※この記事の初出は2023.11.08です。2024.10.25にUPDATEしました。
今回は、私が実践しているロジカルライティングの講座の一部をご紹介します。
といっても、実際の生徒を登場させるわけにはいきませんので、過去の授業を再構成した、授業展開のモデルケース、ヴァーチャル授業と思ってください。
【生徒】・・・・麻布中学を志望する生徒3名(タロウ・ワタル・ゲンタ)
問題提起
タロウ:先生、中学受験が激化するってほんと?
私:どうした、いきなりだな。
タロウ:だって、お父さんが言ってたんだ。東京都が高校の授業料をタダにしたから、中学受験が厳しくなるって。
ゲンタ:あ、それ僕も知ってるよ。東京都では高校の授業料がかからないって。でもどうしてそれが中学受験に関係あるの?
ワタル:そうだよ。高校受験と中学受験って関係ないじゃないか。
私:ちょっと考えてみようか。まず、今回話題となっているのは、2024年から、東京都の高校の授業料が、誰にでも無償化されたってことだね。今までは所得制限、つまりお金に余裕のある家庭は無償ではなかったんだが、その所得制限が撤廃されたんだ。
ゲンタ:へえ。それじゃあ、お金持ちでもタダになったってこと?
ワタル:それって何か間違ってる気がする。なんでだかわからないけど。
私:そこにも難しい問題がたくさんあるんだが、それはまたいずれ考えるとして、先に進めるぞ。高校には私立高校と公立高校がある。公立高校の学費は、3年間でおよそ150万円だそうだ。
タロウ:高っ! ぼく公立高校ならタダだと思ってたよ。
私:私立高校ならもっと高いぞ。300万円くらいだ。
タロウ:高っ! 2倍もかかるんだ!
私:そのお金がかからなくなるとなったらどうだろう?
ゲンタ:浮いたお金で海外旅行に行く!
ワタル:浮いたお金を大学に使う!
タロウ:浮いたお金で私立中学に行く! あっ! そうか、そういうことか。
私:そういうことだ。今までより中学受験を考える人が増えそうだね。
タロウ:それは困ったなあ。
ワタル:いっそのこと、高校だけじゃなく、大学もタダにすればいいのに。
ゲンタ:そうだよ。 僕なんか、私立中高に行かせてやるから、そのかわり絶対大学は国立にしろ、ってプレッシャーかけられてるんだよ。
タロウ:先生、国立大学はタダだよね。
私:そうではない。4年間で250万円くらいかかる。
タロウ:高っ! 待てよ、それじゃあ私立大学は?
私:学部にもよるが、まあその倍くらいかな。
ワタル:勉強するのにもそんなにお金がかかるんだね。なんだか大学に行く気がなくなっちゃったよ。高校くらいまでは行くけど、その後は働いたほうがいいのかな。
ゲンタ:うちだってそうだよ。うちの車、もう10年以上乗っててけっこうボロなんだ。お父さんが車を買い替えたいって言ったら、お母さんに怒られてたよ。これからゲンタの教育にどれだけお金がかかるのかわかってるのって。
タロウ:大学までタダにできないのかな?
私:よし。今回はそれをテーマに記述してもらおう。
論述問題
「高等教育の無償化について、賛成か反対か、理由とともに述べよ。」
私:それでは、みんなの書いた記述答案を見てみよう。まずはタロウから。
(タロウの答案をスクリーンに映す)
「僕は高等教育の無償化に賛成です。なぜなら、大学の学費が払えないために大学に進学できない子供たちが大勢いると思うからです。大学に進学できないと、良い仕事などにつくことができずに、給料も上がりません。だから、国が大学の費用などを出すほうがよいと思うのです。」
私:タロウの答案、みんななら10点満点で何点をつける?
ワタル:0点!
ゲンタ:7点
私:なるほど。まずワタル。なぜ0点にした?
ワタル:だって、僕は無償化に反対だから。
私:そうか。君は、自分の意見と異なる意見は全部0点にするのかな?
ワタル:そういうつもりじゃ・・・。
私:自分と異なる意見でも、きちんと耳を傾けることで、何か得られるものがあるとは思わないか? この講座は、それを目的としている講座なんだ。君には、17~18世紀、日本の江戸時代のころにフランスの哲学者のヴォルテールが言ったとされる言葉を紹介しよう。
『私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る』
意味はわかるか?
ワタル:自分と反対の意見でもちゃんと聞け、ってことかな。
タロウ:どんな意見でも、それを主張する権利が皆にあるってことだよ。
私:そうだな。とても大切な考え方だ。さて、ワタル、あらためて聞くぞ。タロウの答案は何点だ?
ワタル:うーん、5点くらいかな?
私:どうして5点だと考えた?
ワタル:お金が無くて大学へ進学できないのじゃなくて、単に勉強が嫌いだから進学しないだけだと思うから。お金が払えなくて進学できない子供が大勢いると思うって、それはタロウが思っただけでしょ。証拠は?
