中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

2024年度 東邦大東邦帰国生入試 

 今回は、つい先ごろ、2023 12/1に実施された東邦大東邦の帰国生入試の国語の問題を紹介します。

 

1.東邦大東邦の帰国生入試要項

 帰国生入試は、英語・算数・国語の3科目で実施されました。それぞれ45分・100点満点です。

 ちなみに、同日に実施された「自己推薦入学試験」と算数・国語の問題は共通です。

 この学校は、2024.1/21が本番試験(前期試験)となっていますので、志望する生徒にとって事前に受験できるこの12月の試験は大きな意味を持ちます。もっとも国内一般受験生であっても、自己推薦入試は受験できますので、帰国生ならではの優位性は少々薄れますね。

 さらに、帰国生入試の受験資格についても

1 海外での就学期間が 2 年以上ある者
2  海外での就学期間が 1 年以上で次のいずれかの条件を満たす者
   ・海外の学校に在籍していること
   ・ 国内の小学校に在籍し,帰国後 3 年以内であること
3 その他,本校が受験資格を認める者
(注) 就学期間とは,日本の小学校に該当する教育機関に在籍していた期間を指す

となっていますので、かなり緩い基準です。逆にいえば、その分だけ競争は厳しいとみていいでしょう。

 

 (1)千葉の私立中の人気度変遷

そもそも帰国生入試の受験資格が緩かったり、自己推薦入試という謎の入試を前倒しで実施しているのは、学校の危機感の表れではないかと私は邪推しています。

もともと千葉県の入試では、この東邦大東邦と市川中が2強状態でした。東京の受験生がこぞって「1月お試し(予行演習)受験」として、この両校を受験したものです。難易度からいえば、東邦大東邦>市川 でしたね。

ということは、例えば開成や筑駒・桜蔭を受験(かつ合格)するレベルの生徒がこぞって東邦大東邦を受験したのです。多少通学時間がかかっても、合格したら入学金をおさめて「押さえる」ご家庭も多くありました。そして2月の東京の入試で残念な結果に終わっても、こちらの学校で6年後にむけて頑張る、そうした生徒を集めていたのです。

しかし、渋谷幕張が1983年に高校を、1986年には中学校を開校します。そのあとの推移はご存じのとおりです。渋谷幕張が首都圏屈指の難関校(&人気校)になりました。

現在の偏差値をみてみるとこんなかんじです。

渋谷幕張・・・S-65 / N-69 / Y-70

市川・・・・・S-55 / N-64 / Y-65

東邦大東邦・・S-54 / N-62 / Y-61

とくに東邦大東邦の人気(高偏差値の受験生からの人気)が下がる要因が学校自身にあったとは思えませんが、完全に渋谷幕張に持っていかれたのですね。

市川は一時低迷していましたが、男子校から共学化したことでじわじわと人気が回復しました。東邦大東邦も最近は少しずつ偏差値が上がってきつつあるようですので、学校の取り組みが成功したのかもしれません。あるいはあまりの渋谷幕張の高難易度を避ける受験生がこちらに流れてきているのかもしれません。

※塾が算出する偏差値だけで学校の実力を語ることの愚かさは承知しています。あくまでも一つの目安として見ているだけです。

 

 (2)帰国生入試の出願資格を考察

さて、帰国生入試の受験資格が緩いのは学校の危機感の表れではないかと書きました。多くの学校が「優秀な帰国生」を何とか取り込もうとしています。例えば、最近東大への合格者数を急速に伸ばしている「洗足学園」の帰国生入試の資格を見てみると、募集要項にはこう書いてあります。

〇2011年4月2日~2012年4月1日に生まれた女子

なんと、海外経験を問わないのです。

一応その下には、必要書類として

〇海外最終滞在1年分の成績表コピー 

の郵送を求められています。ということは、とにかく海外に1年いたことさえあればOKということですね。

※だいぶ以前ですが、洗足学園の先生に、「今年は海外経験のない生徒が帰国生入試で合格しましたよ。」と自慢?されたことがあります。実は東京都私立中学校は帰国生の資格を2024年から厳格化し、以下のように定めることになりました。

「1年以上海外に滞在し、帰国後3年以内の者」

厳格化といいますが、だいぶ以前から各学校ではこれくらいの基準だったと思います。なかにはもっと厳しかった学校もありました。これは足並みをそろえたということなのでしょう。

ということは、洗足学園は掟破りなのか?

