさせることで自身の存在意義をアピールする

 

1980年代の日本はバブル景気に沸く時代でした。土地の価格が根拠のない非常識のレベルにまで高騰した時代です。その土地の上に建てられる建築物がバブル経済の影響を受けないはずはありません。その当時の建築業界について、筆者は「武士道が支配する閉じられた息苦しい世界」と表現しています。

バブルの時代を象徴する建築物としては、新宿の東京都庁舎があげられます。1980年代に計画され丹下健三が設計した都庁舎は、243mの当時日本一の高さを誇る、まさにバブルタワーと揶揄されるようなビルですね。

隈研吾は文中にも出てくる高知県高岡郡檮原町とのかかわりから、木を活かした建築で知られています。代表的な作品としては、東京オリンピックの会場として建て替えられた国立競技場があります。豊富に使用された木材が特徴的な建築です。

ところで隈研吾は中高は栄光学園出身だそうですね。

 問3 記述(説明)

「東京の現場」「檮原という場所」とありますが、それぞれ、建築家の筆者にとってどのようなところでしたか。わかりやすく説明しなさい。


筆者にとっては檮原という場所は特別な場所であり、そのことが繰り返し東京との比較をしながら書かれています。

全部をとりあげようとすると字数がいくらあっても足りなくなるので、最も重要と考えられる点をとりあげてコンパクトにまとめる技量が要求される問題でした。

 

2.物語文

今回ここで取り上げたいのは物語文の方です。

柚木麻子「終点のあの子」から出題されました。

高校1年生の女子の、微妙な交友関係が繊細に描き出された作品です。

では、どうしてこの文章が「感情移入しづらい」のかを考えていきましょう。

 

 ポイント1 登場人物が多い

希代子・・・主人公、附属中学から高校に内部進学した高校1年

朱里・・・・高校から入ってきた朱里。朱里の父親は有名なカメラマン

璃子・・・希代子があこがれている美大の大学院生

恭子さん・・・高校入学組。学年1の美人で化粧が上手。大学生の恋人がいつも学校まで車で迎えにくる。

早坂さん・綾乃ちゃん・山下さん・舞子さん・・・恭子さんの取り巻き

森ちゃん・・・町田に住む、昔の通学仲間?

星野さん・・・秀才

カトノリ・・・サブカル好き

なっちゃん・・・先生

高木先生・・・厳しい美術教師

主要な登場人物は希代子・朱里・瑠璃子の3名で、あとの人物はほぼ名前くらいしか出てきません。

にぎやかな女子高生活をリアルに演出する目的で、さまざまな人物名が登場しているのだと思われます。

ライトノベルや学園物アニメのような世界観ともいえますが、丁寧に登場人物を追っていこうとすると失敗します。これらの人物は、いわゆる「モブキャラ」として無視していかなくてはなりません。

あくまでも主人公の心の動きを演出するキャラクター達なのですね。

 

 ポイント2 今時の若者用語が多い

「若者用語」とはまるで年寄のような表現ですが、他に適切な表現が思いつかなかったもので。

サブカル・・・「サブカル好きなカトノリ」という文から、ああなるほど、とカトノリなる人物の人物像が思い浮かぶ受験生はほぼいないと思います。サブカル好きの小学生男子。個人的にはあまりいてほしくないなあと思います。まずは主流の文化を学ぶのが先ですよね。

iPod・・・これはわかるかな? 

相対性理論・・・アインシュタインとは関係ありません。インディーズのバンドだそうです。私もこの問題文を読むまで知りませんでした。

ホスト風の男・・・これはわかると思います。思いますが、小学生に「ホスト風の男」を想像させるとは。

EXILE・・・さすがに私だって知っています。聴こうとは全く思いませんが。ただ、文中では「EXILEを聴いている時点で、うちら的にはナシって感じ」とサブカル好きの子が言っています。受験生はこれで「ああ、なるほどね。」となるのでしょうか?

