今回は、私が実践しているロジカルライティングの授業の中から、環境問題をテーマとしたものを記事にします。
題して「路線バスはエコなのか?」
例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
1.問題提起
私:今日は環境問題について考えてみよう。
タロウ:えぇっ、環境?
私:どうした、環境問題は苦手か?
タロウ:別に苦手じゃないけど。でも学校でもやってるし、なんだか飽きたってかんじ。
ゲンタ:僕も。環境問題が大事だってのはわかるんだけど、砂漠化とか温暖化とか言われても、なんかピンとこなくてさ。
ワタル:うちは親もうるさいんだ。電気は消せとか、冷蔵庫の扉をすぐに閉じろとか。あれはきっと電気代けちってるんだ。あと、うちは駅までけっこう距離があるのに、環境のために歩いていけってすぐ言うし。今日だってこんな土砂降りなのに車で送ってもらえないから、もうびしょ濡れだよ。そのくせ自分は近所のコンビニだって車で行くんだ。
私:こんな雨の中来てくれてありがとうな。そうか、みんな環境問題はやりたくないか。
皆:うん!
私:でも、今日のテーマはきっと気に入るぞ。題して、「公共交通機関は果たしてエコなのか?」だ。
タロウ:公共交通機関って、何だっけ?
ワタル:電車とバスのことだよ。ね、先生?
私:そうだ。まあ飛行機や船舶も公共交通機関に入る。一般社団法人「日本民営鉄道協会」によれば、
鉄道や軌道(路面電車)、バス、タクシー、航空機、船舶など、不特定多数の人々が、所定の運賃を支払えば自由に利用することができる交通機関のことを「公共交通機関」といいます。「公共輸送機関」と呼ぶこともあります。
となっているな。
タロウ:前から気になってたんだけど、その「一般社団法人」って何?
ゲンタ:そうそう。あと財団法人ってのもあるよね。あれ何だろ?
ワタル:そもそも「法人」って何なの?
私:じゃあ、本題に入る前に、まずそこから整理しとくか。
2.法人とは?
私:いちおう定義としては、「法律によって人と同じ権利・義務を認められた組織」ってことになる。
皆:わかんない!
私:そうだよな。わかりにくいな。例を出そう。そういえば、ワタルの通っている小学校は私立だったな。
ワタル:うん。
タロウ:そうなんだ! もしかしておぼっちゃま?
ワタル:違うよ! たまたま家の真ん前がその小学校だったから。前に言ったよ。
私:それで、ワタルの家で新しく冷蔵庫を買うことになった。値段は、そうだな、20万円だったとしよう。
タロウ:げっ、高! やっぱりおぼっちゃまだ!
私:タロウ、ちょっと黙ってて。ワタル、その新しい冷蔵庫は誰のものだ?
ワタル:誰って、家族のもの?
私:質問を変えよう。その冷蔵庫は誰が買いにいくかな?
ワタル:たぶん、お父さん。お母さんは機械系弱いから。
私:そのお金は誰が払う?
ワタル:それはお父さんだよ。
私:それでは、お金を支払った後にもらう領収書には宛名は何て書かれてる?
ワタル:それもお父さん。
私:それで、その冷蔵庫の保証書の名前はどうなっている?
ワタル:それもお父さん。
私:つまり、お父さんの銀行口座からお金が引き出され、それで買った冷蔵庫の領収書も保証書もお父さん個人の名前が書かれているということなるな。
ワタル:あ、じゃあ冷蔵庫はお父さんの所有ってこと?
私:その通り。ついでに聞くが、ワタルが送ってもらえなかった車は誰のものだろう?
ワタル:それもお父さんだ。
タロウ:うちの車はお母さんが買ったよ!
私:タロウ、ちょっと黙ってて。私たちは毎日のように買い物をして暮らしているね。日常の小さな買い物だと気が付かないけれど、冷蔵庫や車のように大きな買い物だとわかりやすい。お金を支払って商品を受け取るということは、契約を交わしているようなものだね。その契約は、個人の名前じゃないとできないんだ。
ゲンタ:へえ。あれ、ちょっと待って。冷蔵庫を買ったのはワタルのお父さん個人だとして、買った相手は電気屋さんだよね。電気屋さんって個人じゃないじゃん。
私:よく気が付いたな。本来は経済活動は人と人との間でないと契約が交わせない。そこで、電気屋のような組織にも、法律上は人と同じような権利と義務を認めることにした。それが「法人」だ
皆:へええ。
私:まあわかりやすく言えば、法律で認められた組織だと思ってくれ。それで、法人にはいくつかの種類がある。株式会社のような法人は営利を目的としているな。その他にも営利を目的としない法人がある。NPO法人は知ってるか?
