今回は、前回に説明できなかった「里山」についてのロジカルライティング講座の授業を再現します。
登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
1.柴とは?
私:さて今回は、前回説明できなかった柴刈りの話からはじめようか。
ゲンタ:待ってました!
ワタル:おじいさんが山へしば刈りにいく話だね。もう僕なんか、タロウがおかしなこと言うから、おじいさんがゴルフ場で芝刈り機押してる映像が頭から離れなくて困ってるんだ。
タロウ:だって芝刈りだろ?
ゲンタ:ところで先生なんでへんな木の小枝持ってるの? さてはできの悪い生徒をそれで・・・。タロウ、逃げろ!
私:そんなことしません! これは皆に見せようと思ってね。これは柴だ。
一同:柴? それが?
私:そう。おじいさんが山へ取りにいったのは、この小枝なんだよ。
一同:へえ。
私:柴っていうのは山野に生える低い雑木や小枝のことなんだね。ちなみにそうした木は小さいので「小さい」って意味から「柴犬」というらしい。
一同:ほお。
私:皆でユニゾンやめて。
タロウ:おじいさんは、そんな小枝集めてどうするつもりだったのかな?
私:何だと思う?
ゲンタ:薪だよ。それでご飯とか炊いたんだよ。
私:正解! 昔は今みたいにガスも電気もなかったからね。食事の支度は薪でやったんだ。
タロウ:薪って、木を斧で割ってつくるんじゃないの?
私:もちろんそれもやる。その他に山に入ればいくらでもこうした小枝が拾えるからね。これもたきつけ、つまり火の燃えはじめには使いやすいんだ。お湯を沸かすくらいならこれが一束あれば間に合うからね。
タロウ:なんか大変そうだね。しょっちゅう山に行かないといけないじゃないか。
私:そうだね。ところでこのおじいさんが柴刈りに行った「山」だけど、みんなはどんな「山」を想像する?
ワタル:山っていったら、ほら、富士山とか阿蘇山とか、そういう山だよ。
私:それがちょっと違うんだ。みんなは里山って知ってるかな?
ゲンタ:知ってるよ。村の近くの山だろ。
私:そう。おじいさんが柴刈りに行ったのは、そうした里山なんだよ。里山は、むかしの農村の暮らしに欠かせない存在だったんだ。本当なら里山に連れていってあげたいところなんだけど、せめてこの映像を見て。
(ここでNHK for schoolの動画をいくつか視聴します。この番組はとても学習に役立ちます。)
2.里山の役割
私:では里山の役割について皆まとめられたかな。
タロウ:「里山は、落ち葉をあつめて肥料にしたり、柴をあつめて火を燃やして食事をつくったりするのに欠かせないものでした。」 どうも長くかけなくて。
私:たしかに少し短いな。解答用紙の8割は埋めないとね。これでは54文字だ。解答用紙は100字だからね。そこを減点して5点。
ゲンタ:「昔の人は、里山で燃料となる木を集めたり、肥料になる落ち葉を集めたりしました。さらに山に生えるキノコを食料にもしました。」
ワタル:「山に生えてるキノコなんて食べて大丈夫なの?」
私:キノコ狩りってあるよね。きちんとした知識があれば、里山には食べられるキノコがいくつも生えているんだ。ワタルの答案は6点だな。内容は悪くはないが、やはり字数が59字だからな。もう一か所減点箇所があるが、どこかわかるかな?
タロウ:わかった。「昔の人」っていったいいつの人なんだか曖昧だよ。
私:その通り。
ゲンタ:だって、最初は江戸時代の人って書こうと思ったんだけど、それだと江戸時代限定になって明治以降の人は里山を利用しないことになるし、だから曖昧にぼかしたんだ。
ワタル:曖昧にごまかすと先生にすぐ減点されるよ。
私:そうだな。里山は長い間農村の生活を支えてきた。もちろん今でも全く利用されていないわけではない。ここは、「農村では」と場所に置き換えれば書きやすかったと思うよ。それじゃあワタルは書けたかな?
ワタル: まかせて。自信作なんだ。「里山は、燃料の小枝を集めたり、いろいろな道具をつくる木や竹をとる場所として古くから農村で利用されてきた。また、いろいろな生物のすみかともなってきた。」
タロウ:ずるい! いろいろな生物のすみかって何だよ? 別に生物を助けるために里山をつくってるんじゃないぞ。
ワタル:だって、そうでもしないと字数が稼げなくて。先生、何点もらえる?
私:この答案は8点だ。
ワタル:やった! でもなんであと2点もらえないの?
私:まず曖昧な表現が3か所あった。「いろいろな道具」「古くから」「いろいろな生物」の3か所だ。そのうち、「古くから」は減点対象ではない。かなりあいまいな表現ではあるが、里山のように形成された時期がはっきりしているわけではない場合には、便利に使える表現だからね。 それから、「いろいろな道具」についても、減点はしないつもりだった。具体的な道具の名称はあげにくいから。でも、せめて「生活に必要な道具」くらいは書いてほしかったかな。最後の「いろいろな生物」は、これひとつなら減点しないでおまけできるが、こんな短い文章中に「いろいろな」が2回も使われてしまったから、合わせて1点の減点とした。
ワタル:あと1点の減点箇所は?
ゲンタ:わかった! たい肥でしょ?
私:正解! 農業にとって最も重要な肥料をつくるのに、里山の落ち葉はとても良く使われるからね。農業に役立つことを何か一つでいいから入れてほしかったんだ。でも、頑張って76字はかけているし、なかなか良く書けていると思うよ。とくに、人間だけじゃなく生物のすみかになることに気が付いたのはよかった。
タロウ:なんで? 里山に生物がいてもいなくてもどっちでもいいじゃん!
