前回の記事の続きです。
私が実践しているロジカルライティングの実践例をご紹介します。
前回同様、実際の生徒を登場させるわけにはいきませんので、過去の授業を再構成した、授業展開のモデルケース、ヴァーチャル授業と思ってください。
【生徒】・・・・麻布中学を志望する生徒3名(タロウ・ワタル・ゲンタ)
1.ボランティアについて
私:今日はボランティアについて考えてみよう。みんなはボランティアって何かわかるかな?
全員:当然!
私:なるほど。ではゲンタ、説明してくれ。
ゲンタ:ええと、ボランティアっていうのは、困っている人を助けることです。
私:他に付け加える人は?
タロウ:タダでだよ!
私:そうだね。他には?
ワタル:発展途上国でやるんじゃないかな。
タロウ:震災のボランティアだってあるよ。
私:整理しよう。皆の考えとしては、ボランティアっていうのは「困っている人を無償で助ける」、これでいいかな?
全員うなずく。
私:そもそもみんなはボランティアに参加したことはあるのかな?
全員首を横に振る。
私:では、ボランティアについて説明しよう。ボランティアというのは、英語のvolunteerという言葉で、その語源は「自ら~する」「意志」というラテン語なんだ。つまり本来は「自発的な意志による行動」ということなんだね。
だから、ボランティアというのは、「自らの意志で行う無償の奉仕活動」と考えるとよいな。
タロウ:そっか。じゃあ誰かに言われてやるのは本当のボランティアじゃないんだね。
ワタル:このあいだ、先生に連れられてクラスのみんなで近所の公園のゴミ拾いをしたよ。それはボランティア?
私:みんな進んで参加したのかな?
ワタル:まさか! 僕もそうだけど、みんな嫌々やってたよ。だってゴミって汚いじゃない。でも先生に怒られるから。
私:それはボランティアとはよべないね。それから、ボランティアには社会性と連帯性も大事なんだ。
タロウ:社会性?
ゲンタ:連帯性?
私:例えば、タロウの家のおじいちゃんが山へ柴刈りに行くのがつらそうだったんだ。
タロウ:先生、それいつの話?
私:例えばの話だ。そこでタロウはおじいちゃんの代わりに山へ柴刈りに行ってあげることにした。もちろんタダでだ。
ワタル:すると川から大きな桃が、
私:流れてこない! さあこれはボランティアかな?
タロウ:お金をとらないでおじいちゃんを助けてあげたけど。
ゲンタ:でも何か違うような気がする。
ワタル:わかった! 社会性がないからボランティアじゃないんだね。
私:その通り。まあおじいちゃんを助けてあげるのはいいことだけどね。
ワタル:それじゃあ、僕たち3人で協力して、それから学校のみんなにも声をかけて、村中のおじいちゃんのしば刈りを毎週手伝ってあげる仕組みをつくったらどう?
私:素晴らしい!それこそまさにボランティアだ。皆で連帯して社会の問題の解決を無償で自発的に行っている。
タロウ:だから、いつの話だよ。
ゲンタ:先生、一つ聞いてもいい? なんで山で芝刈りするの?
