中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

思いやりの育み方:いじめ問題へのアプローチ

 いじめ問題というのは、昔も今もなくなることのない問題です。

この問題の深刻かつ厄介な点というのは、いじめであるかどうか、そしていじめの深刻度の程度というものが、当事者によって全く異なるということにあります。

ジャイアンが同じようなきつい言葉をのび太スネ夫にかけたとしても、スネ夫にとっては大した問題でなくてものび太にとっては深刻ないじめとなることがあるのですね。

ところが、こうした「いじめ問題」の性質から、「いじめられるのび太にも責任がある」といった曲解が生じてしまうわけです。

100例のイジメ問題があったとして、そこには100の異なる状況があり、当然対応方法も100通り以上あることになります。

つまり、「このような場合にはこう対応すればよい」といった最適解が存在できないところにこの問題の難しさがあるのです。

私はこうした問題の専門家でもありませんし、その立場にもありません。また、上述したように最適解を出すこともできない問題です。

しかし、過去に遭遇した様々な事例を紹介し、一緒に考えてみることはできると思うのです。

※ここでご紹介したエピソードは実話ですが、当事者が読んでも自分のこととわからないレベルまで変えています。しかし、本質的な部分はそのままにしてあります。

 

1.いじめの事例

(ケース1) 塾でおきたいじめ


もう時効(当事者はとっくに成人して子供がいてもおかしくない年齢)となる昔の出来事ですのでお話しできるのですが、強烈な印象を残すいじめ問題が私が当時担当していた塾の教室で発生しました。

 

登場人物は3名です。

A・・・いじめの加害児童

B・・・いじめの被害児童

Aの母親

 

Aによるイジメについては、担当教師の一部は気が付いていましたが、大半の教師は気づいていませんでした。Aは成績の良い生徒であり、教師に対する態度はまじめだったからです。Aのいじめは、常に教師の目の届かないところで行われており、ちょっとぼんやりとした教師だと、「Aはまじめで良い生徒だ」などと思わされてしまうほど、大人に対する演技力に長けていたのです。

 Aのいじめの巧妙なところは、常に仲間を集め、その仲間をそそのかす形で行うところにありました。しかも表に出にくいような小さないじめを際限なく行うところにその特徴がありました。被害者の生徒は、いろいろな同級生から執拗に小さないじめを受け続けるため、なかなか親にも被害を訴えづらく、まして背後にAがいるなどと気が付きにくいのです。

Aが小4のときでした。

同じクラスにいた男子が、ふざけてAの筆箱を隠したらしいのですね。「らしい」と言ったのは、本当にそうしたことがあったのかどうかが不明だからです。この男子というのは、小4にしては幼いタイプで、陽気なやんちゃ坊主といったキャラクターでした。日ごろの言動を見ていても、深く考えて何かを行うということはできないタイプで、仮に筆箱を隠したとしても、机の上から中へ移動させる程度だったのではないかと推測されます。あるいは、もしかして濡れ衣の可能性すらあったのです。後日に本人に「お前が隠したのか?」と確認しても、「よくわからないよ」と首をひねっているばかりでした。

ちなみに、この男子とAは小学校が異なりましたので、Aとの接点は塾の教室しかありません。

 

ある日のことです。

授業中の小4の教室に、いきなりAの母親が乗り込んできたのですね。

個人情報保護と防犯上の理由から、保護者であっても直接教室には入れないというのがその塾のルールでした。生徒への用事は、かならず受付スタッフが取り次ぐという形だったわけです。

Aの母親は、受付の制止を振り切って、教室に怒鳴り込んだのです。

「うちの子の筆箱を隠したのはお前か!」と叫びながら。

あまりの権幕に、授業中だった教師が凍り付く中、当該の男子は胸倉をつかまれて席から引きずり出されました。

異常を察した職員数名と私がかけつけ、とりあえずAの母親を別室に案内して事情をうかがうことにしました。

事情といっても、一方的な主張をまくしたてるだけでしたが。

その主張によれば、とにかく男子のわが子にたいするいじめをやめさせろ、ということでしたので、すぐに男子の保護者(お母さま)に私は連絡をとりました。このお母さまは、「うちの息子がご迷惑をかけて申し訳ありません。筆箱の弁償もいたします。」と非常に低姿勢でしたので、私としてもとても助かったのを覚えています。

しかし、結局最後まで、ほんとうに男子がAの筆箱を隠したのかどうかは不明のままでした。Aが母親を利用してこの男子の排除をはかった疑惑が拭い去れませんでしたね。

さて、我々に強烈な印象を残したA母ですが、実はAが通う小学校でもそうとうな有名人であったようです。

「あの方の子供がいると聞いたので、ちょっと。」といって私の教室への入塾を取りやめる生徒が何人もいましたので。その一人から、A母の小学校での武勇伝を知らされたりもしました。