うちら的には・・・こういう話し方をする生徒がいたら、その場で矯正したくなります。

ハイネックのカットソー・・・美大の瑠璃子さんの服装です。肩がむき出しのハイネックのカットソー、ここから瑠璃子さんの雰囲気が伝わってくる・・・くるのか?小学生男子に?

こうした表現が自然にちりばめられて、主人公の高1女子をとりまく環境を形作っています。

何度もいいますが、受験生読者は小学生男子です。

 

 ポイント3 地名が地域限定

 主人公は小田急線沿いの中高一貫の女子校に通っているようですね。そのために、出てくる駅名・路線名が具体的なだけにわかりづらいかもしれません。

神泉に住む朱里・・・渋谷駅から道玄坂を上り切って丸山町を抜けたあたり、山手通りの手前が神泉ですね。松濤の隣です。「神泉に住む」と聞いただけで、朱里の家の経済状況がうっすらと浮かんできます。朱里の父親が有名なカメラマンであることともつながってきます。

渋谷から一緒に通学できる・・・主人公はおそらく渋谷か、あるいは東横線半蔵門線あたりの沿線に住んでいるのでしょうか。小田急線に乗るなら新宿に出るのが王道です。それをしないでわざわざ井の頭線に乗って下北沢で乗り換えているのは、もしかして朱里に合わせているのかもしれません。

井の頭線・・・もちろん渋谷から吉祥寺をつなぐ路線です。

下北沢駅のホーム・・・希代子の乗り換え駅です。ここで渋谷から乗ってきた井の頭線から小田急線へ乗り換えるのですね。

急行片瀬江ノ島行き・・・物語の重要なワードです。この急行に乗ってしまうと、学校がある駅を通過してしまうので、希代子は気を付けて乗らないようにしているのです。しかし、朱里に誘われて、ついにこの急行に乗ってしまうことで物語は転換します。

下北沢から下りで急行の停まらない駅の女子校。鴎友や恵泉なら経堂だから急行は停まるし、、、などと考えてしまうのは職業病ですね。もちろんフィクションですから実際の学校はあてはまりません。

気になって調べてみたら、作者の柚木麻子さんは、中高は恵泉出身でした。

なるほど!

私の推理もあながち間違ってはいませんでしたね。

渋谷の東急ハンズ・・・こればかりは、行ったことがなければわからないでしょうね。希代子と朱里は画材コーナーを探検しに行きます。ところで去年から名前は「ハンズ」に変わったそうですね。

文化村に向かう坂・・・渋谷駅から東急本店へ向かう坂ですね。もっとも東急本店は2023年の1月に閉鎖され、跡地は高層マンション&商業施設&ホテルになるそうです。

これらの地名を別に知らなくても読解はできます。でも、もし小田急線沿線に住んでいて、「急行片瀬江ノ島行き」のアナウンスを聞いたことがあれば、よりリアルに物語世界に入れるでしょう。

 

 ポイント4・・・物語のテーマ

この物語文に感情移入できない最大のポイントは物語のテーマにあります。

朱里は、奔放な自由人の少女です。中高一貫校に高校から入ってきたばかりなのに、特別な存在感を放っています。学校内のあらゆるグループと仲良くなり、大学生の恋人を持つ恭子とまで親しくしているのに希代子は驚かされています。また、朱里は国語と美術の成績が抜群に良く、美術教師にも一目置かれている存在です。朱里の行動は自由です。学校をさぼることも多く、気まぐれで急行に乗って江の島に行き砂浜をぶらぶらとしています。

物語でははっきりと書かれていませんが、おそらく希代子はごく普通の少女だと思われます。だから、朱里に惹かれているのです。その思いは、単なる友情というよりは、淡い恋愛感情にも似た憧れです。だから、一緒に「急行片瀬江ノ島行き」に乗るのですが、やはり学校をさぼることはできなかったとき、希代子と朱里の関係に変化が訪れるのですね。

さらに、希代子にはもう一人あこがれている女性がいます。それが美大院生の瑠璃子です。しかし瑠璃子と朱里が親しくする様子を見て、希代子は嫉妬するのです。

このように、物語の主軸にあるのは希代子の朱里に対する感情です。その感情は、恋愛感情にも似ています。思春期の少女特有の感情と言ってもいいでしょう。

この感情を、はたして小6男子がどこまで理解できるのでしょうか?

