最近リモート授業を行う塾が増えてきました。
かくいう私も行っています。
今回は、「リモート授業を行っている」立場から、リモート講座の長所・短所、そして効果的な利用法について考えてみます。
1.個別指導と集団指導の違い
大手通信教育会社が行っているような、いわゆるビデオ・オン・デマンドスタイルの講座はリモート講座には含めません。本来なら教室で対面で行っている講座を、リモートスタイルで行う場合を「リモート授業」とします。何もこれは私独自の定義ではないですね。
対面では、集団指導と個別指導に大きく分かれます。この違いは、もちろん指導人数の違いですが、それだけではありません。例えば、教師一人が2人の生徒を左右に座らせて行う個別指導も多いですね。この場合は、人数は2人と複数ですが、個別指導に分類できます。常に指導するときは1対1で指導するからです。右の生徒に指導している間は左の生徒は問題を解き、左の生徒に指導している間は右の生徒は間違え直しをする、そんな形です。このスタイルは1度に2人の指導をしているというよりは、1対1の個別指導を同時に2組行っているととらえるべきでしょう。ときには2人のやっている内容や学年が異なることすらあります。これを私は勝手に「聖徳太子スタイル」と名付けました。1度に10人の話を聞き分けたと日本書紀にある、あれです。もしこんなことが本当にできたのなら、聖徳太子は教師が天職です。
私も6人くらいのクラスで、同じような授業をすることがあります。さすがに同時に6人の話を聞き分けるのは不可能なので、時間差で一人一人の相手をしました。私が教室の正面に机をおいて生徒のほうを向いて座り、生徒たちは記述問題を解いているのですね。できた生徒から私のところに持ってきます。それをその場で添削指導して、もう一度書き直しを命じます。合格ラインに達したら、次の記述プリントを渡す、そうしたスタイルです。正直言って、これは大変です。次々にもってくる異なる記述答案を的確かつ素早く添削指導しなくてはなりませんので。しかし、このスタイルは学習効果は上がります。教師の疲労度と学習効果は比例するという好例です。このやり方は、個別指導スタイルの変形とみることができますが、生徒に解かせる記述のテーマを揃えておくと、途中で集団指導の解説も実施できます。これを私は勝手に「寺子屋スタイル」と名付けました。
まあこんな図にするほどの大げさな話ではありませんが、イメージはこんなかんじでしょう。集団指導は、全員に対して同じ講義を行い、同じ問題演習をやらせ、同じ解説をするスタイルです。普通の学校教室スタイルですね。いわゆる集団指導塾のスタイルもこれです。一般に20人以上が多いですが、たとえ3人でも、個別対応をしていなければ集団指導スタイルということになります。
それに対して、人数が1人でも複数でも、個別に1対1対応の指導をしていれば個別指導です。その中間、個別と集団のハイブリッド授業が寺子屋スタイルというわけです。
次に、それらをリモートに置き換えるとどういうことになるか考察します。
2.リモート授業の種類
(1)個別指導
1対1の指導を行います。対面と全く同じです。教師が隣にすわっているのか、それともモニターの向こうにいるのかの違いです。リモートをもっともやりやすいスタイルですね。オンライン英会話といえばわかるでしょうか。
一般に教師はPCの前に座って授業を行います。デスクトップであれノートであれPCは机上に置かれていますので、必然的に教師も机に向かって座ることとなります。
対面の個別指導との違いは、「添削指導が難しい」「板書授業が難しい」という2点でしょうか。もともと個別指導スタイルでは黒板を使わないことが多いですが、それが机上のペーパーであれ黒板であれ、何かを書きながら説明するという動作が授業には必須です。リモートではそれが困難です。
リモート授業に使用するリモート会議用アプリでは、そのあたりを補うための機能がついています。チャット・ファイル共有・ホワイトボード機能の3種類です。呼び方はアプリによって異なりますが、おおむねこの3種類が実装されていますね。
チャット機能は、生徒がキーボード操作に熟達している場合のみ有効です。しかし、モニターで教師と会話しながら、素早くブラインドタッチで入力ができる生徒はあまり見かけませんね。入力に手間取るようなら、チャット機能は無駄です。ファイル共有については、パワポやエクセルのシートなどを、画面に大きく映し出し共有する機能ですね。あらかじめ準備した資料を映し出して生徒と共有するときには有効ですが、ライブ感はありません。ビジネスの会議ならともかく、授業では不要な機能です。ホワイトボード機能だけは、ライブ感が出ますので有効です。ただし、これも手書き入力は読みにくく、キーボード入力ではスピードが遅くなるため、授業の流れをとだえさせてしまいます。
(2)聖徳太子スタイル
