中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

【中学受験】実例から考える 中学入試を成功に導く親子の距離感とは?

 中学入試を成功に導く親子の距離感について、実例を見ながら考えてみたいと思います。

1.親子の距離感は難しい

普段の家庭生活や子育てにおいては、特段親子の距離感など意識することはありませんし、また意識する必要もないと思います。どのご家庭にも、自然とできああがった距離感があり、それで家庭の調和がとれていることでしょう。

しかし、中学受験に取り組むにあたって、小学生の子どもと親との距離の取り方は難しくなってきます。

時間も勉強量も、小学生の時期としては、ぎりぎりの線まで追い込まなければうまくいかないのが中学受験だからです。

親にも余裕がなくなり、ついきつくあたりすぎたり、突然甘やかしてみたり。あるいは放任主義に鞍替えする親も多く見て来ました。

私が最も多く依頼されるのは、このようなものなのです。

「私が言っても子供が言うことを聞かないので、先生から言ってやってください。子供は先生の言うことなら聞きますので。」

私が子供に信頼されているのは当たり前のことなのです。

受験のプロ・絶対無謬の教師と子供たちは認識しているからですね。(実は無謬の真逆です)

ここでは、いくつかの実例をあげながら、中学受験に向けた親子の距離感の在り方について考えてることにしましょう。

 

2.ケーススタディ

 (1)エピソードその1 甘やかしすぎてしまった場合

駅のホームで、昔教えていた生徒の母親にばったりと出会った。可愛らしい雰囲気のお母さまで、声をかけられてちょっと嬉しい。

「今日はどちらへ?」

「子供の大学の合格発表を見に行くんです。」

「あぁ 、もう大学入試ですか。」

そうか、もう6年になるのか。と、待てよ。何で母親が見に行くんだ?

「あれ、息子さんは?」

「家で寝ています。」

そうだった、そういう親子だった。

 小学生の頃、その息子はぼんやりとした生徒だった。

悪ふざけをしたり騒いだりということは無いかわりに、反応が薄く、ぬらりひょんのようだった。ぬらりひょんってよく知らないが、つかみどころがないイメージ?

 ぬらりひょん君は、ゲーマーでもあった。

6年生の夏という大事な時期にゲーム三昧、したがって成績も下降曲線。もともとの成績は悪くはなかったが、目指す学校は遠のいていく。不安に慄く母親と何度面談したことだろう。

「とにかく、ゲームは取り上げてください。」

「やっぱりそうですよね。」

このやり取りも何度したことだろう。どうしても取り上げられないという母親に、私はこう宣言した。

「わかりました。私が預かるので、持ってこさせてください。」

もちろん、持ってきはしない。

「だって、先生、なんだかかわいそうで。」

私に言わせれば、このままの方がよほどかわいそうな結果につながるのに。

この母子は、6年生になっても一緒にお風呂に入っているという。

「先生、やっぱりお風呂も一緒じゃないほうがいいですよね?」

そんなこと知らんがな。

母親は息子がかわいいとは良く聞く。

「この子は私の恋人なの!」と宣言している母親なんて珍しくもない。ただ、やがて適切な距離感になっていくべきだろうに。

明日が入試本番という1月31日の夜、この母親から電話があった。聞けば、息子がゲームのやりすぎで、指の腹から血が噴き出ているのにコントローラーを手放さないという。電話の向こうで涙声の母親をはげましつつ、心の片隅では、いっそ明日の入試は合格してはいけないのでは、と思ってしまった。この息子は、一度大きな挫折を味わわないといけないのじゃないかな。

 さて、入試結果は予想を裏切り第一志望校に見事合格。

 まあ目出度い話ではある。

 そして6年経ったわけだ。

ぬらりひょん君の大学がどうなったのかは知らない。なんだかんだ言って、うまく潜りこんでいるような気もする。

 挫折体験がやたら豊富な私からしてみれば、これでいいのか? と思ってしまうが、きっとこれでいいんだろうなあ。

 

 (2)エピソードその2 子供を尊敬する親の場合

その生徒のお母さまは、ある大学の教授を務めていた。

お忙しいだろうに、面談や保護者会には必ず参加してくださる。

「だって、先生、私のゼミの大学生たちより、うちの子のほうがよっぽど真剣に勉強してるんですよ。だから、今日の講義は休講にしてきました。」

ゼミの学生に同情してしまう。

お母さまは、塾に子供を送り届けた後、近くのカフェで、自分の専門の勉強をしながら子供の帰りを待っているという。

「わが子が頑張っている時間ですから、私も勉強することにしています。」

志望校選びについても、噂のようなものは気にせず、自分の目できちんと確かめた学校を選ばれていた。

第一志望校の偏差値より20以上低い学校を第二志望にしていたので、理由を尋ねたところ、こうおっしゃっていた。

「説明会に行って、校長の話に感動しました。先生方の表情もいい。あそこはいい学校です。ぜひわが子を通わせたいです。」

親のそうした姿勢は、言わずとも子供に伝わっているはずである。

結果は、第一志望校に合格となった。

 

