中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

個性的な問題が魅力の麻布中学の入試傾向と求める生徒像

麻布中学の社会科入試傾向を分析して、記述対策をするには?

開成に並んで都内屈指の人気校の麻布中学・高等学校。
1895年創立という伝統もさることながら、東大の合格者ベスト10の常連校であることも有名です。
また、自由な校風であることもよく知られていますね。そのためか、熱烈なファンも多い学校です。
麻布を志望する男子生徒は、自分の成績を顧みずに受験する場合が多いものなのです。
さらに、この学校の問題は個性的です。
とくに社会科が、私の見たところ全国の社会科の入試問題の中で、最高水準の良問の記述問題であると断言できます。
 

麻布中の入試傾向にみる、この学校の求める生徒像

日本人の平均結婚・出産年齢から考えると、この記事を読んでくださっている方は30代から40代くらいのご年齢かと思います。
中学受験をご自身が経験なさったかどうかはわかりませんが、経験したと仮定して、みなさんが中学受験をした頃、1990年代前半の麻布中の社会科入試問題を紹介しましょう。
 

(1)1991 テーマ「情報化社会」

 江戸時代と現代の情報伝達手段のちがい・知る権利・情報化社会の問題点など
出題:身の回りで私たちが情報に振り回されている例とその理由を150字以内で答えよ。
 これが、30年以上前の問題というから驚きです。今年出題されてもおかしくない内容だと思います。

(2)1992 テーマ「日本と朝鮮の関係」

 在日朝鮮人の文章を通して、日本と朝鮮の歴史と今後について考える。
出題:朝鮮人と日本人が仲良くできる道についての考えを150字以内で答えよ。
 日本と朝鮮とは、歴史的に複雑な関係にあることはいうまでもありません。韓国大統領が変わるたびに、反日親日を繰り返しているようですね。
また、従軍慰安婦問題徴用工問題など、小学生にはなかなか理解させるのが難しい問題も多くあります。
そこに真正面から切り込んだ出題といえるでしょう。
 

(3)1993 テーマ 「人口変化の歴史」

 人口変化の資料より、歴史・過疎過密問題・高齢化問題について考える
出題:人口高齢化によって起きる問題と、今後の対策について200字以内で答えよ。
 今でこそ高齢化問題は定番中の定番となりましたが、この当時では麻布が初出といってもいいと思います。
 

(4)1994 テーマ 「車社会」

 交通の歴史・自動車普及の問題点等について
出題:①自動車が普及すると地域社会におきる問題点を説明せよ。
   ②交通事故で自動車の欠陥を問う裁判が困難な理由を答えよ。
   ③クルマ社会と人間について、200字以内で書け。
 とても「麻布らしい」問題です。
とくに上記①の記述問題が秀逸です。
自動車が普及したことによる問題点と聞いて、だれもが思いつく環境問題・交通渋滞・交通事故について答えてはいけないのです。
便利なはずの車が普及することで、不便になる人たちに目を向ける姿勢が求められているのですね。
 いくつもの塾が出した解答例がことごとく間違っていたことでも記憶に残る出題でした。
 

(5)何が期待されているのか

こうしてみてみると、麻布中学校が受験生に期待するものが見えてくるのです。
 
現代社会の諸問題について考えていること
◆与えられた情報を鵜呑みにすることなく、批判的な視点(リテラシー)をもっていること
◆社会の事象について、多くの角度から考察する力をもっていること
 
付け焼刃的な対策は意味をなしません。
生徒の本質的な思考力・記述力を求めている問題なのです。
この当時の社会科に気骨のある先生方がいたのでしょうか。
そういえば、この学校では、中学生の夏の課題図書として、「苦海浄土石牟礼道子)」や「共産党宣言マルクス・エンゲルス)」が出されたことがあると卒業生から聞いたことがあります。
苦海浄土は中学生の必読書と思いますが、共産党宣言を読ませるとは驚きました。
今読むとさほど刺激的ではない理想主義的な書なのですが、19世紀中頃のヨーロッパ社会に衝撃を与えたことは想像に難くありません。
ロシア革命につながる世界史を理解するために、原典にあたらせるということなのでしょう。

では、最近の出題はどうでしょう。
 

(6)2023年 社会科入試問題の分析

 今年は、「公共サービス」をテーマとした出題でした。水道事業を例として、  公共事業を民間に委託することを考えさせています。
 
問:文中にあるように、現代の社会では公共のもののあり方が問われています。国や地方公共団体が担うのか、民間企業にゆだねるのかに関わらず、わたしたちがどこまでを公共のものとして「みんな」で支え合うか、どこから個人の問題と考えるのかが問われているといえます。しかし、個人で抱えているようにみえる問題でも、「みんな」で支えることで解決するものもあります。そのような問題を一つ挙げ、それを解決できるような「みんな」で支える仕組みを考え、120字以内で説明しなさい。
 
