中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

【中学受験】塾の栄枯盛衰の未来を考える

前回、理想の塾を考えながら、どうしても実際の塾の栄枯盛衰に思いがとびました。そこで、今回は塾の栄枯盛衰の歴史など振り返りながら、未来についてあれこれ考えてみることにします。

※例によって、私の主観による話です。特定の塾を持ち上げるつもりも貶める意図もありません。また、私の記憶(あやしい)に基づいていますので、正確さは期待しないでください。

1.どんな塾の売り上げが大きいのか?

ここで、上場している塾の売り上げランキングを見てみましょう。(単位 億円)

1位    株式会社ナガセ    523.5
2位    株式会社リソー教育    314.9
3位    株式会社早稲田アカデミー    307.3
4位    株式会社スプリックス    303.6
5位    株式会社京進    254.2
6位    株式会社東京個別指導学院    217.9
7位    株式会社明光ネットワークジャパン    208.7
8位    株式会社ウィザス    198.6
9位    株式会社市進ホールディングス    172.9
10位    株式会社ステップ    144.4

会社名で出てくるとわかりづらいですね。

1位のナガセは、四谷大塚東進ハイスクールを運営する企業です。

2位のリソー教育は、「TOMAS」ブランドで個別指導塾を展開していますね。

4位のスプリックスは、湘南ゼミナールの親会社です。また、「森塾」という個別指導塾も運営しています。街でよく見かけます。さらに「自立学習RED」というものも全国展開していました。これはタブレット学習を自宅ではなく教室で行うもののようです。その昔代々木ゼミナールがはじめた「衛星配信の予備校」から、東進ハイスクールのすすめたネット回線をつかった衛星予備校、さらに河合塾マナビス、こうしたものをさらにタブレット個別指導に進化させたようなイメージなのかな? なかなかおもしろいですね。

5位の京進は名前の通り、京都に本拠地を置く塾です。首都圏では馴染みが薄いですが、「スクールワン」というブランドの個別指導塾はよく見かけますね。その他「HOPPA」という保育園も展開しています。目立つところでは、早くからデュッセルドルフやニューヨークに直営校を出しています。

7位の明光ネットワークジャパンは、個別指導塾「明光義塾」を運営しています。

8位のウィザスは、大阪の会社です。通信制高校を運営しています。こちらが運営している塾は首都圏では見かけたことがないのでよくわかりません。

9位の市進は、集団指導の市進と個別の個太郎塾を運営しています。

10位のステップは、神奈川の高校受験メインの塾です。

 

ここで気づかれたと思います。

日能研SAPIXも出てこないですね。

この2塾は非上場なのです。他にも、栄光ゼミナールを傘下にもつ株式会社増進会ホールディングスも非上場です。2024年の5月には、鉄緑会や東京個別指導学院を傘下におさめるベネッセホールディングスも上場を廃止します。

 

それにしても、個別指導系が強いですね。

塾ほど栄枯盛衰の激しい業種はありません。参入障壁が低いため、誰でも看板を出せる=すぐに消える、の繰り返しです。

また事業継承に成功する塾も多くはありません。例えば学生時代からアルバイト講師をはじめ、大学を卒業して大手塾に就職、そこで10年ほど経験を積んでから独立、そうしたケースの場合だと、30年もすれば創業者が引退の年齢になっていきます。同族経営の塾が次世代にバトンタッチできずに消えていく、というケースも多そうです。

・桐杏学園・・・開成の合格者数を誇った塾ですが、今や市進の子会社として細々と残っている状態ですね。

山田義塾・・・埼玉で勢力を広げた塾ですが、内紛により分裂・消滅の道をたどりました。

そういえばどちらの塾も体育会系だった記憶があります。

・しどう会(学習指導会)・・・なぜか武蔵中に抜群の実績を誇っていました。たしか巨額詐欺事件の被害を受けてほどなく消えたはず。と思ってネットを見ていたら、「しどう会+1」なる塾を発見しました。見てみると、旧しどう会設立者の高橋氏が教師に名前を連ねています。御年77歳! どうやら教え子が始めた塾に引っ張り出されたのかな?学年10名程度の小規模塾のようですね。

