中学受験のプロ peterの日記

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予備校の実力が問われる 東大入試地理の解答を較べてみた

数年前の問題で恐縮ですが、東大の地理の問題について、各予備校の出した解答を較べてみました。同じ問題に対しても、ずいぶんと異なる解答となるものですね。

 

1.問題

 農産物を、生産された地域のみで消費することに比べて、適地適作の観点から、最適な地域で大規模に生産して国際的に取引する方が、より効率的に、かつ安価に食料を確保することができると言われている。その反面、このことによってどのような問題が生じると考えられるか、想定される問題点を2つ挙げて、3行以内で説明しなさい。

 

まず問題を解析します。

 A:農産物を、生産された地域のみで消費すること

これは、「地産地消」のことですね。

農林水産省によると、地産地消はこのように定義されていました。

地産地消とは、国内の地域で生産された農林水産物(食用に供されるものに限る。)を、その生産された地域内において消費する取組です。食料自給率の向上に加え、直売所や加工の取組などを通じて、6次産業化にもつながるものです。

🔗地産地消(地域の農林水産物の利用)の推進:農林水産省

簡単にいうと、地元で採れた農水産物をその地域内で消費することです。スーパーに行くと、「地場野菜」のコーナーがあったりしますね。あるいは地元農協の直売所では近所の畑で朝採れた野菜を売っていたりもします。これを買ってきて家で食べる、まさに地産地消です。ここには2つのメリットがあげられていますね。

6次産業化につながる

◆食料自給率が向上する

また、農林水産省は触れていませんが、フードマイレージの低下に貢献します。

「フードマイレージ」は、食料の重量×輸送距離で計算される数値ですが、最近の入試で頻出となった概念です。近くの畑で栽培されたトマトと、九州で栽培されたトマトでは、同じ価格・重量だったとしても、輸送距離が全くことなります。どう考えても遠くから輸送されたものは、化石燃料を使用=二酸化炭素が多く出ていますね。この考えからすると、海外から輸入が増加するとフードマイレージが跳ね上がりますね。もうおわかりのように、海外からの農産物輸入が多い日本は、フードマイレージもさぞかし多いだろうことが考えられますね。

少し古いデータしか見つからなかったのですが、農林水産省によるとこんな順位となっています。

フードマイレージ(百万t・㎞)
1位    日本    900,208
2位    韓国    317,169
3位    アメリカ    295,821
4位    イギリス    187,986
5位    フランス    104,407
6位    ドイツ    171,751

ああ、これは断トツ1位ですね。予想以上でした。これは20年ほど前のデータですので、おそらく今はもっとひどいことになっているでしょう。

 

 B:適地適作の観点から

適地適作は、ある意味理想的な農業ともいえるでしょう。農作物だって植物ですから、生育に適した土壌・気候があるわけです。それを無視して育てるとどこかに歪が生じます。

例として稲作を考えます。

ご存じのように稲という植物は熱帯~亜熱帯性の植物です。生育条件としては、降水量1000㎜以上、気温は17度以上といわれていますが、もちろんそんな単純なものではありません。原産地はインドの奥から中国にかけてのあたりですね。

そんな稲を日本では、北海道でまで栽培しています。昼夜間の気温差が大きいほうがコメの味は良くなるといわれていますので、東北や北海道はその条件には適合します。しかしそれはリスクを伴います。夏の気温が少しでも上がらないと、たちまち冷害となってしまうのですね。

1993年の「平成の米騒動」あるいは「平成大凶作」を覚えている方もいるでしょうか。

1991年のフィリピンのピナツボ火山噴火が原因で夏の気温が平年を3度ほど下回りました。そのため東北を中心に大凶作となったのです。

平年とくらべたコメの取れ高を示す指標に「作況指数」があります。この年には、宮城県が37、青森県が28、北海道が40、岩手県が30となりました。九州でも70台だったのです。

全国の作況指数は74でした。つまり平年の収量の4分の3しかコメが収穫できなかったのです。

コメ栽培技術が成熟した現代でもこれだけの被害が出たことに衝撃が広がりました。

もちろん凶作の原因は気候なのですが、実は天災と片付けるわけにはいかない人災の側面もまたあったのです。

 (1)栽培品種

 とくに冷害に弱いササニシキの被害が大きかったのです。これを契機にササニシキの栽培は一気に減少しました。もう市場でもほとんど見かけませんね。

 (2)水の管理

 農業機械を効率よく使うためには、水田の畔を低くして水を浅く張るやり方が一般的です。これが被害を拡大させる原因となったといわれています。水田の水には多くの役割がありますが、その一つに冷害対策があります。水をしっかり深く張ることで、稲を低温から守る働きがあるのですね。効率優先の稲作が被害を広げてしまったというわけです。

