入試が終わった直後の駆け込み相談をうけることが毎年あります。
「先生、どっちに進学すべきでしょうか?」
つまり、合格した学校が2校あるのですね。ある意味贅沢な悩みです。しかし、今後の人生に関わるかと思うと、悩みだしたら抜け出せなく悩みでもあります。
今回は、過去のご相談を思い出しながら考えてみることにしましょう。
1.ケーススタディ
ケーススタディ-1 筑駒と開成で悩んだ太郎君(仮名)
もしかして最も贅沢な悩みかもしれません。
「そんなのどっちでもいいでしょう。何て贅沢な!」と怒らないでください。太郎君の頑張りが引き寄せた合格なのですから。
事前の相談では、太郎君本人は開成が第一志望だったのです。東大にバンバン合格するレベルの高さにもうなりました。運動会に行って男くさい雰囲気に惚れました。東京で(ということは日本で)一番良い学校だと信じて疑いません。開成に合格するために勉強もがんばったのです。
両親は、筑駒が第一志望でした。どの塾の偏差値表でも頂点に君臨する学校にわが子が合格したら、そう思うだけでワクワクしました。東大への合格実績もすさまじい。あの開成・灘ですら現役合格率が30%程度なのに(それも凄いです)、何と45%超え! ほぼ2人に1人が現役で東大へ合格するという凄さです。しかも、息子には言っていませんでしたが、学費が安い。入学金で4倍以上、授業料で5倍以上の差は無視できません。もちろん開成に進学したところで学費が払えないわけではないのですが、その差額で留学でもさせてあげられる、そんなことも考えてしまいました。
しかし、正直なところ両校とも最難関です。どちらか1つだって合格できる保証などありません。むしろ可能性は高くはない。そこで、とにかく合格目指して頑張ろう、そう息子にも言い聞かせてきたのです。
そうしたら、まさかの(幸運な)両校合格!
天にものぼる夢見心地の瞬間の後に、深刻な悩みがやってきたのです。
相談を受けた私はこのようにお話しました。
「合格したのは太郎君です。頑張ったのも太郎君です。選ぶ権利は太郎君にあります。本人は開成に行きたいと言い続けてきましたね。開成に行かせてあげてください。」
「でも、先生、筑駒のほうが難しいですよね。そんな最高峰の学校にせっかく受かったのですから。」
「いや、たしかに筑駒は最難関ですが、開成が筑駒に劣るところなど何もありません。実際に両方合格して開成を選ぶ生徒などたくさん見てきました。」
「でも、先生、筑駒のほうが家から通いやすいのです。やっぱり近いほうがいろいろと良いですよね。」
「いや、西日暮里だってさほど遠くないじゃないですか。1時間以内ですから問題ない距離です。」
「でも、先生、入学してから塾に行くんだったら、筑駒のほうが便利ですよね。」
「いや、塾への通いやすさを基準にするのは本末転倒です。そもそも塾に行く必要性から考えるべきでしょう。」
「でも、先生、(以下省略)」
もうおわかりですよね。ご両親は筑駒に進学してほしいのです。そこで私に後押しをしてほしくてやってきたのは明らかでした。
もちろん筑駒は素晴らしい学校です。ほとんどの受験生が志望することすら叶わないレベルの学校です。入試の難易度だけを基準にすれば、開成よりも狭き門であることは間違いありません。入学後には素晴らしい学友にも恵まれることでしょう。
ご両親の話を聞いていると、筑駒に行かせたい理由はだいたいこの4点に絞られるようでした。
〇最高難度の学校にせっかく合格できたのにもったいない
〇開成を蹴って筑駒、そんな自慢を(密に)したい
〇鉄緑会に通いやすい
〇費用
鉄緑会だけは理由として賛成できませんが、その他の理由はもっともです。ご両親の気持ちも十分わかります。でも、冒頭にお話ししたように、「選ぶ権利は太郎君にある」のです。しかし、ご両親が勧めた場合、太郎君はきっと筑駒にするのじゃないかな、そんな予感がしました。子供だって馬鹿じゃありません。学費のことはわかっているのです。
結局、太郎君は筑駒生になりました。
これは、受験前に徹底的に家族で話し合って納得しておくべき案件だったのです。
ケーススタディ-2 女子学院と慶應湘南藤沢で迷った花子さんの場合
花子さんは、2月1日に女子学院、2日に慶應湘南藤沢、3日に慶應中等部を受験する予定をたてました。この受験パターンでおわかりのように、慶應第一志望です。慶應は2次の面接で日程をとられますからね。2日:慶應湘南藤沢1次、3日慶應中等部1次、4日慶應湘南藤沢2次、5日慶應中等部2次、ここまで他の学校を受験できません。もちろん1次を通ればの話ですが。また、1次を通過しても油断できないのが慶應の特徴です。2次試験でおよそ半分の生徒が不合格となるのです。
