中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

苦手な生徒のための長文記述の攻略法

生徒は長文記述が苦手です。

そもそも記述自体が苦手な生徒が多いのですが、さらにそれが100字を超す長文記述となると、もうお手上げです。

しかし、長文記述は簡単です。今回は、そのあたりを説明しましょう。

1.長文記述は受験生はみな苦手

前述したとおり、長文記述が好きな受験生はいません。

だから、問題を解くときに、長文記述を後回しにしがちですし、そのために時間切れとなって失点する生徒も多くいます。

だからこそ、ここがチャンスとなるのです。

採点する先生が、解答欄が空白の答案を何枚もめくっていてうんざりしているところに、「何か書いてある」答案があるだけで、点がもらえる予感がしませんか?

 

2.長文記述が出題される理由

そもそも、なぜ学校は入試問題に長文記述問題を出題するのでしょうか。

それは、得点を差別化するためと、生徒の本当の学力を見るために他なりません。

 (1)得点を差別化する

試験である以上、受験した生徒の得点が散らばってくれないと困ります。

全員が同じ点数ではテストの意味をなさないからです。

できればきれいな正規分布曲線になるようなテストが良いテストといえます。

そうしてはじめて、得点の差別化ができるわけですね。

最近は、塾の入試対策がすすみ、客観問題だけでは高得点に受験生が集中するため、合否判定が難しくなっています。

そのため、記述問題が増えているのです。



 (2)生徒の本当の学力を見る

「本当の学力」とは曖昧な表現ですね。これは、「本質的な頭の良さ」「思考力」と置き換えてみます。

記号選択問題でも思考力を問う問題をつくることは可能です。しかし最もよく生徒の思考力を測れるのは、記述問題です。

知識をひたすら丸暗記してきたような生徒よりも、自分の頭で考えることのできる生徒のほうに来てほしいのは当たり前ですね。


3.長文記述問題はチャンス

 受験生みなが苦手とする長文記述です。
もしここで少しでも「良い」文章が書ければ、他の受験生に大きく差をつけることが可能です。
 しかも、要求されている記述レベルは、そんなに高いものではありません。

 実例を見てみましょう。

 【  鴎友学園 2023 社会科 記述問題 】

2023年の鴎友学園の入試問題から、長文記述問題を紹介します。

この学校は、記述問題が多いのが特徴で、一行程度の記述問題が数題、字数指定のない長文記述が数題、必ず出題されます。

  学校について

鷗友学園は、以前は算数・国語だけが入試で出題される2科目校でした。その頃の印象としては、教育内容に定評のある世田谷のお嬢様学校?といったイメージだったと思います。(少なくとも私の中の印象では)

 そのころに塾関係者を招いた説明会に参加したことがありますが、先生方もぎすぎすしておらず、のんびりした学校でしたね。説明や質疑応答など、不慣れな運営だったのを覚えています。そのかわり大学進学実績は、4大よりも短大・専門学校が多い、そうした学校だったのです。

 しかし、あるとき学校は入試を4科目化します。これは勇気のいる決断です。2科目で負担が少ないから志望してくれていた層をバッサリと切り捨てることになるからです。そうした学校の場合、理科・社会の出題は難易度の高くないオーソドックスな出題とするのが常識です。どの学校もそうでした。鷗友でも、事前にパイロット問題を作成し、それを中1に解かせて平均点等を調査したのです。入手したその問題を見ると、セオリー通り、平易な問題でした。

さて、入試が行われ、初めて出題された理科・社会の入試問題を開いたとき、目が点になったのを覚えています。

オールカラーの問題だったのも目を惹きましたが、なんと思考力を要する記述問題がいくつも出題されていたからです。

「あら、やってしまったね。」これが私の正直な感想でした。この学校の受験生レベルを全く無視したとしか思えません。

私の想像では、理科・社会の先生が張り切って作ったはいいものの、おそらく平均点はとんでもないことになったはずで、きっと偉い先生に怒られたに違いない。そう思わせる難易度の問題だったのです。