 (3)エピソードその3 子供に尊敬されている父親の場合

そのご家庭は、父親主導で受験勉強をすすめていた。

母親は、いっさい勉強には口を出さずに、ただただ美味しい食事をつくることに専念していたそうだ。

土日祝日には、父親の仕事部屋に2つのデスクを並べ、子どもが勉強している横で父親は黙って自分の仕事を片付けている。

父親は、子どもの取り組んでいるテキストや入試問題をだいたいは事前に目を通している。わが子がつまずくであろうポイントもある程度は予測がついている。

だから、子どもからヘルプがかかると、その場で教えてあげることができる。その場でわからない場合は、子どもが他の教科に取り組んでいる間に、解説を見て自分が納得いったあとで、子どもに教えてあげる。

子どもからの信頼は絶大だ。

そのため、父親の注意や指導にも逆らうことなく、素直にしたがうという。

志望校についても、噂や偏差値に惑わされることなく、わが子に適した学校を複数選びだし、受験パターンを組み立てた。どの学校に進学しても親子とも納得できる良い学校ばかりだったが、結果としては第一志望校に進学することになった。

 

生徒たちから聞く愚痴で多いものは、

「うちのお母さん、自分では解けないくせに、どうして間違えたの!ってすぐに言うんだよなあ。自分で解いてみろっつの。」

こんなものである。

子供たちがチャレンジしている入試は、想像以上に困難なものである。子供に教えるレベルを目指さないまでも、子供たちの学習内容を自分でも体験してから、子供に接してほしいと思う。

 

このご家庭の場合、子供の学習に並走できる父親も凄いが、実はこのご家庭のキーパーソンは母親である。

 〇中途半端に子供の学習に口を出さない
 〇子供の息抜きが自分の担当と心得ている
 〇美味しい食事を作る

「私は勉強ができませんから主人にすべておまかせです。」とおっしゃっていたが、お母さま自身も中学受験経験者である。

なかなかできた母親と思う。

 

 (4)エピソードその4 戦友となった親子の場合

 そのお母さまは、毎週のように私に電話をしてきて、教科の質問をしてくる。

子供の質問ではない、お母さまの質問なのだ。

とくに社会科に熱心に取り組んでいる。

最初は子供のやっている勉強を横から見ていただけだった。

そのうち、おもしろそうだな、と思い始め、気が付いたら子供以上の熱意で教科学習に取り組むようになっていた。

「私も先生の授業を受けてみたい。ダメですか?」

もちろんダメである。

ただ、このお母さまとの電話は楽しい。

学ぶ喜びがこちらにまで伝わってくるからだ。

熱心に学ぶ生徒というのは嬉しいもので、教師の本能として、つい一所懸命指導してしまう。

生徒本人にもこの熱意が欲しいなあ、とつい考えてしまう。

この親子の関係は非常に良好である。

親子というより、同じ目標にすすむ戦友のような関係となってきている。

だから子供はなんでも母親に話すし、母親も私から聞いた社会の知識などを得意そうに子供に披露する。

中学受験という経験から、思わぬ宝物を掘り出した親子であった。

 

 (5)エピソードその5 子離れできなかった親の場合

その生徒は、難関女子校に見事に合格した。

母親が娘を連れて相談に来たのは、娘が中2の時であった。

相談内容はこうである。

「娘が中学生になることを私は楽しみにしていたんです。一緒にお芝居を見に行ったり、美術館に行ったり、ショッピングを楽しんだりできるなって。でも、娘はちっとも私と出かけてくれないんです。」

そういう母親の隣で、娘は困ったような顔をしている。

それはそうだろう。

おそらく学校で、多くの友達ができたはずだ。

母親と出かける余裕も気持ちも無いのは当然と思う。

この冷たい現実を、どう母親に話したものか。

もともと素直な性格の生徒だった。

あと何年かすれば、きっとお母さんと一緒に出掛けてくれるようになるはず。もう少し待ちましょう。

そんな風にお話した記憶がある。

 

3.親子の距離感に正解はない

 

親子の距離感に正解というものはありません。すでに出来上がりつつある関係を、大きく変えることは難しいものですし、その必要もないはずです。

近い関係も遠い関係も、その親子の距離感はその親子だけのものだからです。

しかし、中学受験に関しては、適切な距離感というものはあると思っています。

通常より、近め・濃いめの距離感が望ましいと思います。

中学入試というのは、本当に困難なチャレンジです。わずか12歳の子供がぶつかるにはあまりにも厳しい壁がそびえているのです。

それを、「自分でやりなさい」「あなたが望んだ受験なんだから」などと突き放してしまったら、子供はどうしていいかわからなくなってしまいます。


A:子供の学習を完全にリードできる力量を持って、絶対君主として接する

B:子供と共通の目標にすすむ戦友として接する

C:勉強に関しては子供が凄いことを認め、子供を尊敬する立場で接する

 

接し方としては、この3つになるのではないでしょうか。

Aはすごいですが、中学受験の4教科を完璧に指導するのはなかなか困難です。中途半端に大学受験の方法論で子供の学習に横やりを入れて混乱させるご家庭をたくさん見てきました。通常の家庭生活なら親が絶対君主であることは一般的ですが、こと中学受験については、そうはいかないと認識すべきでしょう。

 

いずれを選ぼうと、子供のそばに寄り添っていてほしいと思います。

 

くれぐれも突き放さずに。