このあたりの詳細は以下の記事に書きました。
そしてこの受験パターンで想像がつくように、花子さんは小学校受験で慶應を狙って失敗していました。ご両親としては、中学受験の慶應受験はいわばリベンジのつもりだったのですね。
さて2日~5日まで慶應の受験で埋め尽くされるこの受験パターンでは、1日校の選定がとても重要です。ご両親としては1日は立教女学院の受験を娘に勧めたのですが、娘は首を縦に振りませんでした。2日以降は慶應を受けるから、1日だけは自分の受けたい学校を受けさせて欲しい、そう言ったそうです。そして花子さんが選んだ学校が女子学院でした。
事前の進路相談の際には、私からは1日は本人希望の女子学院を受験するとして、慶應湘南藤沢と慶應中等部の2校のうち、どちらかは他の学校を考えておくようにお話ししていたのです。最終的には、女子学院が不合格の場合には慶應中等部をあきらめて3日に学習院女子を受験するというプランとなりました。親の希望順位としても、慶應湘南藤沢≧慶應中等部>女子学院ということでした。
結果は、女子学院も慶應湘南藤沢もみごと合格です。㏡に女子学院の合格が出ましたので、4日の慶應湘南藤沢の2次試験は受けるけれど、3日の慶應中等部はもう受けない、そういわれたそうです。
そこで慶應湘南藤沢に進学が決定するかと思ったのですが、花子さんが抵抗したのです。花子さんは、最初から慶應には惹かれていなかったのですね。でも、小学校受験の時から、両親が慶應希望一色に染まっていたのを知っていましたので、その気持ちは表に出していなかったのです。本人は大学受験をするつもりでした。将来の大学進学を今決めたくはない、そうした気持ちと、共学校よりも女子校に進学したい、そういう気持ちもあったのです。ご両親の期待に応えることができたのは嬉しいけれど、女子学院に進学したい、その気持ちは譲れないと言ったそうです。
指導していたときには、そこまで自分の意志を強く主張できる生徒だとは見えなかったので意外でしたね。でも、そこまではっきりと自分の意志があるのなら、まさに女子学院は花子さんにぴったりの学校だとも思いました。
ご両親は、せっかく大学にそのまま行ける学校に合格したのだから、と説得したそうですが、「私は中高に遊びに行くのではない。もっと勉強して上を目指したい。」と言われて返す言葉はなかったそうです。私からもご両親を説得しました。仮に6年後に結局は慶應大学(あるいはそれより易しい大学)への進学となったとしても、女子学院の6年間は花子さんに大きな成長をもたらすはずだ、それこそが私立中高一貫校に進学する最大のメリットだからといって。
女子学院への進学が決まった後、顔を出した花子さんと話をしました。すると、入試会場で出会った慶應湘南藤沢の受験生たちをみて、ここは違う、と思いを新たにしたと言っていましたね。これはわかります。昔の教え子も、同様のケースで桜蔭を蹴って親の希望通り慶應中等部に進学したのですが、「みんな勉強しないんだよ!」と怒っていましたから。
6年間通うのは本人です。
ここは本人の希望を尊重すべき場面です。
2.事前の話し合いの重要性
ご紹介してきたような緊急相談があるのは、まさに緊急、もうあと数時間で手続き締切、そうしたタイミングです。そんな精神状態で、最適な判断などできるはずがありません。
これは、家族で、事前に徹底的に話し合っておくべきなのです。そして決定した後は他人の言葉には耳を貸してはいけません。
「筑駒受かったのに進学しないなんてもったいない!」「絶対慶應のほうでしょ!」こうした無責任な発言に惑わされてはならないのです。
「どうせ両方合格するはずないし。」
そんな風に思ってもいけません。子供の努力を事前に否定しては可哀そうです。
3.最終的には子供次第
実際に6年間通うことになる子供の希望が第一です。
しかし、やっかいなことに両親を前にして本音で自分の希望を言えない子というのがとても多いのです。しかも子供は親の顔色をうかがいます。自分の希望より親の希望を優先する子供が多いのです。
受験校を決めるときに、じっくりと親子で話しあって子供の希望を聞き出しておいてください。そしてその学校を選ぶ理由についても耳を傾けておきましょう。