タロウ:そうそう、僕も不思議だったんだ。山にゴルフ場でもあって、そこで芝刈りのアルバイトでもしてるのかなって思ってた。
私:・・・そうか、皆知らないんだな。それは今度里山の話をするときに説明しよう。
それじゃあいよいよ本題だ。今日の記述テーマはこれ。
2.記述テーマ
私:まずこの記事を読んでもらおう。日本赤十字社の発信している情報だ。
アフリカでは今、過去40年で最悪の干ばつ被害が起き、日本の全人口を超える1億4,600万人もの人びとが深刻な食料不足に陥っています。その多くが、サハラ以南のアフリカ諸国で暮らす人びとです。
では、なぜこれほどまでにもアフリカで食料不足が起きているのでしょうか。
気候変動による日照り、干ばつ、例外的な時期の雨期や大規模な洪水、バッタなど害虫の大量発生により農作物の収穫が激減している中で、2020年に発生した新型コロナウィルス感染症は、アフリカの食料事情をさらに悪化させました。そして今年2月に勃発したウクライナ紛争。ロシアやウクライナからの小麦やトウモロコシなど穀物の輸出が減少したことや、物流の停滞による肥料や石油価格が高騰したことは、アフリカの食料不足に致命的な影響を及ぼしました。
こうした世界情勢に加え、アフリカ特有の要因も状況に拍車をかけています。アフリカの複数の地域で今も起こる武力紛争、暴力から逃れるために発生する国内避難民、根底にある貧困といった要因が複合的に影響しあって、食料危機が引き起こされています。
次に、こちらを見てほしい。政府広報のHPだ。
日本における「こどもの貧困」の現状は、見えにくいといわれています。なぜなら、親やこどもに貧困であるという自覚がなかったり、貧困の自覚があっても周囲の目を気にして行政の支援を求めなかったり、また、頼れる親戚も近隣付き合いもなく地域の目が届かなかったりすることがあるためです。
貧困というと「家がない」「食べる物がない」など、生きていく上で必要な生活水準が満たされていない状態(「絶対的貧困」といいます。)を想像するかもしれませんが、ここでいう貧困とは、現在の日本の経済や生活の水準において大多数の世帯に比べて貧しい状態(「相対的貧困」(※)といいます。)を意味します。
厚生労働省の調べによれば、日本の17歳以下のこどもの貧困率は11.5%(2021年)で、約8.7人に1人のこどもが貧困状態にあるともいわれています。家庭が「相対的貧困」の状態にあることで、健やかな成長に必要な生活環境や教育の機会が確保されていない、次のようなこどもがいます。
※相対的貧困:その国の所得(等価可処分所得)の中央値の半分に満たない状態。栄養バランスのとれた食事は、一日の中で給食しかない
高校や大学、専門学校に進学したいけれど、経済的な理由であきらめている
頑張っても仕方ないと将来への希望をなくし、学ぶ意欲をなくしている
こどもだけの時間が多く、保健衛生などの知識や生活習慣が身につかない
視野を広げる機会や文化的な体験に乏しく、こんな人になりたいというロールモデルがいない
人とのつながりが少なく、社会的に孤立している
タロウ:うわあ。アフリカの食料危機ってひどい状態なんだね。
ワタル:本当だよ。干ばつにコロナに戦争だって。
ゲンタ:日本の貧困家庭もこんなにいるんだね。ぼくは子ども食堂って何で必要なのか今いち理解できてなかったけど。
私:そこで今回の記述のテーマは、ボランティア。今みんながボランティアに立ち上がるとしたら、上の二つのどちらを優先する? そしてその理由は? さあ書いてごらん。
3.生徒の答案
タロウ:「ぼくはアフリカの子供たちを助けるボランティアをまず行うべきだと思います。なぜなら、日本は豊かな国なので、こどもたちが貧困にあるといっても命の危機にはありません。それに対して、アフリカの子どもたちは、食料不足によって今にも死んでしまうかもしれないからです。」
先生:さあ、この答案は何点かな?
タロウ:10点!
ゲンタ:5点!
ワタル:8点
私:ゲンタはなぜ5点にした?
ゲンタ:それは、優先順位が違うと思ったから。海の向こうの遠い国のことより、まずは日本国内のことをちゃんとしてから海外の援助をするべきじゃないかなって思ったんだ。
タロウ:でも、放っておいたら死んじゃうんだよ?
私:なるほどね。ワタルはどうして2点引いた?