 結論からいうと、日本の稲作は冷害との戦いの歴史であるといえるでしょう。稲本来の生育地である亜熱帯性の気候風土からかけ離れた土地で栽培を行っているのですから。だから少しの気温変化がたちまち凶作へとつながってしまうのですね。

 

 したがって、適地適作を行うほうが、農作物にとっては理想的な環境で栽培できることになります。収穫量も上がりますし、ビニルハウスのような余計な手間がかからない分、コストも下がります。それを世界各地に輸出したほうが合理的だという考え方が成りたちます。

 

 C:最適な地域で大規模に生産

適地適作を、大規模にすすめるという条件設定になっています。ある意味農業の基本は適地適作なのですから、それだけでは何も問題とはなりません。大規模に生産することがどのような問題を引き起こすのかを考えなくてはいけないのですね。

 

 D:国際的に取引する

さらに、大規模に生産されたものを、国際的に取引することでどのような問題がひきおこされるのかを考えます。

 

 E:より効率的に、かつ安価に食料を確保することができる

これはメリットとしてあげられています。

 

さて、要求されているものが明確になりました。

 大規模に生産することの問題点と、

 国際的に取引することの問題点、この2つを要求されているのです。

まずわかりやすい問題点、国際的に取引することの問題点から考えます。

2.国際的に取引することの問題点

 (1)フードマイレージ

輸送にはエネルギーが必要です。コストを抜きに考えたとしても、無駄なCO2の発生につながります。真っ先に思いつかなくてはいけないのは、この問題です。

 (2)食料安全保障

これは消費地側で発生する問題です。外国に食料を依存することによる問題、いわゆる「食糧安全保障」の問題ですね。気候変動・天変地異・戦乱等により輸入がストップするリスクが常につきまといます。

 

3.大規模に生産することの問題点

 (3)生産地側で生じる問題・・・モノカルチャー

 いわゆる「モノカルチャー」の問題です。単一作物のみの栽培は地力の低下を招きますし、足腰の弱い経済構造となってしまいます。また、病虫害の被害が拡大しやすい問題もありますね。1950年代に、パナマ病とよばれた病害により、当時世界中で栽培されていたバナナの主力品種のグロスミシェル種が全滅したことは有名です。今わたしたちが食べているのはキャベンディッシュ種です。ところでバナナってどうやって増やすかご存じでしょうか? バナナの種ってみたことありますか? バナナを切ってみると、真ん中のあたりが少し黒っぽい小さな粒のようなものが見えます。あれがバナナの種の名残です。したがって、バナナは種で増やすのではなく、地下茎から出た新芽を株分けして増やしていきます。ということは、世界中で栽培されているバナナは全て同じ遺伝子ということになるのです。もしこのキャベンディッシュ種に新たな病害が発生すると、世界中のバナナが一気に全滅する可能性が心配されているのです。

 これは他人事ではありません。前述した1993年の冷害の被害拡大の主因に、ササニシキの単一品種栽培がありましたので。

 (4)食料不足

輸出向けに単一品種の栽培が大規模に行われるということは、現地で普通に食べる食料生産に影響が及びます。

 

4.解答の組み立てかた

 解答としては、上述した問題のうちから2点を書けばよいということになるのですが、もちろん(1)(2)から1点、(3)・(4)から1点をそれぞれ取り上げる必要があります。そうしないと問題の要求に応えたことにはならないからです。

昨今の問題意識を考えると、(2)より(1)のフードマイレージのほうが良いでしょう。(3)と(4)はどちらでもよいと思います。

 

では、各予備校が出した解答を見てみましょう。

5.予備校が出した解答例

 解答例A

農産物の生産や流通過程において,大量の水や化石燃料が使用されるため,環境への負荷が大きい。また,農産物の供給は輸出国の気象変動や政情に左右されるため,輸入が 不安定となりやすい。