1対2(1対1を2組)の個別指導も可能です。教師側からすれば、モニターを2分割して、左右に一人ずつ生徒がいる形です。ただし音声の切り替えをしないと、左の生徒への指導内容が右の生徒に丸聞こえです。別に聞こえてもかまわないのですが、対面で聞こえてくる声と、PCのスピーカー(あるいはヘッドホン)から聞こえてくる声では、「うるささ」が全く異なります。このスタイルで1対3はほぼ不可能です。必ず生徒に「暇な時間」ができてしまいます。対面であれば、一人の生徒に指導している最中に一瞬だけ注意を他の生徒に向けることは可能ですが、リモートだとそんなに器用なことはできません。やはり、個別指導では1人が合っていますね。
(3)寺子屋スタイル
3名~6名くらいならなんとかできるでしょう。全員に同じ課題を出し、一人ひとりの答案を個別に見てあげて、そして個別に指導したり全体へ指導したり。個別指導と集団指導のハイブリッド授業となります。この方式の利点としては、他人の答案が添削指導されている現場を聞くことで、自分の答案の改善点も見いだせる点にあります。したがって、音声は全員が共有しなくては意味がありません。
もしかしてこのスタイルが、リモート授業の新しい可能性を広げていくような気がしています。実際の対面授業での教室で、もし机に1台ずつPCが置かれ、生徒はみなヘッドセットをつけて画面をみながら私の授業を受けていたら、と想像します。対面授業では生徒は書き上げた記述答案を私のところまで歩いてもってきて指導をうけるのですが、もしPCに向き合っているのなら、席を動かなくても添削指導ができます。それがリモート環境に置き換わったと考えると、対面授業とほぼ同じことができることになります。
ただし、生徒が書いた答案を教師に届ける手段が必要です。あらかじめ書いてもらった答案をPDFで送っておいてもらい、それから授業を開始する。今実践しているのはこのスタイルです。本当は、生徒一人ひとりが書画カメラを準備して、リアルタイムでこちらに送ってくれるのが理想です。2台のカメラを切り替えるのはハードルが高い(CPUに負荷がかかるのでスペックの低いPCだとうまくいかないことがある)ので、代替手段を今模索してるところです。
(4)集団指導
実は、オンラインで一番楽なスタイルです。基本的に一方通行の授業でよいからです。それなら、生徒が100人いても問題ありません。ただし、生徒からすれば、リアルタイムの良さが失われてしまいます。経験からいうと、20人くらいの人数に絞り、生徒を指名して答えさせたり、記号選択をさせたり、そうした双方向の手段を織り交ぜながらの集団指導ならうまくいきますね。全員の学力レベルがそろっていて、積極的に発言する生徒ばかりのときに最大限に効果を発揮します。
3.リモート授業の技術的課題
リモート授業には対面の授業にはない問題がいくつもあります。まず技術的な問題をあげてみます。
(1)回線速度
教師側は光回線が基本です。しかし、こちらがいくら安定した回線を使い、回線速度も高い状態で講座を行ったところで、生徒側の回線が貧弱だと意味を成しません。
一度、キャンプ場から接続してきた生徒がいました。生徒の後ろのほうで、母親がテントを立てている姿が見えていましたので、間違いなくキャンプ場です。スマホかタブレットかは不明ですが、携帯電話の回線を使っていたため、すぐに映像がフリーズして授業には全く参加できませんでした。
(2)使用PC
教師側はデスクトップPCを使用するのがベストです。モニターを2台、webカメラを2台、ヘッドセット等を接続しますので、接続端子がいくつも必要となります。ノートPCではCPUには問題はなくても、接続端子が不足する場合がほとんどです。また、モニターも小さすぎます。
生徒側としては、やはりデスクトップPCを推奨しますが、ディスプレイが大きめのノートPCでもよいと思います。タブレットPCでもよいのですが、画面サイズが小さいのがネックです。せめてiPad Proくらいの画面サイズが欲しいと思います。それでも12.9インチしかありません。画面サイズが小さいと、生徒は画面に顔を近づけて授業を受けることになりますので、姿勢も悪く目も疲れます。また、ほとんどのリモート授業やビデオ・オンデマンド講座では、生徒側の画面サイズが小さいことを考慮して、大きい文字しか使わないのですが、その場合は一度に映し出す文字情報量が少なくなり、学習効率が下がります。
アンドロイドタブレットの一部や、kindleFireタブレットですと、CPU性能が低くて接続が不安定になったりフリーズしたりするケースをよくみかけます。お勧めはできません。
言うまでもありませんが、スマホは論外です。
(3)webカメラ・スピーカー・マイク
ノートPC・タブレットなら問題ありません。デスクトップPCには別途必要です。たまに、カメラやマイクが無いデスクトップでリモート講座に参加しようとする猛者がいます。あまりPCに詳しくない方なのでしょう。
生徒側にはヘッドセットの使用を推奨します。背景の生活音から遮断され講義に集中できますので。教師側は、ヘッドセットを使う場合と使わない場合で分けています。座っての講座なら使うことも多いですが、立って動きながらの授業では使いません。無線ヘッドセットは、どれを試しても肝心なときに接続が不安定になるので私は使うのをやめました。
(3)アプリケーション
Zoom.
