前回の記事の続きです。
武蔵中の入試問題を見ながら、向く子と向かない子について考察してみます。
例によって私個人の主観で書いています。正確さも欠いています。どうかご容赦のほどを。
1.理科
武蔵の理科といえば「袋問題」ですね!
「袋問題」というのは、袋に入った「何か」が配られ、それに基づいて考察させるという問題です。問題の最後には、「袋に入れて持ち帰りなさい」と書かれていることから、「おみやげ問題」ともよばれます。
過去に「おみやげ」として配られたものは、こんなものでした。
・みかん
・ねじ2本(六角ボルト・六角穴付きボルト)
・木の葉3枚
・画鋲
・キャスター
・マグネットシート
・ファスナー
・磁石
・カラビナ
どうですか?
これを「おもしろい!」と感じる生徒こそが、武蔵が求めている生徒なのです。
逆に、「こんなの習ってないよ!」としり込みしてしまう生徒は、はっきり言って武蔵には向いていないと思います。
また、昨今は塾もこの武蔵の袋問題を「当て」にきています。
袋に入るサイズで、理科的考察につながりそうな「何か」。
私の知人の理科の先生も、折に触れホームセンターや百均等を物色する習慣がついたと笑っていました。ちなみにまだ的中させたことは無いそうです。
しかし、このような塾の予想に頼るような生徒もまた、武蔵的ではない気がします。
どうしても「袋問題」が目立ちますが、その他の問題も武蔵らしい思考力を要する問題が出題されます。基本知識とその応用、グラフや表などから事象を読み取り整理する力が問われています。
ちなみに、今年の「袋」の中には、スティックのりやリップクリームでみられる、回転繰り出し式のプラスチック容器が入っていました。昨年のカラビナと同様、すでに完成された製品の動作と構造を解析するタイプの問題です。個人的には、ねじやマグネットなど、単純すぎて何を書いていいかわからない問題のほうが好きですが、受験生の意見は逆でしょうね。
2.社会
以前の武蔵の社会といえば、「好き放題」な出題ばかりでした。「好き放題」というのはあくまでも私の個人的な感想です。
◆イスラム世界についての出題
アラビアンナイトを少し紹介し、「ここに書かれたことと、あなたが読んだことのあるアラビアンナイトの話を参考に、当時のイスラム世界について説明しなさい。」
こんな問題が平気で出されていたのです。
イスラム世界についての知識がある受験生など存在しません。せいぜい、イスラム教・ムハンマド・コーラン・ラマダン・聖地エルサレム、これくらいの単語が出てくれば上出来です。そもそもアラビアンナイトを読んだことのある生徒はごくわずか(皆無)でしょう。
もちろん、生徒にイスラム世界についての知識があることを求めている出題ではありません。「ほら、こんな球でも打ち返せるかな?」と、とんでもない悪球を放ってくるピッチャーのようなものでしょうか。
◆ペルーの日本語新聞からの出題
問題用紙には、ペルーの日本語新聞のタイトルを切り貼りしたものが載せられています。「洞窟に蝙蝠大発生」などというものです。
ここから、ペルーについてのいくつかの問題が出されていました。
これは明らかに、社会科の先生がペルーに旅行に行って思いついた問題ですね。ペルーーの日本語新聞など日本国内では入手不可能ですので。
「次の入試問題は何を出そうかなあ?」などと考えながら夏休みにペルーを旅した先生が、日本語新聞を手にして「よし、これだな。」とほくそ笑んている姿が目に浮かぶようです。
◆マルコポーロの東方見聞録からの出題
あるとき、卒業生で武蔵に進学した生徒が二人ばかり遊びにきたのです。学校の様子などについて雑談していると、彼らがこんなことを言ったのでした。
「俺らの学校の社会科の先生、夏休みにモンゴルに旅行したんだってさ。」
これを聞いた時、私の頭に閃くものがありました。もしかしてペルーに旅行した先生と同一人物か? ということは、次の入試はモンゴルからの出題か?