 

ここまでお話すればもうおわかりだと思いますが、Aのイジメ体質は、この母親に原因があることは間違いありません。自分が何をしても、常に母親が介入してくれる、そして母親はいくらでも騙せる、この自信が裏付けとなって、陰湿ないじめを執拗に繰り返していたのでしょう。

 

6年生なったころ、Aと同じクラスにBが入ってきました。BもA以上に優秀な生徒でした。そのためかどうか、BをターゲットとしたAによる陰湿ないじめが始まってしまったのです。

前述したように、言葉による陰湿ないじめが執拗に続きます。しかも、塾にはばれないように、塾の行き帰りの道で行われるのです。Bはおとなしい生徒ですが、決して気弱な生徒ではありません。Bの母親からは、塾に対して、Aを辞めさせてほしい、という要求があります。しかしながら、証拠が残らないように行われているいじめに対して、しかも塾の教室を離れたところで行われていることに対して、我々からできることはほとんどありません。Aに単独で注意をしようものなら、例の母親が、「うちの子を疑うのか!」と怒鳴り込んでくるのは確実だからです。担当教師も腰が引けていますし、私だって嫌です。せいぜいクラス全体に注意をするとともに、二人のクラスを分け、終了時間をずらして二人が遭遇しないようにするくらいです。それでも、Aが先に終わると、Bを待ち伏せしていますので、つねにBを先に帰すよう気をつかいました。

 

また、被害児童のBの母親とも何度も相談しましたが、いじめ疑惑(疑惑というより事実)があるとはいえ、サービス業にすぎぬ塾からAを退塾処分にすることは難しいとお話するしかありませんでした。目に見える形での物理的な損害があったり証拠があればよいのですが、狡猾なAはそうした隙を見せません。

あげくのはてには、「お前(私のことです)は、A母とぐるになってうちの子をいじめて辞めさせるつもりか!」と私までが怒鳴られる始末です。

もちろんわが子を庇う親の心理としてBの母親の気持ちは理解できますので、私としてはひたすら平身低頭して説明を試みるしかありませんでした。


結局この二人は、入試難易度最高レベルの同じ中学に進学しました。

 

中学校でもAのイジメが継続したかどうかはわかりません。Aなどよりはるかに優秀で大人な生徒が大勢いる学校ですので、Aに同調するような生徒はいなくなったと思いたいですね。

 

もっとも、1年後にひょんな所でAの名前を聞くことがありました。別の塾で仕事をしている知人と雑談をしていたとき、「ところでpeter先生の教え子に、〇〇中学に進学したAっていう生徒がいませんでした?」と聞かれたのですね。なんでも、この先生の教え子が〇〇中学に進学したそうですが、先日塾に遊びにきたときに、「うちの学校に凄い子がいるんだよ。」といってAの噂話をしていったそうです。

三つ子の魂百までとはまさのこのことですね。

 

いずれ大人になれば更生する、そう信じたいものですが、Aの性根があの母親のもとで改善するとはとても私には思えないのです。

 

 

 (ケース2) 小学校でおきたいじめ


こんどは、小学校でおきたいじめ問題についてご紹介します。

 

C・・・・まじめな優等生タイプ。ただし前にでるキャラではない。被害児童

D・・・・明るい子だが、群れたがるタイプ。加害児童

 

もともと、CとDの母親同士が、共通の知人を介して交流が始まったそうです。母親の年齢は10歳近く離れていましたが(D母が若い)、家も近かったことから、お互いの家を行き来したり、家族を交えて遊びに出かけたりと、家族ぐるみの交際が続いていました。子供たちは同い齢で一緒に仲良く遊び、同じ小学校に進学したのです。そのまま何事もなければ、いわゆる幼馴染として、交友が続いたことでしょう。

 

小学4年生のときに、DによるCに対するいじめが発覚しました。C母は、同じ小学校に通う別のお母さまから、「ちょっと、Cちゃん、大丈夫なの?」と心配されて、はじめてDのいじめを知ったそうです。そこから、何人かのママ友や学校の担任の先生と話をして、Dのいじめの実態が明らかになってきました。

 

Dは、自分の周りに仲の良い数人のグループを作っていたそうです。学校への通学もCを仲間はずれにする、公園での遊びにも参加させない、Cのネガティブ情報(事実無根)を流す、といった、まさに子供のいじめの王道をいくような行動をとっていたといいます。小学校までは遠くないとはいえ、学校の指導により、必ずグループで登下校するきまりでした。C母としては、CとDと他数人(Dの仲間)で仲良く学校に行き帰りしているものとばかり思っていたそうですが、いつもDとその仲間が楽しそうに談笑しながら歩き、その後ろを一人離れてCが歩く、そんな状況だったのですね。

