知人に相談されました。
「うちの子供たちは勉強は嫌いじゃないのですが、社会科が苦手で困っているのです。どうすれば興味を持って社会科に取り組むようになるのでしょうか?」
私の手前「苦手」とオブラートに包んでいますが、「嫌い」なのは明らかです。
小学校3年生と5年生の子どもです。
この兄弟の現状と、対策について考えてみましょう。
中学入試と高校入試では指導方法は全く異なる
この兄弟は、いちおう中学受験をするつもりで塾には通っているそうです。近所の中堅の集団指導塾で、どちらかといえば高校入試がメインの塾ですが小学生の中学受験指導も行っている、そんなところです。
実は高校入試メインの塾が小学生対象の中学受験指導も行っているケースは多いのですが、注意が必要です。
〇あくまでも高校入試メインのため、優秀な生徒を青田刈りする目的で小学生の指導も行っている
〇高校入試だけだと生徒が確保できないので、中学入試にも手を広げた
このような塾が多いからです。
高校入試の指導と中学入試の指導では、指導方法・指導方針・レベル、全てが異なります。
冷静に考えれば、中学受験に成功すれば高校入試用塾に通うことはないわけで、両者の利害は相反しているのです。
また、「高校入試の指導で中学生を教えているのだから、小学生を教えるのなんか簡単だろう」と高をくくっているような教師には教わりたくないですね。
知人の、高校入試専門の先生から聞いた話です。
その塾には、中学生対象の高校受験部門と小学生対象の中学受験部門がありました。あるとき、中学生理科担当教師が急遽来られなくなり、緊急代講が発生してしまいました。そこで、別の校舎から理科の先生を送ったのですが、この先生が教室を間違えて中学受験用校舎に行ってしまったのです。しかも、運の悪い(良い?)ことに、その校舎でも、小学生の理科授業で緊急代講が発生していました。「理科の代講に来ました。」とその先生が入っていけば、誰も疑問に思わずに教室に案内します。たまたま単元も似ていたそうで、その先生は無事に小学生の授業を終えて帰りました。もちろん後日ミスが発覚します。
「お前は、小学生の教室に行って何も気がつかなかったのか!」と上司が叱責したそうですが、その先生はこう答えました。
「いやあ、小柄な生徒ばかりのクラスだなあとは思ったのですが、普段教えている中学生よりもずっと出来ていたので、気が付きませんでした。」
嘘のような話ですが、実話です。
好きだから勉強するのか?
話を戻します。
社会科が苦手というその兄弟のテスト結果をうかがうと、なるほど、たしかに苦手です。苦手というレベルではなく、もう全く社会科を勉強する気がない(したがってやっていない)ことが明らかです。
3年生はまだしも、5年生になってこれでは危機的状況に間違いありません。
この時期はまだ歴史は始まっていないそうで、地理の知識が皆無です。
社会科が嫌い(苦手)な生徒全員に共通した特徴があります。
暗記ができない(嫌い)
よく、社会科は暗記科目じゃない、なんてことを言う人がいます。
確かに真実です。
しかし、それは、例えば塾の授業中の小テストは常に満点、試験範囲の無いテストでも100点満点で85点を下回ることはない、そうした生徒対象の話なのです。
お母さまに2点、確認しておかなくてはなりません。
1.どのレベルの学校を目指すのか
2.どこまで本気なのか
個人的には、本気を出さない中学受験には意味がないとすら思っています。本気で勉強して臨むからこそ、大きな成長につながるのです。
しかし、全てのご家庭にそこまでの覚悟があるとは限りません。
できる範囲で勉強して、それで合格できるレベルの学校に行ければそれでよい、そういう考えのご家庭もありますよね。
確認してみてよかったです。
「上の子については、もうあきらめかけています。今から社会科の勉強を強制して、社会科嫌いになっても、と思うのです。でも、下の子はまだ間に合うと思います。好きなことは集中してやれる子なので、なんとか社会科が好きになってくれれば。」
一言言わせてください。
甘い!