・TAP・・・開成・桜蔭への実績がずば抜けているエリート塾と評判でしたね。こちらの首脳陣がごっそり抜けて作った塾がSAPIXです。TAPはほどなくして消えました。

SAPIXも創立メンバーが引退し、代ゼミに身売りして現在生き延びています。

今勢いを感じる塾も、数年後はわからない、そうした業界ではあります。

しかし、通う生徒にとってみてはどうでもよい話でしょう。自分が通っている間だけ存続してくれれば用は足りますので。

 

2.なぜ個別指導塾が増えているのか?

 ここで、近年の傾向として、個別指導塾の増加があげられます。

そのあたりについては、専門家の方々が詳細なデータとともに分析してますので、数字的な話はそちらにゆずるとして、ここでは私の感触の話をすすめます。

個別指導塾増加の原因として、以下の2点があげられます。

 (1)面の展開がしやすい

 塾を開くには、それなりの面積の物件が必要です。20名程度の生徒が入る教室を数教室、さらに事務&受付スペース。これらを駅前で確保するには多額の資金が必要です。

そうすると、各駅ごとに駅前教室を開くのは困難ということになります。

しかし、顧客のニーズはそこにあります。もはや、わざわざ電車に乗って遠い塾に通う時代ではないのです。

 ・時間の無駄

 ・帰宅が遅くなる

 ・事故・事件に巻き込まれるリスク

 ・震災の不安

こうした点から、自宅から歩いていける最寄り駅の塾が求められています。

その点、個別指導ならちょっとしたスペースでも開校が可能です。面の展開がしやすいのですね。これは、顧客・塾側どちらにとっても大きなメリットです。

 (2)顧客のニーズの多様化

 私立中にもさまざまな特色をもった学校が増えています。公立中高一貫校も増えました。入試制度も多様化しています。普通の4科目入試に加えて、英語入試も増加し、なかにはプレゼン入試、面接のみ、あるいはレポート提出による合否判定等もあります。こうした多様な入試制度に対しては、従来の集団指導塾は対応ができないのです。

 (3)教師の力量が必要でない

 これは誤解をまねく表現ですね。正確には、「集団指導を行う力量の無い教師でも個別指導なら可能である」という意味です。

 例えば20名の生徒を同時に教えるとしましょう。

生徒の理解力や知識力、問題を解くスピードは様々です。出来る子に合わせた授業では下の生徒がついてこれませんし、下に合わせれば上のレベルの子が退屈します。どちらのレベルの生徒も満足できる授業展開をするのには、相当な教師の力量がもとめられるのです。また、生徒の志望校も様々です。多様な学校の入試問題を熟知し、それぞれに合わせた指導をしかも同時に実施するのには、とんでもないレベルの力量が必要です。

こうした教師を用意できなければ、本当の意味の集団指導は成立しないのです。

しかし、個別指導なら、目の前の生徒の要望をかなえることだけを考えればよいので、教師のハードルはぐっと下がります。

 

3.個別指導塾のかかえる構造的な問題

 個別指導がこのまま成長し続けるためには、避けて通れない課題があります。

それは、授業料の問題です。

それについては、この記事で検討したことがあります。

peter-lws.hateblo.jp

個別指導のほうが授業料が高額になることは常識です。

しかし、その金額が非常識なレベルになることをみなさん真剣に考えていないような気がします。

単純に考えて、20名の生徒を指導するのと1名の指導では、教師1名の売り上げは20倍違うということになります。ということは、月6万円の集団指導塾と同じ時間数の個別指導では、120万円の授業料ということになってしまいます。

