中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

2024入試問題 鴎友学園1回 社会科



 

 今回は2024年の入試問題社会科の中から私の大好きな問題を出す学校の1つである鷗友学園の問題を取り上げたいと思います。今回取り上げるのは第一回社会科入試問題です。

 

1.入試傾向


鷗友の社会科入試問題は、基本的な知識を全般に網羅する中に思考力を必要とする記述問題をだす、バランスのとれたものです。しかもオールカラーです。資料問題が非常に見やすいのも特徴の一つです。
実は、鷗友は、かつては2科目校でした。それが4科目入試に踏み切ったときから、カラーで出題しています。私の知る限り、カラー化に踏み切った最初の学校です。
また記述問題が実にいいですね。標準的な記述が数問並ぶなか、最後になかなかの時事的な思考力問題を出すというスタイルが定番です。
全国の社会科入試問題を見てみても、質の高さ=思考力を要求する割合、そして難易度こうした総合点からみて、麻布中学の入試問題が相変わらず最高難度かつ最良の入試問題である事は間違いありません。そして海城中学校の入試問題もまた記述問題としてはなかなか考えさせるものが例年出題されています。そしてこの鷗友学園です。女子校でありながら、政治問題にも切り込む形で記述の良問を毎年出す注目の学校だと思っています。

 

2.地理からの出題

 

近年、第一次産業と最先端技術を結び付けた新しい取り組みが進められています。きぎょう(a)農業の分野に企業が参入して、新しいビジネスとしている例があります。例えば、ある企業は、(b)自動車生産で用いられているしくみを農業へ導入することを支援しています。しえんさいばいけいやくまた、(c)大豆ミートなどの代用肉を生産する企業は、大豆の栽培農家と契約して原料を手に入れやすくしています。このような取り組みは、多くの農家を支えています。

(3)近年、農家は、収入が安定するように農業の多角化を進めています。稲作農家が農業の多角化を行う場合、どのようなことができるでしょうか。その例を1つ挙げなさい。

 

近年社会科入試問題で、頻出キーワードとして取り上げられるのは第6次産業と言う語句です。第6次産業と言うのは、農林水産業第一次産業そして工業の第二産業さらに商業サービス業の第三次産業を組み合わせた造語です。つまり農林水産業と工業商業をうまく組み合わせた新たな産業という意味で使われています。もっともそんなに大げさな話ではありません。例えば栃木県のイチゴ農家が自分のところで栽培したイチゴを使ってイチゴジャムを製造します。その製造したイチゴジャムを、例えばネット通販や道の駅などを利用して、一般消費者に販売する。これも立派な第6次産業家ということが言えるでしょう。

この問題では、その第6次産業をそのまま答えさせるのではなく、稲作農家に限定して農業の多角化の工夫を答えさせると言う切り口でした。

ここで少々引っかかるのは「農業の多角化という語句です。あくまでも農業の枠の中での多角化と考えた場合には、なかなか書くべき内容が思いつきません。通常は農業の多角経営と言うと、例えば畑作と稲作の組み合わせ、あるいは畑作稲作と畜産の組み合わせといったものが昔から行われてきたからです。しかしここではそのようなことを聞いているのではないことは容易に想像がつきます。例えば最近米を粉にした米粉が注目されている事はご存知でしょうか。小麦の代わりに米粉を用いることで、小麦アレルギーの人でも食べられるパンが作られたり、あるいは食感の異なるパンの製造などが行えるということですね。健康にも良いということで注目が集まっています。そこで稲を単に育てて出荷するだけの農業から1歩踏み込み、米粉に適した品種の稲を栽培し、農家の段階で、米粉にまで加工してそして出荷する、そうしたやり方が思いつくかもしれません。あるいは観光農業といった切り口も考えられるかもしれません。食育と言うのは近年文科省からも積極的に進められている教育のやり方の1つです。もしかして学校でバケツいいね作りをやった経験がある方もいるかもしれません。そこで例えば年間を通して稲作体験を提供する。そうしたやり方も考えられるでしょう。春の田起こし、代搔きから始まり、苗作り、そして田植え雑草取り、最終的に収穫、ここまでの1連の流れを教育の機会として提供する。実はもうこうした試みは各地でたくさん行われています。これもきちんと行えば十分な産業化が可能だと思います。

さて、学校が用意した模範解答はこうなっていました。

おにぎりなどに加工して、道の駅で販売すること。

ちょっと拍子抜けしましたか?

