中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

【中学受験】悩む母へのアドバイスシリーズ 受験に後ろ向きな子どものやる気の引き出し方 part3

実は、

前回・前々回と続いたテーマの完結編です。

peter-lws.hateblo.jp

前回、受験に後ろ向きな子どもに悩むご家庭の相談について、「これなら子ども本人に話をしなくても大丈夫だろう」と書きました。

全てがうまく運べばその予定だったのですが、実はそのあと、子ども本人に話をすることになったのですね。

今回はそのあたりについて書いてみます。

※個人情報保護の観点に基づき、過去の実例を当事者が目にしてもそれとわからぬレベルまで再構成しましたが、話の核心は変えていません。

1.問題点の整理

◆小5の娘は勉強を全くしない

◆個別指導塾で算数だけ習っているが、受験勉強といえるレベルではない

◆夫婦の意見は乖離している

◆母親は最難関のB女子校・C学園に進学させたい

◆父親は娘になめられている

◆娘は、勉強しなくともC学園に進学できると思うほど無知である

最初に母親からうかがった相談ないようはこれでした。

さらに父親とお話して、論点が整理されました。

◆母親は娘の能力を過信して最難関校への進学を希望しているが、父親は6年間の学校生活の充実を優先したい

つまり、両親の考えが乖離しているため、娘も学習意欲がわかないのです。

そこで父親・母親双方にしたアドバイスは以下の3点でした。

①現状把握・・・テストの受験

②現実的な目標・・・1年半の努力で実現可能な目標校を探す

③夫婦の意志統一・・・徹底的に話し合う

そうしたうえで、娘に受験勉強に向かわせるという流れです。

とても基本的なアドバイスですが、ここをきちんとしないまま受験を迎えるご家庭が多いのです。

さて、この後、アドバイスに従って四谷大塚のテストを受けさせたそうです。その結果は予想通りでした。4科総合で30に届きませんでした。そこで四谷大塚の偏差値表を見て、夫婦で絶句したそうです。偏差値表には、35未満の学校は載っていませんでした。そこで、今度は日能研のテストを受験したところ、やはり30に届かなかったそうです。やはり偏差値表には30未満の学校はありませんでしたが、偏差値35のあたりにはいくつもの学校が載っていました。

父親は、このあたりの学校を目標にしよう、と前向きだったのですが、やはり母親がなかなか納得できなかったそうです。

しかし、納得できようができまいが、現実は変えられません。この偏差値帯の学校だって、現状ではチャレンジ校なのですから。

最終的には母親も納得し、この偏差値帯にあげられた学校を夫婦で見にいったそうです。そうしたところ、いくつか候補にあげたい学校が見つかったとのことでした。

さらに、偏差値40台を目指して頑張らせることにしました。6年生になる段階での偏差値に基づいて、また志望校を考えることにすればよい。そうした結論にいたったそうです。

「先生。いろいろ学校を見に行ったのですが、良い学校っていっぱいあるのですね。私は今まで偏差値ばかりを気にしすぎていたようです。」

「そうですね。塾業界の私が言うのも変ですが、学校の価値と偏差値は必ずしも一致するわけではありませんね。お子さんを通わせたいと思う学校が見つかってよかったです。」

これにて一見落着! とならないのがこうしたご相談の常です。

ほどなくして、再びお母さまからの相談があったのです。

2.娘が勉強しない

「先生、ご相談に乗ってください。」

「どうなさいましたか?」

「娘が全く勉強しないのです。」

夫婦で娘には話をしたそうです。

現状の成績では、このあたりの学校しか受からないということを。

そして、その中でいくつか良い学校をみつけたので、そこを目指して勉強を頑張ろう、そうお話したのです。

「娘さんの反応はどうでしたか?」

「あまりいつもと変わりませんでしたが、わかった、とうなずいてはくれました。」

「それでも、勉強はしないのですね?」

「ええ。先生のアドバイスにしたがって、個別のほうは行くのを止めました。そこで、集団指導塾に入塾したのです。」

お母さまが名をあげたのは、規模の小さな塾でした。教材を見せてもらうと、いわゆる塾向け教材ですが、レベルもそう高くはなく、これで丁寧に指導してくれれば、悪くないと思われます。