実際には、設備費が異なりますので単純に20倍にはなりませんが、その半分としても60万円の月謝となってしまいます。

 これでは生徒は一人も来ません。

そこで、個別指導塾では、以下の作戦を取ります。

 ◆1対2の指導とする

 ◆人件費を抑える

 ◆営業力を強化する

「個別」指導といいながら、実際には「極少人数集団」指導とするわけです。世間的には1対2の個別指導塾は多くありますので、保護者も違和感をいだかないのですね。

もし1対1を希望するなら、その分特別費用がかかる、そういうシステムがほとんどです。

また、人件費も抑えます。

ためしに、TOMASの講師募集ページを見ると、大学生の場合授業時給は1600円~3200円とありました。ずいぶん幅がありますね。こうした場合最低時給からのスタートとなるのは世間的常識です。SAPIXの募集を見ると、時給3000円~となっています。

私の知人で某個別指導塾で社員として働いていた先生によると、朝の鍵開けから教室前の掃除、トイレ掃除等すべて教師の仕事だったそうです。また、アルバイトの学生も、大手集団指導塾では採用しないレベルの学生を使います。彼らは安い時給でも働いてくれるからです。もちろん研修などしません。経費がかかりますので。

もちろん全ての個別指導塾がこんなはずはないでしょうけれど、私の聞いた実例にはこうしたものがあったのです。

また、営業に力を入れるのも特徴です。本来塾は、クチコミで生徒が集まるのが基本です。ダメな塾ほど営業に力を入れるものなのです。個別指導の場合は、ダメな塾ではなくても、営業に力を入れざるを得ません。なぜなら、扱う人数が少人数のため、クチコミが醸成されにくい構造があるからです。さらに、個別指導は生徒の定着率が低いと聞いたことがあります。その分を営業努力で補うのでしょう。

 

つまり、個別指導塾で高いレベルの指導を受けるためには青天井で費用がかかります。ほどほどの費用(それでも集団指導塾よりは高額)を支払うなら、そういうレベルの指導しか受けられません。

ここに個別指導塾のかかえる構造的な問題があるのです。

これを解決するためには、「ほどほどのレベルの教師でも良い指導ができる」ようにシステム化することでしょう。しかし、これは個別指導本来の目的である「生徒一人ひとりのニーズにあった指導」と思い切り矛盾します。

 

4.集団指導塾のかかえる構造的な問題

 逆に、集団指導塾もいくつかの構造的な問題をかかえています。

まず、教師の確保です。

集団指導には個別指導よりも教師の力量が必要だと書きました。そうした高い力量を持った教師の確保は永遠の課題です。

一番理想的なのは、優秀な学生を新卒採用し、じっくりと社内で育てることですね。開成→東大→非常勤アルバイト講師→就職、そうした人材が理想的です。しかし残念ながら、優秀な人材ほど他業種に行ってしまうのです。

ということは中途採用といきたいのですが、優秀な人材は所属している塾をめったなことでは退職しませんので、中途採用市場に流れてくる人材は、やはりそれなりの人材ばかりとなってしまいます。

そう考えると、優秀な人材はむしろ学生非常勤アルバイト講師に多くいると思われます。こうした学生を授業レベルまで引き上げる研修には時間とコストがかかります。

 次に、面の展開が難しいという問題があります。

それなりの面積を教室に必要としますので、きめ細かく校舎展開するのが難しいのです。そうすると、「たとえ電車に乗ってでも行きたくなるような」教室作りを目指すしかなくなります。集団指導塾の多くはそうした戦略をとっています。いわゆるブランド化ですね。今のところそのブランド化に成功したのはSAPIXくらいではないでしょうか。他塾は、セカンドブランドとして差別化した教室を作ることで対抗しようとしていますね。

最後に、集団指導塾の致命的欠陥をとりあげます。

それは、「集団」指導であるという点です。

もちろん集団指導には多くのメリットがあります。生徒同士が切磋琢磨する環境がそれです。力量のある教師が教室全体を一つの方向に向けて動かしていく、そうしたエネルギーこそが集団指導塾の持ち味です。

しかし、集団指導である以上、一人ひとりの生徒のニーズにきめ細かく対応することは不可能です。前述したように入試そのものが多様化している現在、集団指導は壁にぶつかっているといえるでしょう。

