中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

悩む母へのアドバイスシリーズ 受験に後ろ向きな子どものやる気の引き出し方

今回は、いつもと少々異なるトーンで書きます。

実は、言われてしまったのです。

「peter先生のお話は、とてもためにはなると思うのだけれど、わが子には当てはまらない。」

どういうことか尋ねたのです。

「うちの子は、中学受験ができるかどうかも怪しい子なのです。レベルの高いお子さんならよいのでしょうけれど。」

なるほど。確かに私の書く内容は、どうしてもトップレベルの学校を目指す子を念頭においた話ばかりだったかもしれません。

今まで指導してきた生徒たちが、そうした生徒が多かったのが原因です。

なるべくニュートラルな情報を心がけていたのですが、そこまで思いが至りませんでした。

そこで、今回からいくつか、もっと幅を広げた話を書いてみたいと思います。

第一回の今日は、受験をしたがらない子どものやる気の引き出し方についてです。

1.受験勉強は嫌!

 ご相談にいらっしゃったのは、小学5年生の娘がいるお母さまでした。

私が指導している生徒ではないのですが、知人の知人という、遠い伝手をたどってやってきたのです。

「どういったご相談でしょう?」

「先生にお話しするのもお恥ずかしいのですが。」

その一言でピンときました。お子さんの成績が思わしくないのだなと。私がトップレベルの生徒しか指導していないのだと思われているのでしょう。確かにそうした生徒も多いのですが、私にはそんなつもりはないのですがね。

「気楽に、世間話のつもりでお話いただければいいのですよ。」

お母さまのお話を聞きだすと、こんな内容でした。

「私には上に男の子が、下に娘がいるのですが、今日は下の娘のことで相談にまいりました。下の娘は今小学5年生になります。」

「上のお子さんは?」

「今中1で、A中学に通っています。」

A中学といえば、難関校ではありませんが、人気校といってよいでしょう。まだまだ大学実績に目立つものはありませんが、最近よく名前を聞くようになった学校の一つです。

「それは良い学校に進学されましたね。どちらの塾に通っていたのですか?」

「兄は受験勉強にとりかかったのが5年の途中からでしたので、大手の塾ではカリキュラムが合わなくて。少しだけ通いましたが、すぐに個別指導に切り替えました。」

お母さまが挙げられた個別指導塾は、規模のさほど大きくないところでした。

「幸い、塾長の先生がうちの子のことを気に入ってくださったみたいで、4科目をその先生に教えていただけたおかげで、なんとかA中学に合格できたのです。」

その個別指導塾についての情報は私にはありません。名前を知っている程度です。良い先生に教われたといっているのですから、子どもとの相性も良かったのでしょう。それにしても、4科目を個別指導に丸投げにして受験するのも勇気がいりますね。青天井で費用がかかることを抜きにしても、合格へのノウハウを持った先生と出会えたのは幸運だったというべきでしょう。

「でも、下の娘のほうは、まったく勉強しようとしないのです。」

聞けば、気分にむらのあるお子さんだそうで、上の子で苦労したので、下の娘は早くから集団指導塾に入れようとしたところ、全力で抵抗されたということでした。

「それでは、とくに塾には行かせていないのですね。」

「兄がお世話になった先生のところにも連れていきはしたのですが。行くときもあれば、行こうとしないときもあるといった具合で。今は2~3週間に1回くらい、その先生のところで算数を習っている程度です。」

いったいどんな算数を習っているのか、その教材を見せてもらいました。明らかにどこかの問題集のコピーと思しき基本問題のプリントです。そのプリントを数枚、先生のところで解いているということでした。

これはまずいな。

すぐに思いました。

個別指導の高額な費用を支払って習う内容ではないからです。その個別指導の塾長のことを信頼しているようなので何もいいませんでしたが、適当に流されているとしか思えませんでした。

どんな生徒であっても全力で指導することが教師の本能だと思っている私からすれば信じられない話ですが、たしかにそうした塾講師は存在します。

兄のときには、A中学への合格の指導ができていたのでしょうけれど、妹のほうは本人があまりに勉強に後ろ向きなので、その塾では指導できない(あるいはするつもりがない)のだと思われます。

 

さて、少々やっかいなことになってきましたね。

「とにかく、受験なんかしない、だから勉強はしない、その1点張りなのです。個別指導塾のところに連れていくのも一苦労で。」

お母さまはほとほと困り切っているご様子でした。

「過去にテストを受けたことはありますか?」

お母さまが取り出したのは、1年前に何とか受けさせたという大手集団指導塾のテスト結果でした。

偏差値は30を下回るくらいです。

まあ、何も勉強していなければこんなものでしょう。

 

2.中学受験するのか?

