今回のロジカルライティングの授業テーマは「暦」についてです。
暦については、1842年に太陰暦から太陽暦に切り替わった、そんなことしか子供たちはしりません。今回は生徒のふとした疑問から、暦について深堀りする授業となりました。
例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
元号って意味あるの?
タロウ:先生、今年何年だっけ?
ワタル:2024年に決まってるじゃん。タロウ、だいじょうぶ?
タロウ:いや僕だってわかってるよ。そうじゃなくて令和何年だっけ?
ワタル:ええっと、令和5年? 6年? どっちだっけ?
ゲンタ:令和6年!
ワタル:おお、ゲンタすごい!
私:いや、凄くないから。
タロウ:令和の前は平成だろ。平成って何年までだっけ?
一同:うーん。
私:平成は31年までだ。じゃあ、平成31年は西暦でいうと?
ゲンタ:ええっと、2024ー6=2018だから、2018年!
ワタル:植木算だから1足すんだよ。だから2019年!
私:正解!
ゲンタ:なんでここに植木算が出てくるわけ?
タロウ:ほんと面倒くさいよね。なんで元号なんてあるんだろう?
私:どうしてだろうね? みんなで考えてみよう。それじゃあ、最初の元号は知ってるかな?
ワタル:それは習ったよ。大化だよ。大化の改新の。
私:正解! それじゃあ大化から数えて、今の令和はいくつめの元号か知ってる?
タロウ:うーん、今が第126代天皇だから、126個目だよ。
私:よく知ってたね。正解は、251番目。
タロウ:えー! それじゃあ計算が合わないよ。天皇が変わるごとに元号1つじゃないの?
私:それは明治以降の決まりだね。「一世一元」という。
ゲンタ:先生、そもそも元号ってどういう意味があるの?
私:最初に元号が定められた頃の日本を考えてみてごらん。
ワタル:そうそう。中国の律令制をまねしてさ。
タロウ:あっ、そうか。元号も中国の真似をしたんだね、きっと。
私:その通り。そもそも元号は中国で生まれたんだ。紀元前115年ごろ、前漢の武帝が「建元」という元号を定めたのが最初とされているね。
タロウ:その武帝って人はどんな皇帝だったの?
私:漢の全盛期を築いた人物だね。
ゲンタ:それで何で「建元」なんて元号を定めたのかな?
私:なんでだと思う?
ワタル:何となく格好いいからとかじゃないの? ほら、「私が支配するこの年から、建元1年と数えるがよい!」とか言ってさ。
タロウ:まさかそんなわけないよ。
私:正解!
タロウ:ええっ?
私:そもそも名前をつけるってどんな意味があるんだろう。
ゲンタ:それは、名前をつけないと不便だからじゃないか。
私:そういえばゲンタは何かペット飼ってたよね。
ゲンタ:うん、ハムスターが3匹
私:名前はあるの?
ゲンタ:僕がつけたんだよ。ハム吉・ハム助・ハム子。
タロウ:うわ、単純。
ゲンタ:いいんだよ、僕が考えてつけてあげたんだから。
私:それはゲンタがつけてあげたんだね。なんでゲンタが名前つけたの?
ゲンタ:それは僕のペットだから。やっぱり自分のお小遣いで買ってきたハムスターだし、僕が餌やって世話してるんだし、名前をつけるのは僕に決まってるよ。
私:つまり、ゲンタが支配しているってことが名前をつけることなんだね。
ゲンタ:そんなこと考えたこともないけど。でも、そうなのかな。
タロウ:僕、それ、わかるよ。僕もすごく大切にしているハサミがあって。
ワタル:ハサミ?
タロウ:去年、お父さんがドイツで買ってきてくれたお土産なんだ。もうものすごくよく切れるハサミでね。名前もつけたんだよ。
ゲンタ:何て?
タロウ:はさ美。
ゲンタ:・・・。
タロウ:そしたら、この間、妹が勝手に僕のはさ美使ったから。だからものすごく怒ったんだ。僕のはさ美勝手に使うな!っていって。
ワタル:妹に同情するなあ。
タロウ:だから、名前をつけると自分の物って気分が高まるのはわかるんだよ。
私:そもそも名前をつける・つけられるという関係は、支配する・されるの関係を意味していたんだね。だから、皇帝のような支配者は、国の名前を定め、都市の名前を定め、家臣に苗字を授ける。
タロウ:ああ、それは聞いたことがあるね。ほら、中臣鎌足が藤原の苗字を天皇から授かったって話。
ゲンタ:それで元号をつけたのか。でも何に名前をつけたんだ?
私:時間につけたんだね。
タロウ:時間に名前なんかつけられるの?
私:名前をつけることによって、時を皇帝が支配することを示したんだよ。
ゲンタ:なるほど。それはかっこいいね。僕もやってみたいな。「今年からゲンタ元年とする」なんてさ。
タロウ:それだけは止めて。
時間を支配するということ
ワタル:先生、つまり皇帝が元号を定めることで、時間を支配していることを示すことになるんだよね。
私:そうだな。
ワタル:でも、実際には時間を支配することなんて不可能だよね。
私:どうして?