この解答は、(1)と(2)の問題を指摘したものですね。

しかし、せっかく(1)について書いたのなら、「フードマイレージ」という用語はぜひ使ってほしいところでした。また注意深く読むと、「農産物の生産や流通過程」において大量の水と書いてありますが、流通過程で水は不要ですので、これは生産過程のことを言っているのですね。しかしどこで作ろうと水は必要です。「適地適作」というのは、その作物の生育に適した気候風土で作ることですので、足りない水を無理やり使うということではありません。いわゆる「仮想水」を念頭に置いた解答だとは思いますが、少々雑な解答です。

 解答例B

適地での災害発生や、適地からのサプライチェーンの機能不全化などの際に、国際的規模で甚大な悪影響が生ずる。また、伝統的農業形態や食文化といった多様な生活様式の淘汰が生じる。

この解答は、(2)と、それから伝統的農業と食文化の喪失を答えました。視点としてはおもしろいですが、よく考えるとおかしな解答です。そもそも「伝統的農業形態」って何でしょうか? 焼き畑でしょうか? 需要に応じて農業は変化し続けています。日本で考えてみてください。まさか棚田を残せとかそういう思想ではないですよね。農業は産業ですから、そこに残すべき伝統などありません。常に利益を求めて進化し続けています。また、食文化が淘汰されるというのは、ちょっと意味がわかりません。生産地のことだとすると、その土地の気候風土に合った作物を栽培することでその土地の食文化が淘汰されるという意味不明な指摘となってしまいます。もしかして多様な農産物の生産がなくなることを言っているのかもしれません。それならまあ良いと思います。あるいは、消費地での食文化を意味しているのでしょうか。例をあげます。冬至にかぼちゃを食べるという食文化がありますよね。もともとは長期保存が可能なかぼちゃを冬至に貴重な栄養源として食べたのがはじまりです。しかし、今や冬至の時期にスーパーに並べられているのは、南半球で生産されたかぼちゃばかりです。そのかぼちゃを食べることで日本の食文化が喪失するのでしょうか? むしろ食文化の維持に貢献していると思うのですが。なんとなく伝統的な何かや食文化が喪失すると書くと、いかにももっともらしく賛同してもらえそうだから書いたようなきがします。

 解答例C

輸出する生産国では、単一栽培や農薬の大量投下による地力低下や植生破壊などの環境問題を招き、輸入する消費国では、農業の衰退によって自給率が低下し、安定・安全な食の供給が脅かされる。

これは、(2)と(3)を指摘した解答です。しかしひっかかるのは、「農薬の大量投下による地力低下と植生破壊」の部分ですね。適地で栽培しないほうが農薬の必要性は高まります。これは「大規模な栽培」についての問題点指摘なのですね。しかしシンプルに考えると、消費量が一定だと仮定すると、どこで栽培しようと農薬は必要ですし、もともと農業そのものが植生破壊で成り立っている産業です。したがってこの指摘は論点がずれています。単一栽培が農地に負荷を与えるということはわかります。

 解答例D

生産地域の側では経済のモノカルチャー化が進行し、異常気象や国際価格変動による脆弱性が生じる。受け入れ側では食料の海外依存度が高まり、輸入相手への従属や伝統的文化の破壊が問題となる。

(3)と、あとは(2)をかすめたような解答です。

ただし、「伝統的文化の破壊」がよくわかりません。これも解答例B同様、「伝統的文化の破壊」と書くともっともらしく聞こえるから入れただけですね。そんな姑息なことをせずに、食料安保のことを丁寧に書いたほうが良かったと思います。

 

また、細かい指摘をすると、設問では

想定される問題点を2つ挙げて、3行以内で説明しなさい。

と指示が出ています。わずか3行ですから余分なことを書く余裕はありません。さらに2つと指示されているのですから、様々な問題点の中から解答にふさわしい問題点を2つに絞って書く必要があります。

解答例をよく見てみると、3つ以上の問題点を入れ込んだ解答が多いですね。

そのため「全部乗せ」のラーメンとか丼もののような印象を受けてしまいました。もしかしてこのほうが高得点につながるという判断なのかな? 日頃から生徒には「解答はシンプルに」と指導をしてきているもので、違和感を感じてしまったのです。

 

いずれも、その道の「プロ」が作った解答ですので、そうとう厳しく重箱の隅をほじくらせていただきました。解答を作成した予備校の先生方をけなすつもりはありません。受験生に対して、これくらい注意深く問題を解析して解答を組み立てる必要があるのだとアドバイスしたくて取り上げさせてもらいました。

 

みなさんなら、どの解答が良いと思いますか? そしてみなさんならどのように解答されますか?