 まず最初に確認すべきなのは、中学受験をするのかどうか、ということです。

私は中学受験の専門家です。

その縁で、中学に進学した中高一貫校生の指導や、あるいは帰国入試を考えている小中高生の論述指導まで手を広げています。

いずれにしても、将来のどの段階かで「受験する」意志のある生徒を専門に指導しているのです。

もし中学受験を考えていないのなら、アドバイスの内容も切り替わります。

 高校受験を目指して、今(小5)からできること・やらなければならないことのアドバイスになるからです。

お母さまの意志ははっきりしていました。

中学受験をさせるつもりである。

理由もお聞きしました。

「とにかく娘は勉強が嫌いなのです。小学校の宿題も適当にやっつけでやっていて、提出しないこともしょっちゅうです。このまま公立中学に進学しても、たぶん同じようなかんじだと思います。つまり、うちの娘では内申がとれないと思います。」

なるほど。よくわかっているようでした。公立中学に限らず、学校の先生が出される課題をきちんとできない生徒は、学力もつきませんし、なにより内申点も期待できません。

「それに、最近は女子の私立中高一貫校は高校募集をしなくなっていますし。」

これもよくごぞんじでした。高校募集をしている私立中高一貫女子校はほとんど残っていません。また、高校のみの私立女子校は、経営的に苦戦している実情もあります。

「かといって、早慶附属に進学できるほど勉強ができるとは思えません。」

大学付属は、高校募集を行っているところが多く残っています。しかし、逆にいえば高校受験の激戦区と化しているのです。

「だからこそ、娘みたいな子は、中学受験でどこかに入っておかないとだめだと思っています。」

状況はだいたい把握できました。しかしどうしても気になる点があります。

そこまでわかっていて、なぜ娘の「勉強嫌い」への対処が遅れたのか、ということです。

そのあたりを問いただすと、さらに状況が見えてきました。

「上の子の受験にかかりきりになってしまって、私が放置していたのがいけないとは思うのですが。」

これは「兄弟あるある」です。

上の子の受験に親がかかりきりになっていて、下の子を放置してしまう。多いケースとしては、とりあえず塾に入れているだけ、成績は低迷している、そんな場合です。

 

3.娘を甘やかしているのは?

「それに、父親が娘に甘くて。」

父親は、週の半分は在宅でお仕事をされているとのことでした。そこで、娘を塾に連れていったり勉強を手伝うのはおもにお父様だそうです。

その父親が娘に甘い。これもよく見聞する話です。厳しい言い方をすれば、父親が娘になめられていますね。母親に何をいわれようと、父親に甘えれば、たいがいの要求は通ることを見すかされているのです。

「お父様は中学受験には反対なのですか?」

「いえ、そうではないです。夫婦の間では、あの子は受験させないとだめだろう、とはよく話しています。でも、父親の考えとしては、そんなに嫌なものを強制しなくても、どこかしら入れる学校はあるだろう、そういう考えなのです。」

「お母さまは違うのですか?」

「私も、今ではもうどこでも入ってくれれば、って思ってます。」

それなら話は簡単です。

定員割れとまではいいませんが、入ることがさほどむずかしくない学校などいくらでもあります。4科目を勉強しなくとも、1科目だけ、場合によっては一芸入試のような学校もありますし、自己アピールだけで受け入れてくれる学校すらあるのです。

しかし、私もこの仕事が長いですからね。お母さまのお話を真に受けるには経験を積み過ぎているのです。

 

4.本当にどの中学でもいいのか?