ワタル:だってさ、時間なんて自然現象っていうか、人間に何とかできるものじゃないし。
私:その通り。昔は時間どころか、あらゆる自然現象が人間に何とかできるものではなかった。
タロウ:今みたいに科学で解明できなかったからだね。
私:農業をやるには天気が重要だけど、いつ雨が降るのか、どれくらい降るのか、そんなことですらわからなかったからね。あるいは嵐にあって船が沈むことも予想できないし。とにかく人間は自然現象に怯えて暮らしていくしかなかったんだ。もちろん自然は豊かな恵みももたらしてくれたけれどね。
ゲンタ:そうか。それで自然を神みたいにあがめたんだね。
私:そうだ。世界中どこでもそうした考えがあった。人間に恵も破壊ももたらす気まぐれな神だね。そして皇帝というのは、
ゲンタ:神に等しい存在だったんだね。そうか、だから皇帝が時間を支配できたんだ。
私:その通り。皇帝だけが元号を定めることができたんだ。
タロウ:それじゃあ、もしかして暦も。
私:そうだ。規則正しい時の動きを示すものといえば、太陽や月の動きだね。だから、これらをもとにした暦、つまりカレンダーのようなものが、作られていった。
ゲンタ:へえ。カレンダーが神と関係あるなんて考えたこともなかったよ。
ワタル:ということは、今僕たちが使っているカレンダーも、だれか皇帝が作ったの?
私:よく気が付いたね。誰だと思う?
ワタル:西暦っていうから、ヨーロッパの昔の皇帝だよね。ローマ皇帝とか?
ゲンタ:違うよ。西暦ってイエス・キリストが生まれたときから数えてるだろ。だからイエスが作ったんじゃないか?
私:二人とも近い線だぞ。今使われている西暦はグレゴリオ暦と言ってね。1582年にローマ教皇グレゴリウス13世が定めたんだ。
タロウ:1582年っていうと、本能寺の変と同じ年だね!
ワタル:ほんとだ。でも、意外と新しいな。もっと古いのかと思ってた。
私:実はもともとユリウス・カエサルというローマ皇帝が紀元前45年に定めたユリウス暦という太陽暦があったんだ。
ワタル:その人知ってる! なんとかシーザーっていう人だよね。ブルータスよ、お前もか、って言った。
私:シーザーはカエサルの英語読みだね。ただこのユリウス暦、実際の太陽の動きとのずれがあってね。何年もたつ間に、そのズレが大きくなりすぎて、それで新しい暦を作ることになったんだ。
タロウ:そうか。ローマ教皇っていえばカトリックのトップだしね。いわば神の代理人みたいなもんだろ? だから新しい暦はローマ教皇が定めたんだね。
ゲンタ:それじゃあ日本が明治時代に導入した今の太陽暦って、ローマ教皇が定めた暦ってことになるんだよね。
ワタル:それも変だよね。日本はキリスト教の国ってわけじゃないのに。
私:まあ世界共通で使われている暦だからね。
ワタル:でもなあ。キリスト教的な神に関連する暦と、中国から導入された皇帝、つまり天皇が定める元号と、それが共存しているなんて、やぱり変だよ。
タロウ:中国でも元号は使ってるの?
私:いや。今世界で元号を使っている国は日本だけだと言われている。
ゲンタ:そうなんだ。じゃあ、もうそろそろ日本も西暦1本に統一すればいいのに。
私:そういう意見も多いな。でも、元号にももしかして利点があるかもしれない。よし、それではここで記述の課題だ。元号の利点を何でもいいから考えて、元号を残すべきだという意見として書いみて。
元号のメリット
ワタル:「元号は、古代から現代まで続く日本の伝統である。古いものを何でも捨ててしまうのではなく、こうした伝統を大切にすべきだと思うので残すべきである。」
タロウ:いいね!これ満点でしょ?
私:悪くない。まあ7点だな。
ワタル:どこが減点されたの?
私:ただ伝統だから残すべき、というのでは弱いね。もっと具体的に、どのような伝統なのかまで書いてほしかったな。
ゲンタ:「古代から日本は中国の影響を受けて国を発展させてきた。中国由来の元号を日本風にアレンジして使うことで、中国を中心としたアジア文化圏のようなものを作ることに役立ってきた。元号は欧米中心の考えから自立している象徴のようなものだから、残した方がいいと思う。」
タロウ:なんかすごいね。もう満点でいいよ。
私:そうだな。欧米とアジアの対立の構図にしてしまったところが残念だが、着眼点は素晴らしい。9点だ。
ゲンタ:やった! 最高得点だ!
タロウ:「確かに元号は今ではあまり役立たないし、実用的な意味はなくなっている。しかし、大正デモクラシーとか、明治維新とか、歴史の事象を示すときには便利なものである。令和の時代になったとか、昭和の香りがするとか、今でも便利に使われているケースもあるので、残すほうがよいと思う。」
ゲンタ:言いたいことはわかるし、僕も賛成なんだけど。6点くらい?
私:8点
タロウ:やった!
私:元号の役割について具体的に書いたのが良かった。10年以上の幅がある時代の空気のようなものをあらわすときには便利だからね。ただし、書き方はもう少し注意が必要だ。「確かに〇〇だ。しかし△△だ」という書き方は、結論が後回しになって 不明瞭になりがちだから使わないように以前注意しただろ。
タロウ:そういえば。
私:みんな今回は良く書けてたぞ。今回の暦に関する面白い本があるから貸してあげよう。ぜひ読んでごらん。
皆:これは?
私:江戸時代の暦の改定の物語だ。これを読むと、暦がどのような意味をもっていたのか、そしてどうやって作られていったのかがよくわかるぞ。