よく世間では、その教科を好きになることが大切で、好きになれば自ずと得意になる、といった誤った考えを言う方が多いですね。
言わせていただければ、それは都市伝説の類です。
好きになるのを待っていたら間に合いません。
好きなことだけをやるのは勉強とはいえません。
好きだろうが嫌いだろうが、やるべきことをやるのが、中学入試に向けた勉強なのです。
とはいうものの、このご家庭は私の考えとは異なる方針をお持ちの家庭でした。
しかも、休みを利用して、広島の実家に里帰りしてゆっくりと過ごすとか。
そこで、せめて新幹線の旅を無駄にしないための作戦だけを考えました。
3.新幹線の車窓からの勉強
兄弟で広島までただぼんやりしていても仕方がありません。
せめて車窓風景を楽しみながら、少しでも地理に興味を持ってもらえる作戦を考えました。
名付けて、「東海道山陽新幹線、通り道車窓クイズ」です。
この地図を見ながら、兄弟でクイズの正解を考えてもらうことにしました。
本当は私が同乗して、アドリブでクイズで盛り上げてあげたいところですが、そんな仕事はいくらつまれようと御免です。
クイズは以下の22問としました。
Q1.小田原をすぎたらも神奈川県から静岡県に入るよ。右手に見える大きな山は?
①富士山 ②阿蘇(あそ)山 ③岩木山
Q2.その山の高さは何メートル?
①1776m ②2776m ③3776m
Q3.その山を通り過ぎると大きな川をわたるよ。何川かな?
①利根川 ②富士川 ③信濃川
Q4.静岡駅をすぎてまもなく、大きな川を渡ったよ。川の名前は何だろう?
※ヒント:江戸時代には橋がかけられていなかったよ。「箱根八里は馬でもこすが、こすにこされぬ○○川」なんて歌がつくられた。
①紀ノ川 ②最上川 ③大井川
Q5.このあたりに見えるこい緑色の作物は何だろう?地名は牧ノ原というところ。
①オリーブ ②茶 ③ぶどう
Q6.畑のあちらこちらに大きな扇風機(せんぷうき)みたいな羽根が見えるかな?これはいったい何のためにあるのかな?
①温度を下げる ②霜(しも)をふせぐ ③虫を追い払う
Q7.また大きな川を渡った。長野県の諏訪湖から流れてきたこの川は?
①天竜川 ②十勝川 ③相模川
Q8.浜松をすぎたらすぐに見える、右手に広がっている大きな湖は?まもなく静岡県から愛知県に入るよ。
①中禅寺湖 ②サロマ湖 ③浜名湖
Q9.この湖のまわりでは、ある魚の養殖(池で育てている)がさかん。土用の丑の日(どようのうしのひ)に食べたかな?
①はまち ②ひめます ③うなぎ
Q10.もうすぐ名古屋。このあたりにはある工業製品の工場があるよ。会社の名前がそのまま町の名前になってるんだって。
①自動車 ②オートバイ ③テレビ
Q11.名古屋駅をすぎると、すぐに右側の近くに清洲城の天守閣が見えるよ。これは、戦国武将の○○○○の若いころのお城だった。
※ヒント:本能寺で殺された。
①武田信玄 ②伊達正宗(だてまさむね) ③織田信長(おだのぶなが)
Q12.名古屋をすぎると、次々の3つの川を渡るよ。渡る順番はわかるかな?
①木曽川➟揖斐(いび)川➟長良(ながら)川 ②長良川➟木曽川➟揖斐川
③木曽川➟長良川➟揖斐川
Q13.有名な古戦場(昔戦いがあった場所)の近くを通るよ。1600年、徳川家康と石田光成が戦った戦いとは?
①川中島の戦い ②長篠(ながしの)の戦い ③関ヶ原の戦い
Q14.このあたりの右側に見える(運が良ければチラッと見えるかも)はずの湖は?
※ヒント:日本で一番大きな湖だよ。
①琵琶(びわ)湖 ②十和田湖 ③田沢湖
Q15.京都駅を過ぎたらすぐ左に五重塔が見えるはず。これは○寺の五重塔だよ。
※ヒント:○寺は、空海が開いた真言宗のお寺。
①南禅寺 ②西大寺 ③東寺
Q16.新大阪を出ると長いトンネルに入るよ。このトンネルは、○○山地に掘られた○○トンネルだ。新神戸を出ても次の神戸トンネルがしばらく続くね。
①六甲 ②丹波(たんば) ③中国
Q17.トンネルを出ると、明石を通るよ。明石の天文台の場所が基準となって日本の時間を決めたんだ。ここの真南に太陽があるときが昼12時だよ。ところで、世界の基準の時間を決めたのはどの都市かわかるかな?
