今年の女子学院中の社会科は、「水」がテーマでした。
地理・歴史・公民分野のすべてが水関連の出題です。これはなかなか意欲的ですね。こうした問題を解くのは楽しくてしかたがないです。逆に、適当に作られた(としか思えない)つまらない問題を解くのは苦痛です。
ではさっそく、楽しく解いていきましょう。
1.歴史
問1 縄文時代に井戸が作られなかった理由
この問題のおもしろいところは、(1)で「縄文時代の人が井戸をつくらなかった理由を考えるためには何を調べればよいですか」と聞いている点です。選択肢は以下の4つです。
ア.縄文時代の遺跡周辺の地形がわかる地図
イ.縄文時代に使用されていた大工道具
ウ.縄文時代の遺跡の海抜
エ.縄文時代の平均気温と降水量の変化
これだけみると迷いますね。イの大工道具については、そんな物は資料集にも載っていなかったから違う、と判断できますが、確信は持てません。自分が知らなかっただけの可能性もありますからね。実はこの問題は、次の(2)を見るとヒントがあったのです。
(2)(1)で選んだものからわかる、井戸をつくらなかった理由としてふさわしいものを選びなさい。
ア.水は重く、くみ上げるのが大変だったから。
イ.井戸をつくる技術が不足していたから。
ウ.気候が安定していたから。
エ.井戸をつくらなくても水が得られる場所に住んでいたから。
これをよくみれば、(1)とリンクしていることがわかりますね。(1)と(2)の選択肢を結びつけるとこうなります。
アーエ、イーイ、ウーア、エーウ
ここで、「そもそも井戸って何だ?」と考えれば、そのままでは水が得られぬところで発達したことに思い至れば正解はアーエだとわかると思います。そこで「そういえば、上総掘りって、水が得にくい房総半島で発達した井戸掘り技術だったな。」などと思いつけば最高です。わざわざ井戸を掘らねば水が入手できない土地に住む理由はありません。川の近く、湧き水がある場所、そうした土地を選んで暮らせばよいのですね。
問4 飲料水の得にくい都市を選ぶ
平城京・平安京・鎌倉(鎌倉時代)、この3都市から、最も飲料水が得にくかった都市を選び、選んだ理由を答える問題です。
これは難問ですね。
そもそもこの知識は受験生にはありません。自分の知っている知識を総動員して考えるしかないのです。
たとえばこんなことを思い出した受験生もいたことでしょう。
「加茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」
白河上皇が天下三不如意としてあげたものですね。鴨川は暴れ川として知られ、たびたび氾濫し水害をもたらしました。さて、そんな水量豊かな川が真ん中を流れているのですから、平安京は水不足になりにくいのではないか? と推理できます。
次に平城京を考えてみます。これがわからない。生徒のおぼろげな知識では、平城京にも河川が流れていたような記憶がある程度です。あるいは、平安京と似ている地形だから、と考えた生徒もいるでしょう。
そして鎌倉。三方を山、前を海に囲まれた地形で、河川がなかったような印象を持っていると思います。そこで鎌倉を選び、その理由としては、「三方を山で囲まれた地形で大きな河川がなかったから。」とでも答えたのではないでしょうか。
実はこの問題はそうとうやっかいな問題です。実は、平城京も飲用水の問題を抱えていたからです。飲用水の水源となる川は1つだけで、10万人もの人口を支えることはできず、地下水も豊かではないことに加えて生活排水の汚染問題を抱えていました。
そして鎌倉については、地形から水が得にくいことは予想できるものの、「鎌倉五名水」などとよばれる湧水があるからやっかいです。
問6 都市でのし尿処理について
都市ではある時期からし尿を垂れ流さずに汲み取り式に変わっていきました。その背景についての選択問題です。
ア.平安時代に街の見た目をきれいに保ち、悪臭を防ぐ観点から、し尿の処理に規則をもうけるようになった。
イ.鎌倉時代に各地に陶器が広く流通するようになり、し尿を大きな壺に溜めておくようになった。
ウ.室町時代に、し尿が農業の肥料として使われ、捨てずに活用されるようになった。
エ.江戸時代に城下町に人口が集中するようになり、幕府や藩が住宅密集地に公衆便所を設置するようになった。
さてこの問題はどうでしょうか。どれも正しそうにも間違っていそうにも見える選択肢ですね。おそらくひっかけはエかと思われます。江戸時代の江戸は人口が多いにもかかわらず、町にはりめぐらされていた水路は綺麗に保たれていました。そういえば上野の不忍池は蛍の名所だったそうです。今では想像もつきませんが。町で大量に生み出されるし尿は、近隣の農村で肥料として使われていました。けっこう高値で取引されていたそうですね。そうした知識は基本知識としてもっている受験生が多かったと思います。そこでエを選びたくなってしまいます。注意深い受験生なら、幕府や藩が設置していたというところが気になったことでしょう。ウについても悩ましい。し尿が肥料として用いられるようになったのは鎌倉時代とされています。室町時代には普通に使われていました。この選択肢の文章を、「室町時代から使われるようになった」と読むべきなのか、「室町時代には使われていた」と読むべきなのか。
2.歴史の続き
問4 東京で上水道整備が優先された理由
東京では上水道と下水道の両方を同時に整備することが難しく、上水道整備が優先された、その理由として不適なものを選ぶ問題です。選択肢はこうなっていました。