 

5.今後を占うと

塾の未来など予想できるものではありませんが、私なりに思いつきをいくつか書いてみます。

 (1)最難関校対象の塾は集団指導に特化する

 開成・桜蔭をはじめとした最難関校は入試制度を変えていません。それでうまくいっている以上、今後も大きく変える可能性は低いでしょう。また、少子化の中でも生徒募集に苦戦してません。したがって、入試制度をいじる必要もないと思われます。

オーソドックスな4科目入試、入試回数も1回~3回程度、入試傾向も不変。

こうした最難関校対策に特化した塾であるなら、集団指導が向いています。

今のところSAPIXが一強の状態です。早稲田アカデミーもそこを強化してくると思います。また、SAPIXから分裂したグノーブルも今後SAPIXの取りこぼしたニーズを拾いつつ、成長するような気がします。この3塾が、最難関校の実績と生徒を分け合う(奪い合う)状況に収束するような気がします。

 (2)中堅以下の学校対象の塾は個別指導となる

 中堅校(この言い方が失礼なのは重々承知しています。あくまでも偏差値ベースの話です)、あるいはそれ以下の学校は入試制度を多様化させているところが増えました。したがって、これらの学校を対象とした塾は、個別指導になるしかありません。そうでないと顧客の要望に応えられないからです。もちろん費用は高額となります。

 (3)その他の集団指導塾は習い事化する

 最難関校を目指すわけでもなく、かといって高額な個別指導の費用も払えない。そうした層は確実に存在します。いや、多くはこの層になります。

 そうした層を取り込む塾としては、こんな形態が考えられます。

 ◆教室数はそこそこ多い・・・2駅程度の電車通塾で行ける

 ◆オーソドックスな4科目を丁寧に指導する

 ◆自習室も完備している

 ◆週2~3回程度の通塾回数

 ◆標準的な教科力は身に着く

将来(中学入試)のための基礎教養としての塾とでもいいましょうか。勉強はやっておいて損はありません。今後どうなるにせよ、これくらいは身につけてほしい。そうしたニーズにこたえてくれる塾ですね。

 (4)1教科特化型塾の増加

 すでに大学入試の塾はそうなっています。

昔のように、代ゼミ駿台河合塾といった大手予備校で全教科を学ぶような時代は過ぎ去りました。とくに中高一貫校生の場合は、

英語はJ-PREPで、数学は鉄緑会。

数学はSEG。英語は平岡。

こうして科目ごとに塾をチョイスする生徒が多数派です。

遠くからも生徒を集めようとすると、1教科だけに特化して個性を出さないと集客が難しくなると思うのです。

例えば、普段は上述(3)のような塾に通いながら、算数だけ別の塾で強化する、そうしたケースが増えるような気がします。

 (5)低額な個別指導塾は自習室化する

前述したように、個別指導塾は構造的に高額となります。もし個別指導塾をリーズナブルな価格で展開しようとすると、高レベルの指導を提供することは困難(無理)ですね。そこで、指導には期待しない顧客、つまり自習室としての利用を求める層を対象としていくと思うのです。

家ではいくら言っても勉強をやろうとしないので、とりあえず塾に行かせる。そこでは渡されたプリントを自習するだけ。ただし、先生が見張っているので、遊ぶわけにもいかない。

これはこれで潜在的ニーズは多そうな気がしますね。

 (6)オンライン塾の淘汰がすすむ

 コロナ禍の中、各塾は一斉にオンライン指導を充実させました。しかしその弱点もあきらかになったのです。

それは、「臨場感」です。どう工夫したところで、対面にはかないません。各塾は、オンラインならではの特色を打ち出そうと、あれこれ工夫していたようですね。電子黒板とリンクさせたり、動画を取り入れたり。しかし、間にデジタル機器が増えれば増えるほど、生徒と教師の距離が遠のいていく、これが私の実感です。

結局のところ、オンラインであっても、いやオンラインだからこそ教師の力量が要求されるというのが結論です。