開成受験生の顔を思い浮かべてみても、彼らにこれが理解できるとは到底思えません。

なんてことのない女子高生の物語なのに、感情移入がまったくできないまま読解していくしかないのです。

 

問1 希代子は朱里のどのようなところに魅力を感じているのか説明しなさい。

 まずは、朱里がどのような人物なのかを文中から確認し、それのどこに朱里が惹かれているのかを整理します。

問2 なぜ希代子は「曖昧に笑った」のか、希代子の気持ちに触れながら説明しなさい。

学校をさぼって江ノ島行きの電車にのった朱里に対して、学校をさぼることができない希代子は気持ちをシンクロさせることができません。二人の微妙な関係性を説明する必要があります。

問3 「しゃべりかけてくる朱里の柔らかそうな頬や、屋上で投げ出される白い脚のすべてが疑わしくなる」とはどういうことですか。説明しなさい。

一緒に江ノ島に行くことができなかった後、希代子は朱里の自分に対する気持ちに不安を抱きはじめています。朱里がいまだに希代子を家に誘ってくれないのも自分が一緒に学校をさぼらなかったために違いない。そう考える希代子の不安な気持ちを表現します。

問4 「その夜、希代子はベッドの中で、その青い絵具をなんども握り、凹ませた」とありますが、このときの希代子の気持ちを説明しなさい。

この「青い絵具」が狂言回しのような役割を果たしています。

そもそも朱里が探していた絵具です。朱里が美術の色辞典でみつけた一番変な名前の色、「フォーゲットミーノットブルー」=「勿忘草の青」色の絵具を二人で東急ハンズに探しに行ったのですね。そこで希代子の憧れの女性、瑠璃子にばったりと出会い、たちまち朱里の心は瑠璃子に向き、絵具のことなど頭から消えてしまいます。希代子は朱理のために必至で探したその絵具を自分で買い持ち帰ります。

「勿忘草というのはずいぶん寂しい色をしているのだな」この希代子の最後の独り言に希代子の心情が表れていますね。

 

3.対策

読解の方法はたった一つです。

物語に表現されていることだけから、登場人物の気持ちを分析する、それだけです。

中途半端に感情移入することは読解の妨げになります。

もし今までの国語のテストで、さあっと物語を読み、登場人物についてわかったつもりになり、その思いだけで解いていたのなら、さっそくその解き方を改める必要があります。

小4くらいまでのテストならそんな解き方でもなんとかなりますが、小5の後半あたりから確実に国語の点数が下がってきているはずです。そして入試問題レベルになると、まったく得点できなくなります。

ほんとうは、自分では想像もつかない少女の心の襞を知るなら、読書が一番です。読書の醍醐味の一つに、自分には無縁の世界や人間を知る楽しみがあるからです。

思春期の少女が主人公の小説というと、こんなものがあります。

 

重松清「ポニーテール」

〇梨木 香歩「西の魔女が死んだ

吉本ばななTSUGUMI

辻村深月「サクラ咲く」

太宰治「女生徒」

 

どれも読みやすいです。

ただし、入試を目標とした場合は、読書から読解力をあげていく方法論では間に合いません。

男子でも、いや男子だからこそ、せめて中1くらいでこうした本を読んでおいてほしいと思います。

 

4.2022年の問題はどうだったのか?