みなさんは、「自助、共助、公助」という言葉をご存じだと思います。
もともとは、防災・減災の場面で使われていたり、社会保障の分野で使われたりしていた言葉です。
これを3年ほど前に当時の菅義偉首相が繰り返したためにずいぶん話題となったのをご記憶の方も多いでしょう。
「自助」が強調されていたことから、政府の方針への批判も多かったように思います。
 今回の麻布中の出題を見ていて、このことを思い出しました。まさに「共助・公助」の在り方を考えさせる出題といえるでしょう。
 
 また、最後の大物記述問題の手前に、字数は多くないのですが、合否の分かれ目となりそうな良問(難問)の記述問題があるのも、麻布中の社会科の特色です。今年はこのような問題がありました。
 
問:「・・・政府は、地方公共団体が水道事業の最終的な責任を持ちながらも、経営自体は民間企業に任せて効率化できる仕組みづくりを積極的にすすめようとしているのです。・・・」
下線部について、近年の地方公共団体と民間企業の協力事業のなかには、図のような形で公共施設のい運営を民間企業の賃金や技術を利用してサービスの向上につなげようとする動きがあります。これに関して、図を参考にして(1)(2)の問い答えなさい。
水道事業における民間企業の運営例
(1)地方公共団体と民間企業の運営契約は、長期(20~30年間)になることが多くなります。その理由を説明しなさい。
(2)長期の運営契約を民間企業と結んだ場合、地方公共団体または水道使用者にとってどのような欠点がありますか。説明しなさい。

まず、水道事業が民間に運営委託されている地方公共団体があるという事実そのものを生徒は知りません。
したがって、「習ったことがある」「知っている」から「書ける」とはいかないのです。
 

(7)2022年 社会科入試問題の分析

 日本の移民政策と現状・歴史についての問題でした。
冒頭に、中長期滞在者の区分けについての表があります。
中長期滞在外国人の区分け
この5区分について、どれくらいの人が理解しているでしょうか。
問題文では、歴史の順を追って日本の政策や状況について説明がされています。
問:難民の地位に関する条約をまとめると、難民とは次のように定義されており、条約を結んだ国には難民を保護することが求められています。
 
 人種、宗教、国籍や政治的な意見を理由に迫害を受けるおそれがあるために他国に逃げた人で、迫害を受ける以外の理由で逮捕されるような犯罪をおかしていない人
 
 しかし、日本に逃げて来た人たちの難民審査は厳しく、問題視されています。つぎにあげる資料は審査のときにきかれる質問内容の一部です。日本政府がこのような質問をすることは、難民を保護するという点から見たときにどのような問題があると考えられますか。質問3~5から1つを選び、その質問の問題点を説明しなさい。
 
1.迫害のおそれを感じたのはいつからですか。根拠を具体的に教えてください。
2.あなたが帰国すると、どのようになことになるか、具体的に教えてください。
3.あなたが国にいたとき、上記の理由、その他の理由で逮捕されたり、その他身体の自由をうばわれたり暴行などを受けたことがりますか。
4.あなたは、あなたの国に敵対する組織に属したり、敵対する意見を表明したりすることはありますか。
5.現在、生活費用は何によってまかなっていますか。
6.もともと住んでいた国に日本から送金をしたことがありますか。
 
何らかの資料を提示し、それについての意見を求めるというのは最近様々な学校で見かけるようになった出題形式ですね。
いわゆるリテラシーをはかる問題だといえるでしょう。
だが、麻布のようにここまで掘り下げた出題は他校ではめったに見られないです。
 
さらに次のような問いも出されました。
 
問:日本政府が正式に移民を受け入れようとせず、行政が外国人の支援をおこなわないと、日本に不慣れな外国人の支援はボランティアの人たちに依存することになります。その場合、外国人の支援活動にはどのような不都合が生じると考えられますか。2つ挙げて説明しなさい。
 
問:「…ある作家が、『われわれは労働力を呼んだが、やって来たのは人間だった』という言葉を残していますが、これは今の日本が抱える問題をよくあらわした言葉ではないでしょうか。」
 について。日本に働きに来た外国人とその家族の人権を守るためには、どのような政策や活動が必要だと考えられますか。君が考える政策や活動の内容とそれが必要である理由を80~100字で説明しなさい。
 
おそらくは、2021年に名古屋の収容施設で亡くなったスリランカの女性の事件をうけての出題かと思われます。
 
いかにも麻布らしいのは、単に「日本の移民政策はひどい」といった薄い問題提起ではなく、戦争の歴史や日本の経済成長にからめて多角的に考えさせようとしているところなのです。
もちろん特定技能研修性の問題にも触れられているし、日米の国籍についての考え方の相違ーーー血統主義・出生地主義ーーーについての知識も問われています。
 
ところで、「我々は労働力を呼んだが、やって来たのは人間だった」という有名な言葉は、戦後スイスを代表する作家マックス・フリッシュが1965年に発したものです。
代表作「アテネに死す」は読んだ方も多いと思います。
 ヨーロッパの移民問題は深刻で、当時のスイスでも、イタリア人労働者の増加による移民排斥運動が問題化していたのですね。
政府の積極的な受け入れ政策により、人口の1/4を外国人が占める国となり、移民政策の成功例とされています。
 