タロウ:証拠なんかなくても、そんなの当たり前だよ。前回、子供食堂とフードバンクについて習ったじゃないか。7人に1人の子供が貧困家庭だって。
私:タロウの意見に証拠がない、たんにタロウが思っただけだというワタルの意見はもっともだな。でもワタル、君の「勉強が嫌いだから進学しないだけだと思う」というのも、君が思っているだけで証拠はないだろ?その点、タロウの意見は、前回学んだ、貧困家庭の増加を証拠の一つとして考えているから、少しだけ説得力があると思うよ。そしてタロウ、せっかくなら貧困家庭が増加しているということを、記述答案に書いたほうが、より説得力が出るな。
タロウ:そっか。具体的な例をきちんとあげるといいって、いつも言われてた。
私:さてゲンタ、君はどうして7点をつけた? 3点引いた理由は?
ゲンタ:タロウの考えはわかるんだけど、大学に行かないと良い仕事につけない、給料も上がらないってところが引っかかったんだ。
私:なるほどね。もう少し詳しく説明してみて。
ゲンタ:まず、大学に進学する目的が、良い仕事、高い給料をもらうためっていうのが違うと思う。もちろんそういう人も多そうだけど、大学は勉強をもっとしたくて行くところだよね。研究者になる人だっていると思うし。だから、大学に行く目的を決めつけるのがおかしいと思ったんだ。それに、大学に行かないと必ず良い仕事や高い給料が得られないってのもどうなんだろう。僕の親戚のおじさんに、高卒だけど会社で出世して、大卒の部下を大勢使ってるって自慢してる人がいるよ。要は本人の頑張り次第ってことなんじゃないかなあ。
ワタル:そうだ、僕もそれが言いたかったんだ。だってさ、世の中には不要な仕事など無いって、先生言ってたよね。高卒の人がやる仕事も、大卒の人がやる仕事も、ぜんぶ社会には必要な仕事だろ? もし全員が大卒になったら、いったい誰が今まで高卒の人がやってた仕事をやるのさ。
私:よし、ここまで。タロウ、皆の意見はちゃんとメモしたな? それをヒントに、後でもう一度書き直しなさい。それから、君の答案に「良い仕事など」「大学の費用など」と「など」が2回使われているが、これはどういう意図でつけた?
タロウ:どういうって、とくには。なんとなくかな。
私:「など」という語は、複数の例を挙げて、「以下省略」という意味でつける語句だね。使うときには注意して使わないとだめだ。
タロウ:じゃあ、何点?
私:6点。まず、「など」を2回使ったから減点。費用が払えずに大学進学できない子供がいることの根拠を示していないこと、大学進学の目的を高い給料をもらうためときめつけたこと、教育の機会均等という考え方が入っていなかったこと、それらを減点した。最後に、2つだけ、先生からデータを提供しよう。文科省によると日本の大学進学率は約57%だ。でも、別の調査では、高卒で就職希望者の53%が大学の学費が払えないから大学進学を断念したということだった。この二つのデータがどういうことか、よく考えてごらん。では、次にワタルの解答を見てみよう。
(ワタルの答案をスクリーンに映す)
「僕は勉強が嫌いです。できれば高校を卒業したら大学には行かずにすぐに好きな仕事をしたいと思います。世の中には僕と同じ考えの子供も大勢いると思います。大学は行きたい人だけが自分でお金を払って行けばいいと思います。それに、大学の費用を国が出すとしたら、それは国民の税金を使うということです。税金にはもっと大事な使い道があるはずだから、無償化には反対です。」
私:ではみんな、10点満点で何点かな?
タロウ:6点
ゲンタ:8点
ワタル:0点!
私:ワタル。自分で0点つけてどうする。
ワタル:だって、あらためてスクリーンで見ると、ダメだなって。僕の感想しか書いてないから。
タロウ:そんなことないよ。高卒で仕事をしてもいいよ。いろんな選択肢があってもいいじゃないか。それに、大学の無償化には税金が使われるってこと、僕は思いつかなったよ。
ゲンタ:そうそう。そこ大事だよね。そもそも人には得手不得手ってあるだろ。何も全員が大学に必ず行きたいって考えてないはずだし。自分のやりたいことは自分でお金を払うって、すごく当たり前のことだって僕も思うんだよ。そこをはっきりと言い切ったワタルの答案はすごくわかりやすかった。それに、税金のことだってそうだよ。
私:じゃあ、ゲンタ、どうして2点引いた?
ゲンタ:それは、税金のもっと大事な使い道が書いてなかったから。
ワタル:先生なら何点?
私:4点だ。最初の2文がまずいね。これは完全に君の「感想文」になっている。君が勉強が嫌いだとか大学に行かずに働きたいとか、そんなのはどうでもいい。この最初の2文を読んだ瞬間、この答案には0点をつけようと思った。
ワタル:じゃあどうして4点もらえたのかな?