 さて、2023年の開成の国語の題材が実に感情移入しづらい文章だったと書いてきました。そこで、さらにその前年、2022年の問題はどうたったかな? と思い出そうとしたのですが、さすがに2年近くたつと忘れています。さっそく今読み直してみました。

 

 (1)主人公は中3の少年

 主要登場人物は以下の3名+1名です。

〇俺(心也)・・・中3

〇夕花・・・心也の幼馴染のクラスメイト

〇心也の父・・・食堂を開いている

〇石村・・・重要な役柄ですが、間接的に語られるだけです

その他クラスメイトが数名出てきますが、重要な役回りではありません。

このように、中3男子が主人公で、しかも物語は主人公の1人称で進められますから、「感情移入」しやすい、つまり物語世界を把握しやすかったはずです。

 (2)物語の舞台

〇学校の教室

〇帰り道

〇自宅(食堂)

 特殊な舞台ではありません。中3男子の行動半径内で物語は進みます。主人公が住んでいる町については(この問題文の範囲では)語られていません。都心でも田舎でもなさそうな雰囲気ではありますが、定かではありません。

 (3)物語の時間

 時代的には現代と思われます。そして季節は夏。この設定は重要です。

「・・・朝から抜けるような青空が平狩り、東の空にマッチョな入道雲が湧きたっていた。蝉たちも無駄に元気で、登校時間の気温はすでに30度を超えていた。でも、今朝のテレビの天気予報によると、これからどんどん空模様は変わっていき、午後になると台風の影響が出はじめるらしい。・・・」

冒頭にあるこの文書で、物語世界が現実化します。この後、暴風雨の中で心也と夕花がずぶ濡れで歩くシーンで二人の距離が縮まるのです。

 (4)物語の概要

 心也は父と二人暮らしです。母親は亡くなっています。心也の父が自分の店(大衆食堂)で「こども飯」を始めたことがきっかけとなって、物語は動きます。「こども飯」の説明は無いのですが、どうやらこどもが安く(あるいは無料?)で食べられる食事を提供し始めたということのようです。そこに、クラスメイトの石村や夕花も訪れて「こども飯」を食べていきます。このことから、石村や夕花の家庭の事情が薄っすらとうかがえますね。

 父の試みは、周囲から悪意を持って受け止められたようです。「偽善者」とののしる匿名の電話や貼紙がされるようになりました。そして心也の学校の机にも「偽善者のムスコ」と落書きがされます。心也は、そのことを受け止めきれず、動揺します。

 物語は、主人公の心の動きを中心に、父の存在を縦軸、夕花との微妙な人間関係を横軸として紡がれていきます。

 

私は2020年に出版されたこの本を未読なのですが、この後心也と夕花の間に恋心が芽生えていく予感がします。(読んだ人に聞いたら当たりでした。しまった、読む前に聞くんじゃなかった!)

 生徒たちは「こども食堂」と呼ばれるムーブメントについては知っています。恵まれた環境にある生徒ばかりなので、意図的に授業では日本の貧困問題について扱っています。だから、文章そのものの読解には問題なかったと思います。

主人公は、父親の愛情、クラスメイトの反応、周囲の非難、教師の言葉、こうした一つ一つに素直に対応できず、一人で心に矛盾した思いを抱え込んでいます。中3男子ならではといった感じですが、思ったよりは主人公は素直な少年なので、小6男子でも十分理解できたことでしょう。

 問6 75字記述

 おそらくこの問題が一番難問だったと思います。

心也が、父の作った焼うどんを食べた後の部分です。

「ごちそうさまでした」少し、声がかすれてしまった。「おう、美味かったか?」母がいなくなってから、何度も、何度も、父と俺のあいだで交わされてきた短い言葉のやりとり。ちょっと腹が立つから、今日くらいはイレギュラーな返事にしてやれ、と俺は思った。「まずかった」

「まずかった」とありますが、この時の心也の気持ちを説明しなさい。という出題です。さすがにこの問題に対して、「ちょっと腹が立ってイレギュラーな返事にしてやれと思っていた」と書く生徒はいないと思います。いくらなんでもそれでは点はもらえません。

 まあ中3男子ですからね。自分の気持ちに素直になれない、とくに親からの愛情に対しては余計反発したくなる、そういう年頃です。いわば入試の定番の出題です。この文書から問題を作るとすると、誰もがここに傍線を引いて出題したくなります。

 しかし、心也の本心を的確に読み取ろうとすると案外苦労します。なぜなら、この心也という少年が反抗期とはとても思えない、素直な良い子だからです。それを前提として心也の本心をどう読み解くかが鍵となる問題でした。

 

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