実は鷗友学園の記述問題の特徴として挙げられるのは、問題の切り口はなかなか難しく思えるのですが、要求されている回答の水準は、ごくごく標準的なものであることが挙げられます。ここでは難しく解答を考える必要はありません。模範解答にあるように、お米=おにぎり、ではおにぎりを作って、道の駅で売ったらどうだろう?
といった、シンプルな第6次産業の例をあげればよかったのです。自分なりに思いついた意見をきちんとまとめてコンパクトに表現する。そうした能力がここで必要とされていたと思います。他の問題、自動車工業についての出題を見てみましょう。

問題はこうです。

自動車工業がさかんな地域には、小規模な工場から大規模な工場まで多くの工場が集まっています。なぜこのようになっているのか、自動車工業における製造過程に触れて説明しなさい。

この問題はかなりの基本問題ですね。自動車工業と言うのはたくさんの工業が重層的に重なって協力しあって作られる、そうした特徴があります。いわゆる関連工場・下請け工場がなければ、自動車組み立て工場は立ちゆかないのですね。そこで例えばトヨタ自動車の組み立て工場の周辺には、たくさんの関連工場が集積していることになるのです。それをシンプルに表現できれば、これは正解となる問題でした
次の記述問題もまたそんなに難易度高くありませんでした。

いわゆる現地生産の利点を自動車会社にとって、そして現地の人にとってと2つに分けて書くだけの問題です。自動車会社にとっての利点は簡単です。コストダウンこの1点につきます。特に人件費の安い東南アジアに進出するメリットはとても大きいものであると言えるでしょう。もちろん現地東南アジアの人々にとっての利点は雇用の創出につきます。働く場所が単純に増えるということですね。そしてもちろんそこで働くことによって自動車製造の技術が学べます。回答としてはこの働く場所が増えることと、技術を学べることの2つを盛り込むと良いでしょう。模範解答もそうなっていました

 

3.歴史の問題

記述問題は江戸時代における年貢のかけ方についての出題でした。年貢のかけ方が検見法から定免法、つまり収穫高に基づく年貢から収穫によらない一定の年貢へと変更したことについて説明する問題です。このように変更したことによって、幕府にとってどのような利点があったのかと農民の生活にどのような問題が起きたのかそれぞれ説明しますが、これはかなり簡単な技術問題でした。
もちろん幕府にとっては年貢の量が一定となり、収入が安定する。これが最大の利点です。農民にとっては凶作の時が大変です。豊作の時は年貢の量が相対的に減るため、余裕が生まれますが、凶作のときにはそうはいきません。これをきちんと説明すれば済む問題でした。

同じ大問2の問いの中では、現在の消費税の問題について答えさせる大言うらしい切り口の問題が出されています。

資料として過去3年間の税収の総額と消費税収の額の推移が表として出されています。問いとしては2022年度の消費税は税率が上がっていないのはなぜ増えたのか、これについて答えなくてはいけません。指示としては、近年の日本の経済状況や国民生活について触れて答えること、ただ新型コロナウィルスの影響以外の点で考えることとされていました。

これはおそらく相当難易度が高かったと思われます。皆さんはわかるでしょうか?

答えは物価の上昇です。生活必需品を含め近年日本では物価が上がり続けています。しかし、国民としてはいくら物価が上がろうと、生活のために必要な品物も購入は続けなくてはいけません。これが好景気で収入の増加を伴う物価高であるのであるならば、当面買う必要のない品物の購入を買い換えることで物価高に対応できることもできます。その場合消費税収入は上がる事はあまりありません。しかし既に国民の生活はひっ迫しています。政府の統計とは異なり、国民の生活実感としては収入が上がらないのに、物価が上がり続けている。そのために生活がどんどん苦しくなっているというものがあります。既に贅沢品の支出は控えています。生活必需品も限界まで切り詰めています。その状況で物価が上がれば国民としては我慢をして買い控えることがもう既にできません。生活に必要なものは買うしかないのです。そのために消費税収が上がる。これが現在起きている現象だと言えるでしょう。さすがにこの問題の答でそこまで書き込むことはできません。しかし、鷗友らしい鋭い切り口の出題だったと思います。