しかし、鴎友はこの傾向を堅守し続けます。そのせいだと私は確信しているのですが、集まる受験生のレベルがどんどん上がってきたのですね。もちろん学校における授業や教材等も変革していきました。

結果として、今の鷗友があるのだと思っています。

入試問題を見れば、その学校が求める生徒像が見えてくる、それが私の持論です。

もし鴎友を志望するなら、記述対策は必須です。

※ありがたいことに、鴎友は過去3年分の入試問題と解答をHPで公開してくれています。さらに、教科毎に合格最低点・合格者平均点・受験者平均点・標準偏差まで公開しています。実に助かります。とくに記述問題の場合は、解答をみることで学校がどこまでのレベルの解答を期待しているのかがわかりますので。

www.ohyu.jp

 私見ですが、このように受験生のための情報公開に積極的な学校はそれだけで信頼できる気がします。ほとんどの学校が、入試問題すら公開していません。「書店でお買い求めください」ということなのでしょうか。 また、せっかく問題をHPで公開しているのに模範解答は出していない学校も多くあります。その意図がわかりません。解答に自信がないのか(私のような人間に粗探しされたくない?)、自己採点されたくないのか、何なんでしょうね。

 入試問題には学校が求める生徒像が反映する、そう考えると、積極的に問題・解答を公開してくれたほうが学校・受験生双方の利益になると思うのですが。

 

  入試問題の分析

問 次の文章を読んで、以下の問いに答えなさい。
 
2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻に対し、国際連合は有効な対策をとれていません。安全保障理事会常任理事国のロシアが拒否権を発動しているのも原因の1つです。そのため、第二次世界大戦を防げなかった国際連盟の反省をふまえて成立した国際連合は、機能していないのではないかという意見もあります。
 
(1)国際連合安全保障理事会常任理事国の拒否権を認めています。拒否権を認めていることには問題もありますが、利点もあると考えられます。利点とはどのようなことか、以下の条件に従って説明しなさい。
 