「通ってはいるのですか?」

「最初のうちは、父親にダダをこねていたようですが、さすがに夫もそこを甘やかすのは止めたようで、やがてあきらめて通うようになったのです。」

「それは大進歩ですね。」

「ただ、通っているというだけで、家では全く勉強しようとはしません。テキストもノートも真っ白なまま帰ってくるので、先日、その塾の先生に相談に行ったのです。」

まずは、通っている塾に相談する。王道です。

私のような第三者の意見よりもよほど頼りになるはずです。

「そうしたら、塾では真面目に過ごしているというのです。問題を起こすような生徒ではないといわれました。」

「ご家庭の様子はお話しましたか?」

「ええ。そうしたら、いずれ家庭でも自分で勉強するようになるから、焦らずに見守ってほしいといわれました。」

ううむ。正論ではあります。しかし、受験に向かう学習としては、かなりぬるいですね。とくにこの子の場合は、残りが1年半しかありませんので、そんなに悠長なことを言っている余裕はないのですが。

どうやら、お父様とお母さまの方に逃げ道がなくなったため、今度は塾に逃げ道を見つけてしまったようでした。塾にはちゃんと行っているからそれでいいでしょ、というところですね。

「わかりました。一度お子さんと話をしてみましょう。ただし、いきなりどこの誰ともわからぬ私が話をしたところで効果はあがりませんし、私もお子さんを知りません。一か月でいいですから、私の教室によこしてください。折を見てお話したいと思います。」

 

3.子どもにした話

そうして何度か教えてみてわかったことがありました。

この子は(仮に花子さんとしておきます)、頭の回転は速いほうだと思います。言われたことは理解できますし、やれといわれたことはやることもできます。

ただし、面倒くさい作業系の学習はやりません。やらずにすむのなら、勉強はやらないで済ませたい、そうした態度は明らかでした。

「花子さん。少しお話しましょう。」

おとなしく聞いています。

「先生は、今ダイエットに取り組んでいてね。」

いったい何の話?という顔です。

「先生の奥さんにダイエットしろっていわれてね。だから毎日の食事で、ご飯を食べないことにしているんだ。ところで花子さんはご飯は好きかな?」

うん、と大きくうなずきます。

「ごはんは美味しいよね。でも、体重を10キロ減らすという目標を立てたからね。もう何か月もご飯を1粒も食べてないんだ。それでも、どうしても我慢できなくなって、実は昨日カレーライスを食べてしまったんだ。そうしたらすごく美味しくて、お代わりして食べたんだ。もうダイエットなんかどうでもいいから、今日はかつ丼を食べようかと思うんだけど、どうだろう?」

「それはだめだよ。」

「なんで?」

「だって、先生、ダイエットの目標立てたんでしょ。だったら我慢しなくちゃ。」

「そうか。我慢しないとだめか。」

「そうだよ。それに奥さんが悲しむよ。だからダイエットしなよ」

私のお腹を見ながら、花子さんは言いました。

「あとね、先生実は今ピアノを習っているんだ。花子さんもピアノを習ってたって言ってたよね。」

「昔ね。今はやってない。」

「そうなんだ。なんでやめちゃったの?」

「だって、練習めんどくさかったから。」

「わかる! 今先生が練習してるのはハノンとツェルニーなんだけど、ものすごくつまらんくて。」

「あたしもあれ嫌いだった。」

「ほんと、うんざりするよね、ハノンとツェルニーって。だからもう練習やめようかとおもって。」

「そんなに嫌なら止めたら? っていうか、先生何で今ごろピアノ習い始めたの?」

「実は、先生も花子さんくらいの年齢のころに、少しだけピアノを習ってたんだ。」

「ふうん。」

「でも、練習が嫌で嫌でしかたがなくってね。結局まったく練習しなかったものだから少しも上達しなくて、それで何となくやめたんだけどね。でも、大人になってみると、あのときやめなければよかったなあって思うようになったんだ。」