①パリ ②ニューヨーク ③ロンドン
Q18.このあたりで左の海の向こうに○○島が見えたらラッキーだ。
①小豆(しょうど)島 ②淡路(あわじ)島 ③佐渡(さどが)島
Q19.姫路駅の近く、右側に注目! 姫路城が見えるよ!この城は、その姿から別名○○城とよばれるね。
①うぐいす城 ②しらさぎ城 ③からす城
Q20.岡山といえば、ぶどうで有名。緑色の大粒のぶどうだよ。
①マスカット ②巨峰(きょほう) ③デラウェア
Q21.岡山といえば、きびだんごも名物。
ということは、もしかして??太郎のいたところ?
①金太郎 ②うらしま太郎 ③桃太郎
Q22.新横浜から広島まで、全部でいくつの府県を通ったかな?
①7 ②8 ③9
どれもあまりにも基本知識ばかりです。日ごろの私の講義のレベルとは乖離していますが、小3くらいだとクイズ形式が好きですからね。紙の上での丸暗記よりも、実際に風景を目にするほうがいくぶんかは興味を惹くのではないでしょうか。
さらに、この兄弟が目指すであろうレベルの学校では、実際にこの程度の知識が入試で問われることも多いのです。
4.社会科に興味を持つには
正直にいって、小学生くらいの生徒に、無理やり社会科に興味を持たせることはできません。社会科が苦手(つまり興味が持てない)という生徒の大半が、親に原因があります。
統計を取ったわけではありませんが、そうした生徒の親と面談をしていると、例外なく親(とくに母親)が社会科が苦手でした。
反対に、子供が社会科が得意な場合は、親のいずれか(父親の場合が多い)が社会科が好きなようでしたね。
ある小6男子生徒を思い出します。
授業の冒頭に「社会科の質問はないかな?」と声掛けをするのがいつもの私の授業スタイルです。すると、その生徒は毎回手をあげ、実に様々な質問をしてくれるのです。
「先生、なんで日本ではフランス革命のようなものがおきなかったんですか?」
「日露戦争って、結局日本は勝ったといえるのですか?」
「電車の優先席には問題があると聞いたのですが、それはどういうことですか?」
興味の振れ幅が大きく、中学受験には無関係な質問も多いのですが、教師の説明本能を刺激するような質問が多いのですね。
聞けば、夕食時に、父親とよく歴史や世界の話をするそうです。
「なぜロシアがウクライナを攻撃していると思う?」
父親がこんな質問をして、親子で一緒に考える習慣があるとか。
いいですねえ、実にいい!
このお父様をぜひ先生として迎え入れたいほどです。
結局のところ、社会科は自分たちが生きている社会にどれだけ興味関心をもてるかが重要な教科なのです。
日頃の親子の会話がとても重要だったのですね。
◆後日談
さて、私が作ってあげたプリントを持参して新幹線に乗り込んだ兄弟の様子はどうだったでしょうか?
お母さまにうかがいました。
「せっかく先生に立派なプリントを作っていただいたのですが、最初の何問かで飽きてしまったようで、すいません。」
それで、子供たちは新幹線で何をしていたのですか?
「ずっとゲームをしていたようです。」
ゲームって、トランプとかじゃないですよね?
「任天堂のなんとかってゲームに今はまっているみたいで。」
予想はしていたのです。
社会科(地理)が苦手だとうかがった段階で、お母さまもきっと地理が苦手だったのだろうなと。
それでも、クイズプリントがあれば、お母さまが子供たちに出題しながら家族3人で盛り上がってくれるのではないか、と淡い期待を抱いていたのですが。
子供の社会科嫌いの原因は親にある、と確信を深めることになっただけでした。
それにしても。
私がボランティアでクイズプリント制作に費やした時間を返せ!