いえいえ、洗足学園が立地するのは「溝の口」で、神奈川県です。つまり東京都の私学の取り決めには縛られないのですね。これは学校の先生から直接聞きました。

「うちは神奈川県ですから」とにやりとされたのを覚えています。

そうしてみると、緩いと思った東邦大東邦の条件は、東京の学校と横並びだったのですね。

ところで、優秀な受験生の取り込みにすでに成功している渋谷幕張は、帰国生の資格条件をさぞかし厳しくしていることだろうと思って、募集要項を見てみました。

出願資格

下記のア、イ、のいずれかに該当する者
ア、2024年3月に小学校を卒業見込みの者
イ、2011年4月2日から2012年4月1日までに生まれた者

あれ? 洗足スタイル?

提出書類としては、〇帰国生カード 〇プリエッセイ の2つを事前に提出しなくてはなりません。この帰国生カードには、就学前&小学校を細かく記入することになっていますので、さすがにすべて日本の学校を記入して提出するのには勇気が必要ですね。私もそうした生徒を知りません。

さて、海外経験がなくても渋幕帰国生入試を受けられるのか?

いちおう学校のHPにはこうなっています。

Q:帰国生入試の出願資格を教えてください。
帰国生入試の出願資格に記載の通りです。帰国生入試の出願に関して、海外在留期間や帰国後の年数、国籍、居住地、国内インターナショナルスクールからの出願資格等、様々なご質問を受けることがありますが、出願資格に記載された条件を満たしていれば出願できます。

どうやら出願はできるみたいです。

1月22日の本番入試の前、1月20日が帰国生入試日程です。

もっとも、渋谷幕張の帰国生入試は、帰国生入試の中でも「最難関」です。英検準1級の子が次々やられています。こちらを不合格で、一般入試でリベンジ合格した生徒を何人も知っています。「出願できる」だけでは意味がないことは確かですね。

 

2.東邦大東邦 帰国生入試 国語の問題

 大問1 エッセイ「無駄な読書」(柿内正午)

 読書についてのエッセイからの出題でした。この筆者は寡聞にして私は知りませんでした。筆者について検索してみても、こんなものしか見当たりません。

【著者紹介】
柿内正午 : 会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中

これでわかります? 私はさっぱりです。なんでもプルーストの「失われた時を求めて」(全10巻)を買って、毎日読むことをエッセイにしたようですね。

それで腑に落ちました。この人は絶対変わった人だ。なぜなら、私は過去2回チャレンジして2回とも討ち死にした(つまり最後まで読めなかった)本が「失われた時を求めて」だったからです。

さて、私の読書体験はどうでもいいとしても、このエッセイは小学生には読みにくかったことと思います。例えばこんな文章なのです。

・・・労働というのは異なる他者たちがそれでも齟齬がないかのようにふるまうための通訳ー整理整頓なんだという僕の感覚からすると・・・

・・・読み、そして書くことは、むしろ既存の秩序を脅かし、乱雑さを取り戻す営為なのだと僕は信じる。

・・・本は、読めば読むほど散らかる。そして、散らかれば散らかるほど楽になる気持ちというのがある。しかし、散らかしっぱなしでは社会生活は立ち行きにくい。

なんでしょうね、このなんともいえない読みにくさは。この筆者の視点はそうとうひねくれていると感じます。

設問は7文字の抜き出し以外はすべて記号選択です。ただし、「散らかりっぱなしの世界」とありますが、その説明として適切なものを選びなさい。という設問もありますので、きちんとした理解が必要なため、難易度は低くはないと思います。

 

 大問2 物語文 「羊と鋼の森」(宮下奈都)