ア.上水はすぐ人の口に入るものなので、下水より影響が大きいから。
イ.上水は一度整備すれば、維持費用がかからないから。
ウ.上水は火事が起こった際の水道消火栓としても利用できるから。
エ.上水は利用料金をとることに理解が得やすいから。
小学校の社会科見学で浄水場を見に行く学校も多いですね。また、お住まいの地域の上下水道に関するリーフレットが配られたりもしますし、教科書に出ていたりもします。そのため入試にもよく出されるテーマです。ただ、この問題の聞かれ方に少し迷った受験生も多そうです。
水道にお金がかかることは常識です。水を出しっぱなしにして「水道代がもったいないでしょ!」と怒られたことのある子は大勢いるでしょう。あるいは、昨年川崎市の小学校のプールの水を出しっぱなしにして、数十万円を先生が請求されたニュースを知っている子もいたかもしれません。しかし、下水道にもお金を支払っていることは盲点かもしれません。エが迷いどころだったでしょう。ただし、イがあきらかにおかしいので、正解することはそう難しくはありません。
問5 現在の水道について
正誤問題です。間違っているものを2つ選びます。
ア.家庭の蛇口から出てくる上水は、川や湖からとった水を浄化していつくられている。
イ.上水の水質は、安全基準が法律で定められている。
ウ.上下水道とも、その整備・運営・管理は一括して環境省が担っている。
エ.生活排水は、下水処理場(水再生センター)で浄化された後、河川に流されている。
オ.上水の水質は、浄水場で検査されるが、下水については検査されることはない。
カ.震災が起きた際、下水道管につながるマンホールは、トイレの代わりとして使われる。
東京都水道局によると、水道水の水源は、河川水・湖沼水(大半がダム)で3/4を占めています。残りは伏流水と井戸水ですね。そういえば東京の多摩地域で、米軍横田基地が原因と疑われる有機フッ素化合物(PFAS)が地下水由来の水道水から検出されて大問題となっているニュースを知っている生徒も多いでしょう。
さて、記号選択のアは、地下水を否定してはいませんが、×に近い△として保留します。選択肢のウは、上下水道の整備が地方自治の仕事であることを思い出せばわかります。エは小学校でも習っているでしょう。
オは迷いますね。下水ですからね。検査してどうなる?と常識で判断したくなります。
しかし、工場の排水を下水に流す際には検査が義務付けられています。下水を排水まで広げてとらえることができたでしょうか。
カについては、教え子に聞いてみると知りませんでした。こうした災害対策関連や環境問題関連の知識は意外な盲点です。塾側としては、「それは小学校でやってるでしょ」と思っているのですが、扱わない小学校も多いのです。かといって、裾野が広いこの分野は、いわゆる教科学習のカリキュラムには入れていない塾がほとんどです。
www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp
問6 都市型水害と地下水不足の解消
これは簡単な記述でした。透水型舗装について書きましょう。
問7 現代の東京のくらし
こんな選択肢から正しいものを2つ選びます。
ア.使用される水道水のほとんどは、都内を水源としている。
イ.家庭から出る下水のほどんとは、都内で処理されている。
ウ.使用される電力のほとんどは、都内で発電されている。
エ.家庭から出る可燃ごみのほとんどは、都内で焼却されている。
まずアについてはすぐわかるでしょう。東京の水道の水源は、利根川水系・荒川水系・多摩川水系となりますが、その大半が都外となります。ウもおかしいことはわかりますね。水力発電や原発を考えればわかります。問題としては簡単でした。
3.地理
問4 海洋深層水について
沖縄における海洋深層水の利用法についての選択問題です。食塩の塩・製鉄所の冷却水・飲料水・化粧水・水洗トイレの水、それらから誤っているものをすべて選びます。わざわざ海洋の深層からくみ上げた水であることを考えるだけでした。
問9 ミネラルウォーター
ミネラルウォーターの生産が多い都道府県を選び、選んだ理由を「自然環境面」と「費用」から答えるという問題でした。
4.現代社会
問6 水資源の必要量
水資源を一番必要とするものを選び、それが水資源を必要とする理由について説明します。
ア.浴槽に湯をはり、15分間のシャワー使用
イ.小麦200グラムの生産
ウ.ホースによる庭への1時間の水まき
エ.ステーキ用の牛肉200グラムの生産
具体的な使用量までは知らないでしょうが、エが怪しいことはすぐにわかると思います。ちなみに牛肉1㎏の生産には水が2万リットル必要とされています。
問8 GDPと水使用量の散布図
GDPが大きい国、つまり先進国ほど一人当たりの工業用水と生活用水の使用が多いことはすぐにわかりますので問題としては簡単です。
しかし、散布図というグラフについてはあまり馴染みがない生徒が大半だと思います。「変なグラフ!」などと思わずに丁寧に解けたかな?
ざっと女子学院の問題を見てきました。
この学校は、私の感覚としては、「難易度が少し高めの標準的な入試問題」に位置付けています。問題数もB4で5ページ分、解答用紙もB41枚とたっぷりとあります。知識については基本から応用まで、記述問題も数問出されており、なかなかの良問ぞろいです。これくらいの問題がきちんと解答できる力があれば、大半の学校で合格点がとれるようになります。男女問わず、ぜひ取り組んでほしい入試問題のひとつです。
昨年の問題についてはここで分析しています。