今回は、ロジカルライティングの授業を紹介します。
授業テーマは「日本の貿易」です。
例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
加工貿易
私:今日は日本の貿易について考えてみよう。日本の貿易の特徴は何かわかるかな?
ワタル:加工貿易!
私:反応が早いね。
ワタル:4年生のときに習ったもん!
私:説明もできるか?
ワタル:えっと。製品を加工して輸出するんだよ。
タロウ:それだけ? 「原料を輸入して製品に加工し輸出する貿易。」これだよ。ね、先生?
私:満点の答だ。
ゲンタ:でも、なんだか最近は加工貿易じゃなくなってきてるって習った気がするよ。
私:よく知ってるな。でも、その話に入る前に、日本の貿易の歴史についてみてみよう。
貿易の歴史
私:このグラフを見てごらん。これを見て気が付いたことはないかな?
タロウ:先生、この目盛りはどうなってるの?
私:左が貿易額で、右は貿易黒字額を示している。緑のグラフは右の目盛りを見るんだよ。
ワタル:貿易額がすごく増えてるね。やっぱり1960年代から。
タロウ:そりゃあ高度経済成長期だったから。
ゲンタ:でも、1970年代に少し減ってるよ。
タロウ:そりゃあオイルショックだったから。
私:そうやって歴史と結びつけて考えるのはいいね。他に気が付いたことはあるかな?
ワタル:高度経済成長期って、輸出がすごく伸びて景気が良くなったんじゃないのかな?なんか緑のグラフをよく見てみると、輸入も増えているから、結局儲かってないんじゃないかって気がしてきたよ。先生、もう少し見やすいグラフないの?
私:それでは1960年から1980年の20年間を拡大してみよう。
ワタル:ほら、やっぱりそうだよ! 1960年代だって、ちょこちょこ貿易赤字っていうか、ほとんど貿易赤字じゃないか。それで1974年とか1980年なんて、すごい赤字だよ。全然儲かってないじゃないか!
タロウ:ワタルはさっきから儲かるとか儲からないとか、そんな話ばかりだけど、今貿易の話をしているんだよ。
ワタル:だって、貿易って結局のところ商売なんでしょ、ね、先生?
私:なかなか難しい問題に気が付いてきたみたいだね。たしかに貿易は商売だ。物を輸出する、つまり外国に売ればお金が日本に入ってくる、つまり儲かる。輸入をすれば外国にお金を支払わなくてはならない、つまり損をする。この損得を計算して、トータルで儲けのほうが多ければ貿易黒字、少なければ貿易赤字、というのが基本的な考え方だ。
ワタル:ほら、間違ってないだろ?
タロウ:でも、それじゃあ、1960年代はほとんど赤字で儲かってないわけだから、日本は貧乏になったんじゃないの? 高度経済成長って嘘?
ゲンタ:嘘なはずないよ! だって、新幹線だって高速道路だって作ったし、あと大阪万博だって開いたし。あ、東京オリンピック忘れてた。
タロウ:先生、どっちなの? 高度経済成長って、儲かってたの、儲かってなかったの?
私:よし。それでは例をあげて考えてみよう。ここにラーメン屋さんがある。
タロウ:なんでラーメン屋?
私:好きだからだ。さて、このラーメン屋のラーメンは1杯1000えんで、原価率は30%としよう。
ゲンタ:原価率って?
私:まあ材料費と考えてくれ。
タロウ:あ、じゃあ、1杯売れるたびに700円儲かるんだね。
ワタル:けっこう儲かるね。俺、将来ラーメン屋やろうかな。
私:将来の話はちょっと脇に置いておく。さて、このラーメン屋は狭い店で、席数はカウンターに10席だけだ。朝10時から夜10時まで12時間営業している。さあ、1日でいったい何杯売れるかな?
タロウ:かんたん! 10席×12時間だから120杯!
ゲンタ:違うよ。それだと、毎時間10人のお客さんってことになるよ。昼時なんて見てごらんよ。お店の外にまでお客さんが並んでるよ。待ってるお客さんの視線を漢字ながら1時間座ってられる? ラーメンだって伸びちゃうし。だから、10分で食べ終わるとして、1時間に60人、つまり60×12時間で720杯だよ。
ワタル:それ変だよ。そもそも僕猫舌だし、10分なんて無理! それに、ラーメン屋さんのおじさんが暇そうに店の外でたばこ吸ってるの見かけることあるよ。
タロウ:そうか。それじゃあ、昼時は混むとして、えっと12時から13時の1時間は一人20分で食べるとして
ゲンタ:それだと座った瞬間にラーメンが出てくることになるじゃないか。
タロウ:アッ。そうか、作る時間を考えると、30分はかかりそうだね。それだと1つの席に2人、つまり全部で20杯だね。あとは暇な時間帯はその半分、いやもっと少なそうだから、」
ゲンタ:夕飯のときも混むよ。
タロウ:そうか。じゃあ、1日のうちの2時間は満席として40杯。それから残りの10時間は1時間5杯として50杯。合わせて90杯。どう、先生、これで合ってる?
私:計算のやり方は合ってるな。90杯、つまり90人の客が10席のお店に1日に来店したんだね。さあ、いったいいくら儲かった?
ゲンタ:1杯1000円だから、90000円!
タロウ:それは売上だろ。原価率忘れてるよ。
ゲンタ;そうだった。じゃあ儲けは63000円だ! 1か月30日として1890000円! もうラーメン屋やるしかないじゃないか!
タロウ:僕もラーメン屋めざそうかな。
ワタル:3人ともラーメン屋だね。
私:ちょっと待ちなさい。それだと君たち毎日12時間労働で休みが1日もなくなるよ。
タロウ:そんなのやだよ。
私:それに店の設備もお金がかかるね。だいたい1000万円から2000万円くらいと言われている。
タロウ:そんなに!