 

Cは、そんな状況を母親に訴えることもなく普段通りの様子だったので、母親は全く気付かなかったといいます。

ある日学校の授業参観があり、そこで、隣どうしの席なのにもかかわらず、一切Cに話しかけることも目をあわせることもなく露骨に存在を無視するDの態度を目の当たりにして、Dによるいじめを確信したそうです。

 

被害児童のCは、先生方からの信頼も厚い生徒でした。

「おそらくは、嫉妬されたのだと思います。」 C母はおっしゃいます。

CもDも異なる中学受験塾に通っていました。C母は中学受験経験者であり、中学受験の世界というものをご存じです。だから、子供の成績を見ながら、焦らずマイペースで勉強をさせていました。若いD母は地方出身で首都圏中学受験の世界を知らず、また負けず嫌いの性格ゆえ子に勉強を強要していた可能性はあります。

同じ地域からの受験ですので、受験校が重なる可能性はあります。C母としてもDやその取り巻き連中と同じ中学になることだけは避けたいのですが、どこを受験するかはわかりませんので避けようもありません。そこで、そんな些末なことなど気にせずに受験をすることにします。

 

結果として、Cは首都圏最難関中学に進学することになりました。Dとその仲間たちは、全員が受験には苦戦したようで、偏差値的にはCの進学した学校からかけ離れたレベルの中学校に分散しました。

 

C母はこう言っていました。

「結局のところ、あの子たちとうちの子は学力もずいぶん違っていたのですね。それもいじめの原因の一つだったのでしょう。変に心配して受験校を迷わなくてよかったです。こういうことを言うと、品が無いのは承知で言わせてください。ざまあみろ、という気分です。」

 

気持ちはわかります。

 

Dたちにしても、そんな下らぬところに気を回さなければ、受験ももう少し何とかなったんじゃないか、私もそう思います。

 

ところで、Cが進学した中学校は、さすが優秀な生徒が集まる学校だけあって、生徒達はいじめのようなくだらぬ問題を忌避する雰囲気だそうです。Cも水を得た魚のように学校生活をエンジョイしているという話をうかがいました。

 

 (ケース3) 自分から招いたいじめ

 中学生Eは、学園祭に向けてショートムービーを撮影することにしてメンバーを集めます。Eのもとに数人の同級生が集いました。練習を重ね、撮影をすすめようとするのですが、提出リミットぎりぎりのタイミングでの撮影本番に、Eの姿はありません。塾のテストを優先させたとのことでした。結局ムービーは完成されませんでした。

 中高生くらいの年代にとって、仲間と共有する時間は最優先されます。時として家族と過ごす時間よりも優先されるものです。それをあっさりと「塾のテスト」を理由に裏切ったEが、その後仲間から相手にされなくなったのも仕方のないことでしょう。話がここで終わっていれば、Eは自らの経験として「仲間を裏切る事の重大さ」を学んだ、とそういう話だったのです。また、同級生たちにしてもEを疎んじはしても、いじめていたわけではありません。話が大きく展開したのは、事情を聴いたEの父親が学校に怒鳴り込んできたことがきっかけでした。一方的に教師から叱責された同級生たちは、その後本格的にEを無視するようになっていったのです。

2.所感

 多くの子どもたちを見て来た経験からいうと、私は「子ども性善説」の立場をとれません。情緒も言語能力もモラルも未発達な小中学生の年代は、大人から見ると信じがたいような行動をとることが多いからです。

 同級生のちょっとした言動に反応して返す言葉など、聞くに堪えない嘲りの言葉だったりすることは珍しくありません。とくにアニメの影響なのか、きつい言葉使いをする子どもが増えてきたような印象があります。

 見つけた瞬間、聞いた瞬間に厳しく注意をする。

対応はこれしかありません。何せ「知らない」し「わかっていない」のですから、その都度大人がきちんと機会指導することが最重要だと思います。また、差別問題につながりかねない表現であった場合には、歴史的な経緯を含めてきちんと指導します。ぜひご家庭でも同様の対応をとっていただきたいと思います。

 また、いじめの加害者となる子どもにも、親がいるのです。逆にいえば、いつわが子がいじめの加害者側になるかわからないということです。

わが子を信じることと、わが子が「絶対にいじめをするはずがない」と思い込むことは別物だと思います。

他者への思いやりを育てることが唯一の解決策なのかもしれません。

 

 ところで、他者への思いやりの心を育てるのには読書が役立ちます。自分ではない誰かの気持ちに寄り添い、あるいはなりきって感情移入して読むことが大切なのです。

 

不登校問題についてはこちらで記事にしました。

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