ワタル:ボランティアをするところだよね?
私:まあそんなようなものだ。あとは、病院のような医療法人とか、ワタルの通っている学校法人とか。そして、そんな中に一般社団法人と一般財団法人も含まれる。どちらも企業と違って、営利を目的とはしていない組織なんだね。それ以外には、国立博物館や国立研究所なんかは独立行政法人だし、東大のような国立大学は国立大学法人となっている。
タロウ:うえ、いっぱいあるね。
私:まあね。でも、これらを覚える必要は今はない。法人っていうものが何となくわかればいんだ。
ワタル:じゃあ、僕の学校で新しく冷蔵庫を買うとしたら、学校法人と電気屋さん法人の契約ってことになるんだね?
私:その通り。〇〇学校法人と、〇〇電機株式会社という法人の取引になるね。
3.公共交通機関
私:それでは話を戻すぞ。公共交通機関についてだ。
タロウ:さっきから気になってたんだけど。タクシーって公共交通機関なの?
私:いいところに気が付いたな。みんなはどう思う?
ワタル:まあその鉄道なんとか法人がいうように、公共交通機関でいいんじゃない?
ゲンタ:でも、電車やバスに乗ればいいのにタクシーばっか使ってたら環境に悪いだろ。だから公共交通機関に入れるのは変だよ。
私:不特定多数の人が運賃を支払って自由に利用できるという意味ではタクシーは公共交通機関だが、環境問題を考えるようなときには含めない場合がほとんどだ。だから、今日は、公共交通機関としては、電車とバスの2種類だけ扱っていこう。さすがに船や飛行機で毎日出かける人はいないからな。それじゃあもう一回質問するね。公共交通機関ははたしてエコなのかな?
タロウ:そんなのエコに決まってるよ。
私:なんでそう思う?
タロウ:なんでって、学校でもそう習ったし。
私:理由は説明できるかな?
タロウ:だって、学校は嘘を教えたりしないだろ。これが説明だよ。
ゲンタ:先生、もしかしてバスや電車はエコじゃないのかな?
私:どうしてそう考えた?
ゲンタ:よく考えてみれば、バスってでかいよね。電車も。だから、バスや電車を動かすのにはガソリンとか電気とかすごく使うのかなって。
タロウ:なるほど! じゃあ学校の先生、僕らに嘘教えてたんだ!
ワタル:それはどうかな。電車やバスは一度に大勢の人を運べるじゃないか。だから、一人一人が使う燃料や電気は少なくてすむはずだよ。
タロウ:なるほど! じゃあ学校の先生は正しかったんだ!
ワタル:タロウは単純でいいね。
私:じゃあこのへんで記述を答えてもらおう。公共交通機関だと曖昧で書きにくいだろうから、テーマはバスにしぼってみるぞ。「路線バスは環境にやさしいか?」 さあ、それぞれ意見をまとめてごらん。
4.バスは環境にやさしいか?
私:それじゃあ、まずはワタルの答を見てみよう。
ワタル:「バスは一度に大勢の客を運ぶことができます。なので、環境にやさしい乗り物です。」
タロウ:それ、短くない?それだと5点!って先生に言われるやつだ。
私:その通り。80字の字数指定で38字は少なすぎるな。それで点数は半分。あとは、いつも言っているように『なので』は話し言葉だから使わないように。せめて『だから』を使ってほしい。さらに、せっかくさっき言ってくれた意見が入っていないからそこも減点。この答案は3点だ。」
ワタル:ぼくさっき何っていったっけ?
ゲンタ:ほら、一人一人が使う燃料や電気が少なくてすむっていってたよ。
私:それをきちんと入れれば、字数も満たすし、満点に近づいたかもしれないね。
ゲンタ:しまった!
私:それじゃあゲンタ、君の答案を読んでくれ。
ゲンタ:「バスは大きな車体を動かすために大きなエンジンを積んでいて、動かすのには大量の燃料が必要だ。だからバスは環境にやさしい輸送機関とはいえない。」
ワタル:そんなことないよ。そりゃあ燃料もたくさん必要だろうけど、でも一度に何十人も運べるからね。
ゲンタ:だっていっつも満席ってことないだろ? 今日だって僕ここに来るのにバス乗ったけど、乗客は僕以外にはおじいちゃんとおばあちゃんが一人ずつしか乗ってなかったよ。
ワタル:そんなの極端だよ。満員のときだってあるよ。
タロウ:もしかして俺わかっちゃったかも。
私:何がわかった?