私:まあ平均の年収は400万くらいといわれている。日本全体の平均年収より少し低いくらいだね。
タロウ:なんだ、がっかり。
私:でも、それで家族4人がなんとか生活できているんだ。もちろん、そんなに余裕があるわけじゃないし、休みもあんまりとれないけどね。まあ赤字じゃないということだね。さて、もう1つのラーメン屋さんを考えてみよう。この店は大きいよ。席数は50席もあって従業員も大勢雇っている。
タロウ:すごいね、人気店だね。
私:そうだ。しかも店舗は他の駅にもあって3店舗に増えた。今度もう2店舗増やす計画がある。
タロウ:凄い!
私:さあ、このラーメン店は黒字だと思う、それとも赤字!
皆:黒字!
私:どうしてそう思った?
ゲンタ:だって、儲かってるからお店増やせるんでしょ。
タロウ:そうだよ、儲かってるから従業員も大勢雇えるんだよ。
ワタル:ちょっと待って。先生がこういう言い方をするときは、だいたい逆なんだよ。だから!
私:他の理由はないの?
ワタル:うう。そうだ、新しくお店出すのだったら、また2000万円かかるよね。
ゲンタ:お店の大きさがさっきのラーメン屋さんの5倍あるから、きっと1億円くらいかかるんだよ。それを2軒だから、2億円!
私:つまりこういうことになるね。最初のお店は、赤字ではないけれど、年収は400万円で、その中で家計をやりくりしなくてはならない。海外旅行に何回も行ったり高級な車を買うことはできないね。それに対して、あとのお店は、赤字だ。でも、多くのお金が動いているから、別荘を買うことができるかもしれない。
ワタル:わかったよ! つまり、高度経済成長期の日本は、トータルで見れば貿易赤字だったけど、たくさんの物を輸出入していたから、たくさんのお金が出たり入ったりしていて、結果として国民全体の生活水準が上がっていった、っていうことだね。
私:完璧にまとめてくれてありがとう。
タロウ:なるほどなあ。グラフからそんなことが見えてくるんだね。先生、この先はどうなってるの?
よし、じゃあ次の20年を見てみよう。
タロウ:うわ、すごい貿易黒字だ!
ゲンタ:そういえば1980年代の貿易摩擦について習ったね。
ワタル:ああ、アメリカが日本に攻めてきたってやつ。
ゲンタ:攻めてはこないだろ!
ワタル:アメリカ大統領が日本に何とかしろ!って言いにきたじゃないか。
私:よく覚えていたね。1992年にブッシュ大統領が、ビッグ3とよばれるアメリカの自動車会社、GM・フォード・クライスラーの会長を伴って来日したんだよ。
タロウ:アメリカも必死だったんだね。
私:そうだな。あまりに日本車がアメリカで売れすぎて、アメリカの自動車工場が閉鎖されると、失業者が増えて困るからね。
ワタル:この後どうなったの?
ワタル:あらら。貿易赤字だ。
タロウ:それに、貿易総額もぱっとしないね。
ゲンタ:これじゃあ、小さなラーメン屋さん、しかも赤字のラーメン屋さんだ。
私:よし。今日の記述課題は、「グラフや今までの会話を参考にして、日本の貿易の変化についてまとめる」だ。
皆:うわ、面倒くさそう
私:そんなことはないぞ。こういう「まとめ系」の記述は、書く内容が決まっているから意外と書きやすいものなんだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
記述例
タロウ:「高度経済成長期の日本の貿易は、貿易額は大きかったけれどだいたい貿易赤字でした。1970年代にはオイルショックのため貿易赤字になったり黒字になったりもしました。1980年ごろから2000年にかけては貿易黒字が続きましたが、その後貿易は伸び悩み、今では貿易赤字となっています。」
ゲンタ:それ、0点だよ!
タロウ:ひどいなあ。一所懸命書いたんだよ。
ゲンタ:だって、黒字になった、赤字になった、それしか書いてないじゃないか。ね、先生、0点だよね。
私:いや、5点だな。
タロウ:やった! ほら、5点ももらえたよ。
ゲンタ:どうして5点ももらえたの?
私:まず評価ポイントその1は、年代別にまとめたところだ。しかも、1960年代、70年代、80年代というように、およそ10年ごとにまとめている。こうしたまとめの記述では、あまりに細かい年代を書くよりも、おおざっぱに10年毎にまとめたほうがわかりやすくなる。それから、高度経済成長・オイルショックについて触れている。また、貿易赤字と貿易黒字に着眼したところもよかった。
タロウ:じゃあ、どこがだめだったの?
私:貿易黒字と赤字のことしか書いていないところだな。
ゲンタ:ほら、やっぱり。
私:貿易額の変化についてもきちんと書くべきだったね。あとは、曖昧な表現。
タロウ:だいたい貿易赤字って書いちゃった。
私:そうだな。それじゃあ、次、ワタル。
ワタル:「1960年代の日本は高度経済成長期で急速に工業が発達したため、輸入と輸出が伸びていった。1973年と79年の2度の石油危機により経済成長にブレーキがかかったが、そののち1980年代には自動車をはじめとした機械工業が発展し、輸出が伸びたために貿易黒字となった。2008年には輸出が輸入を下回ったため貿易赤字となり現在まで続いている。」
タロウ:なんかいいと思う。
私:うむ。これなら合格だ。
ワタル:じゃあ、10点もらえる?
私:そうだな。10点あげよう。
タロウ:いいなあ。
こうしたグラフ・表等の資料を参考にして、そこに自分の知識を付け加えてまとめるスタイルの記述問題は様々な学校で出題されています。資料を丁寧に読み取り、自分の知識とすり合わせる作業が欠かせません。