さて、そのころ武蔵中を第一志望とする生徒を数名教えていました。そこで、彼らには「モンゴルスペシャル講座」ともいうべき記述講座を開催したのです。
もちろん、こうした「ヤマを張る」指導はやるべきではありません。一般的な入試対策の合間に、少しだけモンゴルについての知識を広げていくような形でした。
モンゴルの地理についてもひととおり教えましたが、歴史についてももちろん扱います。日本とモンゴルの歴史上の接点といえば、「元寇」です。いろいろと謎の多い元寇ですが、丁寧に扱いました。また、当時の元に滞在していたマルコポーロの「東方見聞録」についても教えたのです。実は「東方見聞録」は、日本に来たこともないマルコポールが噂話を集めて書いたようなものなので、日本についての記述はかなり怪しく、従来は歴史教育で扱うことはありません。
さて、入試当日、さっそく入試問題を入手した私が見たのは、「東方見聞録」を史料とした出題でした。
私の長い教師人生でも、会心の当たり! といえるのはこれくらいです。
しかし、最近の武蔵の社会科は、大人しくなったというか、昔のような「好き放題」な出題は見られなくなったのが残念です。
とはいえ、相変わらず記述問題がばりばりと出題されています。
2024年の出題は、労働について考えさせる問題でした。そして最後の記述がこれです。
労働のあり方を変えていこうという動きの中で、しばしば「ワーク・ライフ・バランス」(労働と生活の適度なつり合い)という言葉が協調されています。この言葉には、これまでの労働のあり方が大きな問題を抱えていることと、個人の生活や家族との関わりを大事にすることがよりよい社会を築くために欠かせない、という考え方が反映されています。ワーク・ライフ・バランスを保つことが、現代社会が抱えるさまざまな課題の改善にどう結ぶ着くのか、それらの課題のうちの一つを上げて説明しなさい。
まるで麻布のような、といっては武蔵に失礼ですが、社会問題について考察させる出題でした。
もう昔の武蔵のような破天荒な出題は見られないのでしょうね。
少し残念なような気もしますが、受験生にとっては朗報でしょう。
麻布・武蔵志望者をひとまとめにした対策が可能だと思いますので、塾にとっても朗報だと思います。
3.武蔵の50年・100年
武蔵高等学校の同窓会組織に「木曜会」というものがあります。
その活動履歴をみると、各界で活躍する卒業生が講演を行っているようで、そのメンバーを見ているだけでも武蔵という学校が垣間見えてきます。
その中でも、2013年4月11日 田辺 恵一郎(50期)氏による講演の史料を見ることができるので、ぜひご覧ください。
50年間の入試問題から見る武蔵の歴史」 ~「武蔵クロニクル」発刊に際し~ (武蔵学園90周年記念出版)
そこでは、武蔵の50年間の入試問題の分析が詳細になされています。卒業生の手による分析ですので、おそらくは出題された先生を想定しながらのものだと思います。ぜひご覧ください。
たとえば、国語についてはこのようになっています。
国語
・1961年頃から、長文の物語が出題される。
・受験生と等身大の主人公が出る物語が多い。 2007年:安野光雅 「蟻と少年」
・近年は、傾向が変わりつつある。
2011年:なだいなだ 「わが輩は犬のごときものである」
2012年:鷲田清一「待つということ」
また、過去の大学実績も50年にわたって追跡しているほか、その後の職業についての資料もまとめられており、武蔵という学校をより深く知る手がかりとなります。
ちなみに、武蔵は学究の道に進む者がなんとなく多いのではないかと思っていましたが、この資料を見ると過去50年の卒業生のうち、研究・教育に進んだ者は12%でした。
他の学校と比較しないと何ともいえませんが、公務員の9%や、医歯療の11%よりも多いのが武蔵らしいといえるかもしれません。
4.どういう子が向くのか?
ずばり、「探求心のある子」です。
武蔵の掲げる「自調自考」は飾りではありません。
好奇心を持って本気で探求する子、そういう子がまさに武蔵に向いています。
逆に言うと、周りに流されやすい子、流行を追ってしまう子、指示されなければ動けない子、学ぶことが嫌いな子、こうした子は武蔵には向いていないと思います。
もちろん、このレベルの学校になると、様々な生徒が進学してきます。全ての生徒が、好奇心のおもむくままわが道を行く子ばかりのはずはありません。先生の指示をきちんと守り、言われたことを着実にこなす生徒、東大一直線塾に中1から通って東大合格のみを目標として6年間を過ごす生徒、そうした生徒も多数いると思います。
でも、せっかく進学するのなら、武蔵の与えてくれる環境を最大限活かせる子に進学してほしいと思うのです。