タロウ:ちょっと書き直してもいい?
ワタル:そんなのずるいよ。
私:書き直す前の答案を読んでごらん。
タロウ:「バスは大勢の乗客を一度に運べるから環境にやさしい乗り物だけど、たくさんの燃料が必要なので二酸化炭素を大量に排出する乗り物だ。」
ゲンタ:環境にやさしいのかやさしくないのか、どっちなの?
ワタル:ほんとだよ。これじゃあ先生に0点!っていわれるよ。これじゃあ書き直ししたくなるのも無理ないね。
私:そうだな。でも0点ではない。3点あげよう。
ワタル:ぼくの点数と同じ!
私:タロウはいいところをついているんだ。タロウ、どういうふうに書き直したかったんだ?
タロウ:ゲンタの話を聞いていて気が付いたんだよ。確かにバスは大勢を運べる乗り物だけど、いつも満席ってわけじゃないだろ? 例えば3人しかお客さんが乗ってなかったら、ものすごく環境に悪い乗り物なんじゃないかなって。つまりさ、乗ってるお客さんの人数しだいで、環境に良かったり悪かったりするんだよ。
ゲンタ:なるほど!
ワタル:そっか!
私:タロウ、よくそこに気が付いた! みんなは燃費って知ってるかな?
皆:首を横に振る
私:燃費っていうのは、自動車の場合だとガソリン1リットルでどれくらい走れるかという数値のことだ。バスの場合だと軽油が燃料だね。
ゲンタ:ああ、それならわかるよ。お母さんが、うちの車は燃費が良くないっていってた。
私:燃費の測定方法もいろいろあるんだけどね。国土交通省のデータによると、一番燃費が良かった自家用車は、1リットルのガソリンで35.8㎞走れるということらしい。まあ平均するとだいたい20㎞くらいは走れるとみていいだろう。
タロウ:じゃあ、バスは?
私:路線バスの場合だと、だいたい1リットルの燃料で2~3㎞だといわれているね。
皆:少なっ!
私:なぜだと思う?
タロウ:それは、大きいし重いからでしょ。
私:路線バスの重量は15トンくらい、普通乗用車の10台分だね。エンジンも大きいし、燃費が悪いのは仕方がないだろう。
ゲンタ:それじゃあ、路線バスはお客さんが10人以上乗ってないと自家用車よりエコじゃないってことになるね。
私:そう単純な話じゃないけどね。使っている燃料も、ガソリンよりも軽油のほうが二酸化炭素排出量は1割以上多いんだ。
タロウ:ダメダメだね!
私:他にも路線バスが環境によくないことって思いつくかな?
ワタル:もしかしてだけど、バスは重いから道路が傷むとか?
私:いいね。当然それも考えられる。道路が早く傷めば、道路を補修する期間が短くなるから、やはり環境に負荷がかかることが考えられるね。
ゲンタ:あ、あとさ、あれだけ大きなバスを作るとなると、自家用車よりもたくさんの材料やエネルギーが必要になるよ。
タロウ:それからバスって、すぐにバス停で止まるじゃないか。そのたびに道路の他の車も一斉に止まったりするわけだから、渋滞の原因になってると思うんだ。渋滞はCO2排出量を増やすってどこかで習ったよ。
ワタル:なんだかバスが悪者に思えてきたよ。
私:もちろん悪者ではないが、正義の味方ってわけでもないんだね。例えばエコな乗り物として普及してきている電気自動車だって、製造にはエネルギーが必要だし、大量のバッテリーの処分の問題もある。一方的に環境にやさしい乗り物なんてないんだよ。
タロウ:馬は?
私:馬はいいね。でも、道路が馬の糞だらけになるぞ。
皆:いやだあ!
私:それじゃあ路線バスをどうやって使えばより環境にやさしくなるのか、今度皆でそのやり方を考えてみよう。
5.授業のねらい
今回の授業のねらいは、もちろんリテラシーです。「公共交通機関はエコだ」と単純に信じ込むのではなく、どうしてエコなのか、本当にエコなのか、そうした疑問を持ってほしいのです。さらにどのように運用すればCO2排出量をもっと減らせるのか、そうしたシステム全体についても考えを深めてほしいと思っています。