「どちらかお考えになっている学校はあるのですか?」

「いえいえ、とてもそんなレベルではありませんので、本当にどこでも。」

「学校を見に行ったりはされましたか?」

「兄の受験のときに共学はいくつか説明会に行きました。女子校では、B女子校とC学園の文化祭には連れていったことがあります。受験なんかとてもできる学校じゃないですけど、少しでも娘がやる気になってくれたらと思って。」

「娘さんは何と?」

「C学園が気に入ったといっていました。でも、受験なんかできるレベルじゃないってことはわからないみたいで。相変わらず勉強はしてくれないです。」

B女子校もC学園も、難関校です。いや、最難関といってもいいでしょう。合格したくて小1から6年間必死に努力しても合格できない、そのレベルの学校です。

まいりましたね。

甘いのは父親だけではありません。

母親も、娘の能力を過信しているのです。

そうでなければ、受けられるはずもないレベルの2校の学園祭にわざわざ連れていくことはしません。

それに、見せていただいた1年前のテストの志望校にも、B女子校とC学園の名前が書かれていたことを私は見逃しませんでした。

つまり、全ての話を総合すると、こうした状況だったのです。

◆小5の娘は勉強を全くしない

◆個別指導塾で算数だけ習っているが、受験勉強といえるレベルではない

◆夫婦の意見は乖離している

◆母親は最難関のB女子校・C学園に進学させたい

◆父親は娘になめられている

◆娘は、勉強しなくともC学園に進学できると思うほど無知である

 

5.ではどうすべきか?

 この状況で、耳触りのよいことばかりを言っても意味がありません。

厳しいようですが、私の意見をはっきりと申し上げました。

「厳しいお話をしてもよろしいですか?」

「ええ、お願いします。」

「このままでは、B女子校もC学園も合格は不可能です。」

「もちろん、それはわかっています。」

「いや、本当にわかっていますか? 昨年のテストで偏差値30弱,そこから全く勉強していないのでは、今テストを受けると、おそらくは偏差値で昨年よりも低い、25程度の可能性が高いです。ということは、この2校に届くためには、偏差値であと40以上、50近くは上がらないとならないのです。しかし、今から1年半で50伸ばすことは不可能です。私も今まで多くの奇跡を見てきましたが、50伸ばせた生徒はいませんでした。」

「でも、個別指導の塾長先生は、がんばっていけば届く可能性もあるって。」

「本当にそうおっしゃったのですか?」

「はい。」

「そうですか。それでは、残念ながらその塾長先生は信頼できないです。上のお子さんのときには適切なご指導いただけたのでしょうけれど、娘さんの指導に関しては、期待ができません。もし本気でそうおっしゃっているのなら、とっくに私と同じ話をしているはずだからです。」

お母さまは黙ってしまわれました。たぶん、お母さまだってわかってたのです。ただ、現実を見ようとはしなかったのでしょう。

「今からできることについて、現実的なお話をしていいですか?」

「はい。ぜひお願いします。」

「まず、テストを受けてください。四谷大塚日能研のテストです。サピックスのテストは、お子さんのレベルと乖離しすぎていて受験するだけ無駄です。本当は首都圏模試のほうがレベル的にはあっているのですが、もし昨年受けたテストより良い偏差値でも出てしまうと娘さんが勘違いしかねませんので、ここは日能研四谷大塚のテストがいいでしょう。」

去年受けたのは四谷大塚のものでしたが、この2塾のテストならどちらも信頼性は高いです。

「次に、そのテスト結果にしたがって、学校選びをしてください。もし偏差値が30と出たのなら、30台前半くらいの学校までが実力適正校として表示されると思います。その学校の中から少なくとも3校は選び、実際に足を運んでみてください。」

たぶん、衝撃を受けることでしょう。見たくもない現実を突きつけられるのですから。でも、最初に夢から覚めなければならないのはお母さまなのです。

「そのタイミングで、お父様と話をしたいと思いますので、時間をつくってください。」

娘の逃げ道になっている父親と話をして、その逃げ道をふさがないかぎり解決には近づきません。

「最後に、娘さん本人と話をします。ご両親は同席しないほうがよいですね。じっくりと娘さんの本音を聞き出してみたいと思います。」

本音を聞き出すといいましたが、むしろ私から本人に現実を突きつける話をしなくてはならないのです。

「現状が把握でき、目標も定まり、ご家庭の意思統一も図れたうえで、具体的な学習法のアドバイスをしたいと思います。」

中学受験に覚悟が必要なのは、何も最難関校を目指すからではありません。むしろこうしたご家庭こそ、親子で意思統一をして覚悟をもって受験に臨まないといけないのです。