「そうなんだ。」

「そう。だけど、どうしてもピアノで弾いてみたい曲があってね。それで、思い切って習い始めたんだけど、やっぱり練習が嫌なんだよね。」

「だめだよ。練習しなけりゃ、いつまでたっても曲弾けないよ。もし弾きたいのなら、ちゃんとやりなよ。大人なんだから。」

「そっか。やっぱり練習しないとだめか。」

花子さんは、当たり前じゃない、という顔でこちらを見た。

「ところで、花子さんは勉強嫌いだよね。」

「うん。」

「どうして?」

「だっておもしろくないし、めんどくさいし。」

「そうだよね。じゃあ、止めたら?」

「だって、勉強しないとママが怒るし。パパも最近厳しくなっちゃったから。だから塾には行くしかないんだけど。」

「そんなに嫌なら止めればいいじゃないか。先生のほうからお父さんんとお母さんに話してあげようか?」

花子さんは一瞬、それもいいかも! という表情を見せましたが、また考え込んでしまいました。

「なんかそれも違う気がする。」

「どう違うの?」

「勉強って、別にパパやママのためにするものじゃないから。」

「じゃあ誰のためにするものなのかな?」

「自分。」

「でも花子さんは勉強したくないんだろ?」

「だって、やっぱり勉強しないと、中学校にも行けなくなるし。だから自分のためだよ。」

「それって先生のダイエットと同じだね。」

「なんで?」

「先生のダイエットも、奥さんに言われたからはじめたんだけど、やっぱりつらいんだよ。でも、花子さんに言われてきがついたんだ。やっぱりこのお腹なんとかしないとかっこ悪いよね。」

花子さんは大きくうなずく。そこはうなずいてほしくないなあ。

「あとピアノもそうだね。別に誰かにやれといわれたわけじゃないしね。自分で弾きたい曲があるんなら練習しないとだめってさっき花子さんに言われて、先生もはっとしたよ。」

「そうだよ。ダイエットもピアノも自分のためなんだから、頑張んなよ。」

やっとこのセリフを本人から言わせることができました。

「それじゃあ、花子さんも、自分のためなんだから勉強したら?」

「勉強とダイエットやピアノは違うよ。」

「何が? どちらもつらくて大変じゃないか。でも自分のためだから我慢して頑張らなきゃならないんだよね。ほら、同じじゃないか。」

「そうかなあ。」

「そうだよ。しかも、先生のダイエットやピアノと違って、勉強は頑張れば頑張るほど未来が開けてくるんだよ。」

花子さんは私のお腹を見つめながら考え込んでいます。

「でも、勉強したくないんだよなあ。」

「簡単なコツを教えてあげようか?」

「コツ?」

「そう。1つめは、塾に行った日は家で勉強しない。」

「勉強しなくていいの?」

「それはそうだよ。だって、塾でたっぷり勉強させられてるんだろ?」

「そんなにたっぷりじゃないけど。」

「でも、せっかく塾で机に向かってるんだから、その時間は勉強時間にカウントしていいじゃないか。だからその日は家で勉強しない。そのかわり、塾ではもう少しがんばる。」

「うん。」

「2つ目。塾のない日は、1時間だけ机に向かう。」

「1時間でいいの?」

「そう。そのかわり、その1時間は頑張る。」

「うん。」

「どうだ、それくらいならできそうな気がするだろ?」

「うん、それくらいなら。」

「それでいいんだよ。それだって、続けられたら凄いことだと思うよ。まあ、花子さんにとってのダイエットみたいなものかな。」

「あたしダイエット必要ないし。」

「先生も花子さんに言われて反省したんだよ。奥さんに言われたからってご飯抜きダイエット頑張っていたんだけど、こんなの続くわけないよね。だから、ご飯も食べることにする。でも、量を減らして、時間をかけてダイエットしようと思うんだ。あと、ピアノも、ハノンやツェルニーばかり何時間も弾こうとするから嫌になったんだ。だから、毎日30分だけにする。それなら続けられそうだろ?」

「そうだね。」

「花子さんも自分に続けられそうなペースで頑張ってごらん。」

 

これで花子さんが心を入れ替えて勉強に向かうようになったかといえば、もちろんそんなことはありません。

でも、お母さまからの報告によると、塾で少しだけ積極的になったそうです。また、家でも毎日テキストを開くようになったとか。1時間はできていないようですが、それでも大きな進歩です。

学習は習慣です。

毎日顔を洗って歯を磨くのと同じように。食事をするのと同じように。

ルーティンとして机に向かう習慣をつけることが第一歩です。

花子さんはなんとか第一歩を歩みはじめることができたようでした。