 

4.公民


大問3は公民分野です。

国会議員に認められた特別な権利付逮捕特権について出題されました。これは珍しい出題と言えると思います。国会議員の不逮捕特権については、従来あまりクローズアップされることがなかったのですね。なぜこのタイミングでこの問題が出題されたのか皆さんは想像がつくと思われます。そうですね。国会議員が当選後1度も国会に出席することなく、海外で暮らしていて、最終的に逮捕された、そうした事件は、記憶に新しいと思います。特権は憲法第50条に規定されています。

出題はこうです。

この不逮捕特権を国会議員に保障する事は、民主的な政治が行われる上でとても重要です。それはなぜか、次の条件に従って説明しなさい。

条件1:日本国憲法第50条の規定がないと、どのようなことが危ぶまれるかに触れること。
条件2:国会とはどのような機関かについて触れること。

 

なかなか良い問題だと思います。特権の本質的な意味について答えさせる問題だからです。もちろん回答の流れとしては国会の立場と言うものを書く必要があります。憲法の全文にも述べられていますが、国会議員は国民の代表の立場です。そして国会は国権の最高機関とされています。主権を持つ国民のいわば代理人になる国会議員が何らかの圧力によって不当に逮捕されるようなことがあれば、民主政治は成り立ちません。それを上手にまとめるだけでよかった問題です

 

シルバーシートについての問題

 

一瞬シルバーシートの問題点、つまりシルバーシートがあることで、シルバーシートではない一般の座席を譲らなくなってしまう。そうしたことに触れる問題かと思いましたが、そうではありませんでした。シルバーシートの導入は高齢者のためのものとしてスタートした、そうしたことが問題文に書かれています。しかし現在では高齢者専用と言うわけではありません。優先席の考え方が変わったのはなぜか具体例を挙げて説明しなさい。と問題にはありますので、ここではシンプルに優先されるべき人の範囲を高齢者だけでなく、妊婦や障害のある人などにまで広げるようになったと書くだけで正解となるのです。

いよいよ、最後の記述問題です。テーマは生成AIについてのものでした。

 

まずチャットGPについての文章が書かれています。その上で出題はこうなっていました。

生成AIにはどのような問題があると考えられているか、下線部の内容に着目して説明しなさい。その上で指摘した問題に対して、生成AIを利用する人どのようなことに気をつけていく必要があるか答えなさい

今年は生成AIに関連する出題が各学校で出題されています。このの問題はある意味基本的な問題でもありますが、とても重要な問題点を指摘しなくてはいけません。生成AIは学習した情報以上のものを出力することはできないのですね。したがって、どのような情報がAIの学習データに含まれているかによって出てくる回答に大きな問題が生じます。

私もチャットGPTに日本の歴史についていくつか質問してみたことがあります。瞬時にそれらしい答えが出てくる。その能力には驚愕しましたが、内容は全て間違っていると言う恐ろしいものでした。一体何のデータを参照したら、このような回答出るのかさっぱり分かりませんが、おそらくは現状の生成AIには情報の質の判別がつかないのだと思います。そして残念なことにネット上には質の悪い情報の方が多く出回っているものです。こうしたことを踏まえて、差別や偏見を含む内容が入力されてしまうと、それを反映した誤った回答が生成されてしまうなどといった具体例をまず書いてみましょう。そしてどのような点に気をつけるかは簡単です。生成AIの回答が正しいと思わないこと、あるいは思い込まないように気をつける。つまりリテラシーを身に付ける。これが模範解答としては適切だと思われます。

 

peter-lws.hateblo.jp

この生成AIに関する主題は多分今後数年間流行していくのだろうと思います。おそらく今学校現場では恐る恐るチャットGPTなどを使ってみているといった段階だと思います。その結果生徒から遮断すると言う方向に走る学校が多分大半でしょう。ですが、1部の学校では積極的に教育に取り上げる方向性も充分考えられます。既にそうした動きを示している学校もあります。そして、この生成AIを積極的に教育に取り上げる方向性としては、リテラシーを学ぶ材料として導入する場合もあるでしょうが、最終的には教育の質を高めるツールとして利用できるようになれば最高です。まだまだ発展途上の生成AIですので今後どのように入試問題にそれが反映するのか、予断を許しません。

peter-lws.hateblo.jp