私:それがそうともいえないんだな。誰か、理由がわかるかな? 里山に生物がいることでどんないいことがあるんだろう?
ワタル:わかったよ。狸とかつかまえて食べるんでしょ。
タロウ:げっ、狸なんか美味しいのかな? どんな味なの、先生?
私:残念ながら先生も食べたことはないんだ。でも、噂によるとまずいらしい。
タロウ:やっぱり!
私:狸汁なんて料理はあるようだが。一般に家畜以外の獣肉は臭味があるとされている。まあ、もし美味しかったら、今頃スーパーで普通に売られているだろうし。里山の狸を食べなかったとはいわないが、他にないかな?
ゲンタ:狐とかカラスとか、どっちかっていうと農村の敵みたいな生き物ばかりじゃないか。
タロウ:俺ひらめいちゃった。蜂だよ。
ゲンタ:蜂? それだって人間を刺すよ。
タロウ:そうじゃなくて、作物の受粉を助けるんだよ。ね、先生、そうでしょ?
私:正解だ。もちろん蜂だけじゃない。そもそも農業というのは、たくさんの生き物がかかわりあって成り立つものなんだ。こんな実例もある。1960年前後の中国の話だが、「四害駆除運動」というのが実施されたんだね。
タロウ:四害って?
私:ハエ・蚊・ネズミ:スズメの4つだ。この4種を徹底的に駆除した
タロウ:ハエと蚊とネズミはわかるけど、なんでスズメ?
ゲンタ:スズメはお米を食べるからでしょ?
私:その通り。その駆除活動は徹底したものだったらしい。巣を破壊し、スズメを殺す。さらにスズメが巣で休めないように、皆で鍋を打ち鳴らして追いやったらしい。その結果、見事にスズメがいなくなった。これで米の収穫が上がるはずだった。
ワタル:はずだった、ってことは、上がらなかったんだね。
私:そうだ。上がらないどころか、米がとれずに飢饉になってね。5000万人以上が死んだともいわれている。結局海外からスズメを25万羽輸入して、その後稲作は復活したそうだ。
タロウ:ねえ、なんでスズメがいなくなると米がとれなくなったの?
私:誰かわかるかな?
一同首を横にふる。
私:少し難しかったね。答えはイナゴだ。
タロウ:イナゴって、バッタの親戚みたいなやつ?
私:そう。イナゴが稲の葉や茎を食べるんだね。スズメは、米も食べるが、イナゴのような稲の害虫も捕食する。スズメがいなくなればどうなったか想像つくだろ。
一同:なるほど。
私:生物の複雑な相互関係、これを生態系というが、人間の単純な発想でこれを壊すと取り返しのつかない事態になるという好例だね。だから、里山に多種多様な生物たちがいることで、農村も豊かになるということなんだ。他にも里山が話題になった出来事が、何か月か前にあったんだけど、わかるかな? 熊のニュースをみただろ?
ゲンタ:ああ、あれ。怖すぎるよね。熊が町の中に出てくるなんて。でもなんで出てくるようになったの?
私:誰かわかるかな? 今日の話がヒントだ。
タロウ:もしかしてだけど。里山が関係してるの?
私:そうだ。
タロウ:先生、里山に熊はいる?
私:普通はいないな。
タロウ:それならわかったよ。熊が間違えて町に出てくるようになったんだよ。ほら、里山があればさ、町に出てくる前に気が付くんだよ。あれ、ここは俺の居場所じゃないぞって。それが里山がなくなっちゃったから、熊が山を歩いていたら、いきなり町に出てきて、実は熊もびっくりしてるんだよ。
ワタル:なにそれ? メルヘンだなあ。
私:正解だ。
ワタル:正解なの?
私:熊が何を考えているかはわからないが、普通なら熊は人間との遭遇を避けるように行動する。山にいる熊と、村や町にいる人間と、その間にあったのが里山なんだね。だから、里山には熊と人間の暮らす場所の境界線の役割があったんだ。これを緩衝地帯という。でも、今や里山は荒れて失われてしまった。また宅地開発で取り壊されていった。これが熊が町に出没するようになった一つの理由らしい。
ゲンタ:一つってことは、他にも理由があるの?
私:熊の狩猟が減って熊が人間を恐れなくなったとか、異常気象で山の食料が減ったこととか、人間が登山やキャンプで食料を捨てるから熊が人間の食べ物の味を覚えたとか、いろいろな理由があるようだ。
タロウ:里山がなくなるといろんな影響が出るんだね。
ゲンタ:でもさ、いくら里山が大切だっていっても、家や道路は作らなくちゃいけないし、燃料だっていつまでも柴刈りしてるわけないし、農村だって生活はどんどん便利になるだろ? 里山がなくなるのは仕方ないよ。
タロウ:でも熊が出るようになるんだぞ。
ワタル:もっと気軽に行けるような里山があればいいんじゃないかな。僕里山なんて行ったことないけど、今日の授業受けてたら、行ってみたくなったよ。
タロウ:たしかに。行ってみないことには、残すべきかどうか判断つかないしね。
私:そうだね。一方的に里山は不要だとか、残すべきだといっても、そもそも里山が減少してきた背景には社会の変化があるわけだから。まずは実際に行ってみて、それから考えるというのはとても大切なことだね。しかたない、今度みんなを連れていってあげるか。
一同:やった!
さすがに実際に生徒を里山に連れていくことはしませんが、今の子どもたちにとっては里山など全く身近でないため、想像力が働かないのは確かです。子どもだけでなく、我々大人にとっても里山は身近ではない方が大半でしょう。一度お子さんを連れて里山を散策してみることをおすすめしたいですね。
東京にも里山が残っています。行ってみてはいかがでしょう?
www.tokyo-satoyama.metro.tokyo.lg.jp