ワタル:それは、アフリカのほうを優先すべきだってタロウの考えはわかりやすくてよいと思ったんだけど、何をするかの具体的な内容がなかったから。
私:そうだね。実は先生も8点だ。ただし減点箇所はそこではない。日本は豊かな国だから命の危機にあるとまではいえないっていう部分だ。根拠もなく言い切っているところが引っかかるね。もちろん、おそらくはタロウの言うとおりだろうが、データがないことを言いきってはダメだ。では、ゲンタの答えをみてみよう。
ゲンタ:「たしかにアフリカの子供たちも困っているとは思います。でも、ここは日本だし僕たちは日本人です。僕らはまず日本国内の問題解決を優先すべきだと思うのです。アフリカの飢饉のような大きな問題は国連が解決に動くべきだと思います。」
私:さて、みんなの点数は?
ゲンタ:8点
私:おや、自分の自信作じゃなかったのか?
ゲンタ:あらためてよんでみると、アフリカのことは国連に押し付けてるみたいに聞こえるから。
私:そうだね。私なら7点かな。まずゲンタが自分で気づいたように世界のことは国連にまかせればいいという考えではだめだ。それから、日本人は日本国内のことだけ考えていればいいという考えは、国内でその問題を解決できる国だけに有効な発想だね。アフリカでは自国ではもうどうしようもないところまで行ってしまっている地域がたくさんある。
ワタル:でも、アフリカでは内戦が続いていて飢餓を引き起こしているって聞いたことがあるよ。自業自得なんじゃないかなあ?
私:それは、なぜ内戦が続いているのかの原因まで考えなくてはならない難しい問題だね。でも、現実に今飢餓に苦しんでいる子どもたちが大勢いるのは事実だ。最後にワタルの答えをみてみよう。
ワタル:「すぐに解決に向けて動けるのは、日本国内の貧困家庭の問題だと思います。子ども食堂を手伝ったり、余った食材を寄付したりといくらでも動けることはあります。そうして貧困から脱することができた人が増えれば、今度はその人達と手をとりあってアフリカの貧困問題の解決に向かうことができると思います。」
私:さあ、みなは何点つける?
ワタル:10点! これは自信作なんだ!
ゲンタ:10点。これ完璧じゃん。
タロウ:8点
私:タロウ、どうして2点引いた?
タロウ:だってさ、記述のお題は「どちらのボランティアを優先する?」じゃないか。それを、国内の貧困問題が片付いたら皆で力を合わせてアフリカを助けるなんて、なんかずるいっていう気がしたんだ。
先生:そうだな。これは10点といいたいところだが、9点だ。減点箇所は、まさにタロウの指摘したところだ。しかし、今回の出題だから1点減点したが、発想としてはすばらしい。具体的な内容も盛り込めた。ボランティアっていうと、被災地に駆けつけたり、アフリカを支援したりと、ニュース等で話題になっていることに意識が向きがちだけど、もっと身近でちょっとしたことから、いくらでもできることはあるはずなんだ。今度、君たちが今すぐできるボランティア活動について質問するから考えておいてごらん。
だいたいこのような授業展開となりました。
今まさに能登半島にボランティアの人が集まっています。先日は、ボランティアのための宿泊拠点が整備されました。旧中学校の体育館にテントが並んでいるニュース映像をご覧になった方も多いと思います。しかし、ニュースをよく調べてみると、問題もありました。2万人もの人が災害ボランティアに登録しているのですが、実際に活動できている人は1日250人程度とほんのわずかです。その原因としてあげられていたのはこのようなものでした。
〇往復に時間がかかりすぎて実働時間が3時間程度しか確保できない
〇倒壊した家の片づけには住人の立ち合いが必須だが、住人は避難所にいるため片づけができない
〇余震も続き、倒壊家屋の周囲は二次災害の恐れがあり立ち入れない
〇ボランティアの人たちを世話するためのボランティアを住民が行っている
〇トイレ・水などボランティアの人々を受け入れる余裕がない
このあたりの問題については、いずれロジカルライティングの授業で取り上げたいですね。