 一転して、こちらの文章はほっとします。

2013年から文芸誌に連載され、2015年に出版された本です。2016年には本屋大賞を受賞し、2018年には映画化もされましたね。読んだ方も多いと思います。私も面白く読みました。

入試問題としては、筑駒・鴎友・森村・自修館・青学横浜英和・富士見・神戸女学院などで使われています。

ただし、入試問題向きの本かといえば、必ずしもそうとはいえません。

〇主人公が特殊・・・ピアノの調律士

〇題材が特殊・・・・ピアノの音色

〇物語が繊細

中学入試に出しやすいのは、登場人物が中学生くらいで、何か問題をかかえており、それを努力や何かのきっかけで克服して成長する、そうした物語です。「羊と鋼の森」も、主人公の青年の成長物語ではあるのですが、その成長ぶりがゆっくりすぎて、そして派手な事件もないので、入試問題としては出題しにくいと思います。

 

アマゾンの紹介をそのまま引用すると、こう書かれています。

ゆるされている。世界と調和している。
それがどんなに素晴らしいことか。
言葉で伝えきれないなら、音で表せるようになればいい。

高校生の時、偶然ピアノ調律師の板鳥と出会って以来、調律の世界に魅せられた外村。
ピアノを愛する姉妹や先輩、恩師との交流を通じて、成長していく青年の姿を、温かく静謐な筆致で綴った感動作。

 

この筆者は、登場人物の心の襞を丁寧に書くことに長けています。この作品も、派手なドラマが展開するわけでもなく、どんでん返しもありません。ただただ静かにピアノの音色が聞こえるような、そうした作品です。

これは、ピアノを弾く方でないとなかなか良さがわからないかもしれません。調律って地味だけどとても大切ですよね。私はそこまで耳が良くないのでわかりませんが、知人のピアニストさんが調律の大切さを力説していました。プロは専属の調律師をコンサートに同道するそうです。(そういえば私のピアノも調律をだいぶさぼっています。そろそろまずい。)

さて、文章は読みやすく、問題の難易度はそう高くはないのですが、いかんせん問題文に抜き出されている部分だけの読解では、解きにくいと思われます。

まず、登場人物の人間関係がここからではよくわかりません。

〇佐倉由仁・和音・・・ふたご

〇調律師・・・秋野さん・柳さん

〇店の人・・・北川さん・諸橋さん

〇社長

〇戸村・・・主人公(語り手)

ふたごが店(楽器店?)を訪れ、ふたごの一人がピアノを上手に弾く、ただそれだけの場面です。どうも過去にこのふたごとピアノの間に何かがあったようなのですが、それはわかりません。ふたごの一人が弾くことにも何か意味があるようなのですが、それもわかりません。戸村とふたごの間にも何かがあったようなのですが、それもわかりません。登場人物についてほとんど語られていないのに、読解をさせるという、かなり無茶な出題です。

 これは、明らかにこの本を読んだことがある受験生が有利すぎます。せめてピアノの世界や調律師について多少なりとも知らないと不利だと思います。

「せっかくだから弾いていく?」

「えっ、いいいんですか?」

聞いたのは由仁だ。そのまま由仁が弾くのかと一瞬思ってしまった

下線部の戸村の気持ちを選ぶ問題なのですが、これはさすがにふたごの背景を知らないと選びようがないでしょう。

ピアノが大好きで豊かな才能もあったふたごのうち、由仁があるきっかけからピアノを弾けなくなったのです。そうすると和音まで弾くことにためらいが生じる。そうしたストーリーが前に展開されているのですね。それを受けてのこのシーンだったのです。その背景を知らないとこの問題はつらいです。

ピアノ関連でいうと、恩田陸の「蜜蜂と遠雷」も同じころに直木賞を受賞し、映画化もされて話題になりました。こちらも中学入試で出題されています。そして、こちらも、読んだことがある生徒が有利な出題でした。

そのあたりのことは、こちらに詳しく書きました。

peter-lws.hateblo.jp

 

ほぼすべて記号選択、そして問題数も少なかったので、解法のテクニックを駆使すれば得点できます。そういう出題でした。