(8)2021年 社会科入試問題の分析

めずらしく二題構成となっていて、食文化の歴史や現代の食の問題点などについての幅広い考察を求める問題でした。
 
問:都市のスポンジ化について説明する
問:スーパーやコンビニのプライベート商品としてカット野菜が増えてきた理由を、消費者にとっての理由・契約する農家にとっての理由をそれぞれ答える。
問:「和食 日本人の伝統的な食文化」が世界遺産に登録された。政府はどのような効果をねらっていたのか、国内向けのねらいと海外向けのねらいをそれぞれ答える。
問:「同じ場所で、同じものを一緒に食べる共食文化の未来は、どのようになっていくのでしょうか。」
 について。現代は共食が行われにくい社会になっていますが、多くの小学校では給食という共食が行われています。君は、学校給食にかかわる問題点にはどのようなものがおあると考えますか。また、給食をどのように改善すれば、より意味のある共食となるのでしょうか。君が考える問題点とその改善策を80字以上120字以内で書きなさい。
 

「都市のスポンジ化」

この言葉を知っている生徒は皆無でしょう。
〇〇化といえば、「過密化」「過疎化」「人口のドーナツ化」「産業の空洞化」を思いつくし、都市問題でいえば都心回帰現象」ストロー現象さらにはスプロール現象まで知っていれば十分詳しいほうだといえます。
 
文章中に「シャッター通り」のヒントが出されていますが、都市の内部に無秩序に空き地や空き家がまるでスポンジの穴のように生まれ、都市の密度が低下していくことをきちんと説明できなければなりません。
スポンジ化とその対策については🔗国土交通省のHPに詳しいです。

食文化

食文化という、あちこちでよく出されるテーマを扱っているが、なかなか一筋縄ではいかない問題といえます。多角的な視点と思考力が求められているのです。
 
 とくに最期の記述が、一見簡単そうに見える給食の改善提案だが、意外に書きにくいものです。
このような簡単そうに見えるテーマのほうが実は記述しにくいという好例ですね。
 

麻布中の社会科記述問題への対策はどうすべきか

もう一度この学校が求めている生徒とはどのような生徒か考えてみましょう。
現代社会の諸問題について考えていること
◆与えられた情報を鵜呑みにすることなく、批判的な視点(リテラシー)をもっていること
◆社会の事象について、多くの角度から考察する力をもっていること
 
このような力を一朝一夕に手に入れることは不可能です。
日頃から、次のようなことを心掛けねばならないのです。

(1)新聞を毎日読む

 〇〇小学生新聞のようなものは役に立ちません。
 
大人が読む新聞を、毎朝15分と時間を決めて読むとよいでしょう。
その上で、わからない言葉や事象について周囲の大人(親)に質問をしてその場で理解するようにします。
大人が即答できないような質問については、一緒に調べてほしいのです。
※最近は新聞をとらないご家庭も増えています。基本ニュースはyahooニュースで間に合うし、あとは職場の日経新聞を読む、そんなスタイルでしょうか。あるいは電子版の新聞を読むのかな?
しかし、お子さんが麻布中を受験するのなら、せめて受験期間だけでも紙の新聞をとってあげてください。
 ところで、テレビのニュースを見せることは時間の無駄です。翌日の新聞で情報を得たほうが効率が良いし、何より読解力が育つのです。
 

(2)知識欲に制限をかけない

 本来子供は知識欲は旺盛です。
とくに麻布中を受験するなら、何にでも興味を持つような姿勢がのぞましいことは言うまでもありません。
だから、子供の知識欲に制限をかけてはいけません。
新聞を読んでいれば、どうしても子供に説明しづらい項目があります。
例えば「LGBTQ」について、子供に質問されたらどうするか。
あるいは「従軍慰安婦」について聞かれたら、どう答えるか。
「まだ子供には早い」と逃げずに、真正面から説明して一緒に考えていく、こうした日々の積み重ねが重要だと思います。
 

(3)多角的な視点やリテラシーを重視する

 どのようなことにもプラス面もあればマイナス面もあります。
さらにはどちらとも決められないグレーな側面が必ずあるものです。
これらについて多角的な視野でとらえることができるでしょうか。
また、分析的に考えられるでしょうか。
 
 例えば、コンビニに行ったとしましょう。
狭い店内には、今欲しいと思うものがそろっています。
なぜコンビニには、「欲しい」と思うものがそろっているのか?
そのためにはコンビニはどのような運営の工夫をしているのか?
そのためにどのような問題が生じているのか?
なぜコンビニの店員に外国人が多く見かけられるのか?
狭い地域に同じ系列のコンビニが並んでいるのはなぜなのか?
今後のコンビニに求められる役割にはどのようなものが考えられるのか?
なぜ海外(とくにヨーロッパ)には日本と同じようなコンビニがないのか?
 
いくらでも疑問は浮かんでくる。
 
まずは、こうした疑問を持てるかどうか。その上で、疑問に対する答えを自分なりに考えられるかどうか
 
大人がアシストしながら、ぜひこのような姿勢を身に着けてほしいのです。
 
麻布のカオスぶりについてはこんな記事も書きました。