私:1つ目は、皆が言ってくれた税金についての部分。国の政治というのは、言ってしまえば国民から集めた税金の使い道を決めて実践するということなのだから、高等教育を無償化するためには、他の何かを削らなければならないことになる。ただ、ここは具体例がほしかったね。2つ目は、大学には行きたい人間が自分で費用を負担していけばいいというところ。いわゆる「自己責任」という考え方だね。これについては賛否両論ある考え方だと思うが、一つの考えとしてはっきりと書いた点は評価する。
ワタル:でも、さっき先生が言ってたよね、大学に行かない理由の半分以上が、お金がないからだって。そう考えると、僕の考えは乱暴だったなって思うんだ。僕が高卒ですぐ仕事をしたいって夢があるのと同じように、お金さえあれば大学に行きたいって夢をもつ人がそれだけいるんだからさ。
私:よく気が付いたね。ところで、好奇心から聞くのだが、君のやりたい仕事って何だ?
タロウ:そうそう、僕も気になってた。
ワタル:プログラミング。
ゲンタ:なにそれ?
ワタル:今、プログラミングにはまってて。もう簡単なゲームなら自分で作れるんだ。中学生になったらコンテストに応募して、それで賞をとったらプロになってじゃんじゃん稼ぐつもり。
私:それはすばらしい夢だね。でも、まずは麻布に合格するのが先だ。それから、大学にも、もっと深くコンピューターについて学べる学科はある。コンピュータサイエンスってところだ。アメリカは最先端だそうだよ。マサチューセッツ工科大学とかスタンフォード大学が有名だね。
ワタル:おお!アメリカ! じゃあそっちめざそうかな。
一同:頑張れ!
私:最後に、ゲンタの答案を見てみよう。
(ゲンタの答案をスクリーンに映す)
「高等教育の無償化には反対です。なぜなら、大学は行きたい者だけが行けばいいと思うからです。大学では難しいけれど社会の役に立つような様々な研究を行っています。それを学びたい者だけに、例えば奨学金をあげればよいと思います。大学生なのに、アルバイトや遊びに夢中で勉強を全然しない人が多くいると聞きました。そんな人たちの費用まで出してあげるのは間違っていると思います。」
ワタル:10点!
タロウ:5点
私:なぜ5点?
タロウ:大学生で遊んでいる人がいるって、それは今回のテーマと関係ないような気がするから。
私:そうだね。高等教育の無償化というのは、いわば入口のドアを開けてあげるかどうか、という問題なんだ。ドアをくぐってから、つまり大学に入ってから遊ぶかどうかというのは別問題だね。そこを混ぜてしまうと意見がぼやけてしまう。
ゲンタ:じゃあ、何点?
私:3点
ゲンタ:低っ! 何で?
私:君に聞くが、この奨学金って何だ?
ゲンタ:だから、大学の費用がもらえるってやつ。
私:だれが出すの?
ゲンタ:国。
私:それは貸してくれるだけなのか、それとももらえるのか?
ゲンタ:それはもちろんもらえるんだよ。そうじゃないと意味ないじゃん。
私:ということは、給付型奨学金というものだね。実は奨学金には貸与型といって後で返さなくてはいけないものもあるんだ。
ワタル:それじゃ借金ってこと?
私:そう。日本でもアメリカでも問題になっているね。ゲンタ、それでは、その君のいう奨学金と、高等教育の無償化って、どこが違うのかな?
ゲンタ:それは、えっと、アレ? 同じ?
私:ということは、君は無償化に賛成ということになって、あきらかに矛盾してしまうね。無償化のやり方には、最初から授業料を無料にする他にも、返還不要の奨学金を提供するというやり方があるんだ。でも、大学での学びの目的をきちんと書いたところは評価しよう。ところでワタル、なぜ10点をつけた?
ワタル:それは、僕が言いたかったことを僕よりうまく書いてくれたから。
私:つまり、自分と同じ意見だから高く評価したってことかな?
ワタル:・・・。
私:高等教育の無償化については、いくつかデータを紹介しよう。まず、OECD諸国で大学への費用を負担する割合をランキングすると日本は最下位だ。全体平均の半分以下しか支出していない。OECD加盟国34か国中の17か国が大学は無償化されている。さらに返済義務のない給付型奨学金はほとんどの国にあるようだ。そのどちらも国が行っていない国は日本だけなんだね。例えばスウェーデンでは、国立大学も私立大学も無償だし、それに加えて毎年50万円ほどの奨学金が6年間支給されるようだ。そのことを考えて、大学での学びが国や国民にどういったメリットがあるのか、じっくり考えて書き直してごらん。キーワードとして「教育の機会均等」という言葉をあげておくから、そのことも考えるといい。
とまあ、このような授業を行うわけです。
もちろんこれは架空授業ですが、概ね普段の授業と変わりません。3人の生徒も、顔が思い浮かぶ何人かをモデルとしました。ただし、実際の授業では、もっと生徒は余計なことを言いますし、何を言いたいのかわからない発言が多いですが。
麻布の社会科記述には、社会的な課題についてきちんと考える姿勢が問われています。
そのあたりについては別の記事で詳しく書きましたので、ぜひお読みください。