〔条件1〕国際連合が中心となって、国際的な諸問題を平和的に解決していくためには、どのようなことが必要かについて、述べること。
 
〔条件2〕第二次世界大戦を防げなかった国際連盟の反省とは何か、具体的に触れること。

やはり出題しましたね。
鴎友なら、きっとロシアのウクライナ侵攻についての問題が出るだろうと思っていました。
しかも、出題の仕方がいかにも鴎友らしいと思います。

いわゆる国連の機能不全についての出題です。

ロシアが拒否権を乱発するため、ウクライナ問題について国連の安全保障理事会が有効な手を打てていないのはご存じのとおりです。

「それなら、拒否権をなくすべきだ!」という方向にいかないのが鴎友らしいところ。
拒否権の利点について考えなくてはなりません。

ここで先走って、「五大国一致の原則」について書こうとしてはいけません。

問われているのはそのことではないのです。

まず、条件2から考えます。
これは簡単です。

全会一致制をとっていた国際連盟は、一部の反対で議事がストップするため、有効な手を打つことができませんでした。

全会一致制は、理想的ではあるものの、現実的ではなかったのですね。

実例として、満州国問題のときの日本の国際連盟脱退について書けばよいでしょう。

次に条件1を考えます。

国際連合が中心となって国際的諸問題を平和的に解決していくために必要なこと」
とくに「平和的に解決」という部分に着目してください。

「国連軍を組織してウクライナを助ける」ではダメなのです。

そもそもロシアが拒否権を発動しますね。

〇平和的に解決・・・話し合い
国際連合が中心・・・国際連合が話し合いの場となる

ここまではすぐにわかると思います。

問題なのは、これと拒否権がどう関係するのか、この点です。

そもそもロシアが拒否権を発動するから、ウクライナ問題で国連が動けないのですから。

こうして思考がぐるぐると止まってしまうと、この記述は書けません。

ここはもう一度条件2を思い出してください。

国際連盟では、日本は常任理事国でしたね。

そして満州国について、リットン調査団の報告に関する決議では、42対1(棄権1)で日本は敗れました。

「聯盟よさらば!遂に協力の方途盡く(尽く)
「總會(総会)、勸(勧)告書を採擇(択)し我が代表堂々退場す」

この見出しの新聞記事は、歴史資料問題で頻出です。
ちなみに、棄権したのはシャム(タイ)でした。
なぜシャムが棄権したのかについて考えるのも面白いのですが、ここでは先を急ぎます。

見出しの赤字に注目してください。

日本の主張が通らなかった
→だから日本は国際連盟を脱退した
→協力の方法が尽きた

日本は国際連盟を脱退することで、国際社会で話し合う場を失ってしまったのですね。
そこでウクライナ問題に戻ります。

ロシアによるウクライナ侵攻
国際連合での議論
→ロシアの主張は通らなかった
→でもロシアは国際連合を脱退しなかった・・・拒否権を発動
→協力の方法は尽きたわけではない

つまり、拒否権があることで、ロシアは国際連合を脱退しなくてすんでいます。
かろうじて話し合いの場があることで、今後話し合いによる解決の途の可能性がかすかに残っているというわけです。

そうすると、解答の流れは以下のようになるでしょう。

〇かつて日本は国際連盟を脱退した
〇理由としては、満州国に関する日本の主張が認められなかったからだ
〇その結果、国際社会での話し合いの場を失ってしまった
〇その後、英米との対立を話し合いで解決できず、開戦へとつきすすむことになった
〇大戦末期、敗北を目前にした日本は、不可侵条約を結んでいたソ連を仲介者とすることで、連合国との和平工作を行おうとした
〇しかし、日本の知らぬところで、ヤルタ秘密協定によりソ連の対日参戦は既定路線であった
〇最終的に破滅するまで日本は戦争をやめることができなかった
〇今の国際連合には安全保障理事会常任理事国には拒否権が認められている
〇だから、ロシアも話し合いの場に残ることができている
〇国際問題を平和的に解決するためには、話し合いの場を維持することが必要だ

これを全部もりこもうとすると大変です。
ヤルタ協定の部分は割愛しましょう。

話はかわりますが、こんなお話を紹介します。

日露戦争開戦時のエピソードです。
開戦と同時に、伊藤博文は前司法大臣の金子堅太郎をアメリカに派遣します。金子はハーバード大学に留学経験があり、その時の同窓生がセオドア・ルーズベルトでした。当時の大統領です。
つまり、開戦直後のタイミングですでに、伊藤はアメリカを仲立ちとした停戦交渉を画策していたのですね。
 結果はご存じのとおり、伊藤の思惑どおりに日露戦争アメリカのポーツマスで結んだ条約で終結しました。
伊藤博文の慧眼には恐れ入ります。

ロシアにもこうした人物がいないものでしょうか。
1世紀のローマの政務官・歴史家だったガイウス・サッルスティウス・クリスプスは有名な言葉を残しています。

「あらゆる戦争は、起こすのは簡単だがやめるのは極めて難しい」

さて、ここで鴎友学園の公表している模範解答を見てみましょう。

平和的な解決のためには外交が必要である。国際連盟では、常任理事国である日本の脱退などにより、話し合いの場としての役割を果たすことができなくなった。拒否権の利点として、意見が対立した際に、大国が話し合いの場から離脱して、話し合い自体ができなくなってしまうのを防ぐことが考えられる。

どうでしょうか。
シンプルかつコンパクトにまとまっていますね。
そして、とてもわかりやすい解答です。

サッルスティウスの言葉など余計なことは書く必要はないのです。
(もしそれを書く生徒がいたら私は感動します)

長文記述といえども、難解な解答を要求されているのではない。シンプルな文章が求められているということの好例だと思います。