Microsoft Teams.
Google Meet.
この3種類なら、実際に使ってみても何も問題はありませんでした。他のアプリでも問題はないのでしょうが、確認はしていません。
ただし、それぞれのアプリで提供している豊富な機能を駆使しようとすると、接続が不安定になったりフリーズするケースがあります。zoomのブレイクアウトルームなど便利なのですが、なぜか接続が不安定になることが多発したので使うのをやめました。
シンプルな使い方がベストだと思います。
(4)タイムラグ
こちらの発言に対する反応が遅れます。このタイムラグが授業の臨場感をそぐのです。こればかりは何ともなりません。
(4)私の構成
クロマキー合成をしてみたりヴァーチャル背景をパワポのスライドのように使ってみたり、ファイル共有をしたりといろいろ試してみましたが、結局シンプルな構成に落ち着きました。
デスクトップPCに書画カメラとホワイトボードを映し出すカメラの2台を接続して切り替えるスタイルです。私はホワイトボードの前にたち、板書しながら講義をすすめます。これなら、接続が不安定になることもなく、また、授業を中断してPCの操作をする必要もありません。対面の授業に一番近いスタイルになります。
4.リモート講座の弱点
これは簡単です。
臨場感です。
やはり授業は対面に限ります。生徒の表情や目の動きで、生徒の理解度や集中力がわかるのです。「この生徒はうなずいているが理解はしてないな」であるとか、「さっきから何も発言してはいないが完璧に理解している」といったことがつかめるのですね。それがモニター越しだと、どんなに高性能なカメラやモニターを使ってもだめです。
それでも構成をなるべくシンプルにして生徒とのやり取りを増やすことで何とか対面授業の臨場感に近づける工夫はしています。
また、生徒の家族の存在が生徒の集中力を削ぐケースは多いですね。弟(妹)がとなりに座っていたり後ろをうろちょろしたりしている、そうしたこともよくあります。あるいは、画面のすみに腕組みして立っている父親がいたりとか。子供がどんな授業を受けているのか気になるのはわかりますが、あきらかに子供の集中力を削いでいます。一人になれる別室を必ず用意しましょう。
5.リモート講座の長所
これも簡単です。
時間です。
自宅にいて受講できるリモート講座は、時間が有効に活用できますね。塾への往復時間がカットできますので。また、海外在住の方にとってはまさに福音です。良い時代になりました。
6.リモート授業の感想
実際にリモート授業をしていて気が付く点はいくつもあります。まず、生徒の集中力がもちません。最初は対面に比べて教師との距離が遠いことが原因かと思っていました。もちろんそれも原因の一つです。しかし、もっと大きな理由は、ブレイクタイムが無いことであることに最近気がつきました。普段の授業では、教師が板書している間とか、他の生徒が答えている間とか、あるいは問題を早く解き終わったときとかに、ちょっと気が抜けるというか、少しだけ気持ちが授業から離れる時間というのがあります。このほんの数秒程度でも、ブレイクタイムがあるだけで、集中力が持続できるのですね。ところがリモート授業ではそれがありません。とにかく時間を目いっぱい有効活用しようとこちらも思いますし、生徒もモニターから目を離せません。そのため、かえって途中で集中力が続かなくなってしまうのです。
途中で雑談したり余談を挟みながら生徒の集中力をコントロールする、いつもの授業スタイルをリモートで実現するためにあれこれ工夫しているところです。
また、リモート授業のほうが対面授業よりもこちらの準備に時間がかかります。当初は、同じ授業なのだから手間も一緒かと思っていたら大間違いでした。どういったらいいのでしょうか。ライブハウスでライブを行うのと、テレビの生中継で演奏するのとの違いといったかんじかな? もちろん私はどちらも経験したことがないので、あくまでもイメージです。
さきほど、リモート授業では生徒がふと気を休めるブレイクタイムがないといいましたが、実は教師も同じです。普段の対面授業でもさすがに授業中にぼんやりすることはありませんが、生徒が問題を解いているときとか、質問を考えている瞬間に、次に説明する内容を思い浮かべたり、あるいは話しておきたいことを思いついたりするのですね。また生徒の反応しだいで授業を変化させていったりもします。つまり、事前準備はもちろん抜かりなくするものの、実際の授業は一期一会のアドリブ授業になるのが普通です。しかしリモート授業ではどうもそれがうまく機能しません。そこで、情報をあらかじめ準備していつでも繰り出せるように印刷しておいたり、黒板の代わりのスライドを作っておいたりと、準備に時間が余計にかかるのです。印象としては2倍くらいかな? もちろん機材の事前テストは毎回必要です。
一見気軽に受講できるリモート授業ですが、教師側は、きちんとした授業を行おうと思うと、対面授業の倍は手間がかかっているのですね。