中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

海外でがんばる太郎君への手紙:高校入試に向けた社会科学習法

今回は、日本の高校受験をめざして海外でがんばっていた太郎君(仮名)の社会科の学習相談に応えた手紙を紹介します。

 

1.太郎君のおかれた状況

 もともと太郎君は中学入試を目指して海外の某都市で学んでいたのですが、中学生になる直前に別の都市へとスライド駐在が決まり、目標を高校入試に切り替えたところでした。

 リモートで受験した日本の塾が実施した模擬テストの社会科の結果が思わしくなく、そのことについての相談が私のところにあったのです。

 太郎君は日本のトップレベルの学校を志望しており、その学校には帰国生の特別枠入試がありませんでした。

 そのため、中受を目指していた時期には算国理社の4科目、そして高校入試に向けては英語を加えた5科目の学習が必須となります。

 しかも、太郎君の滞在していた都市、新たに滞在が決まった都市のどちらにも、日本の塾はありません。気軽に学習相談ができる環境ではなかったのです。

 海外で学ぶ受験生にほぼ共通した課題として理社の学習方法があげられます。

情報・指導者・教材すべてが不足している環境の中で、必死に頑張っている受験生を何とか応援してあげたいと思います。

そこで、太郎君にメールで学習法等をアドバイスすることにしました。

 

2.太郎君へのメール

 

 今回のテストは難しかったようですね。もう解説はチェックし、復習は終わりましたか?テストを受ける最大の目的は、高い得点を取ることではなく、現在の自分の弱点を洗い出すことにあります。不確実な知識やケアレスミス等、全てが現在の太郎君の弱点です。その弱点に正面から向き合い、一つ一つ解決していきましょう。

 

 (1)常識問題

 この問題は、基本的な世界地理の常識問題ですね。おそらくはちょっとした勘違いでミスしたのだと思います。

 アメリカ最大の人口の都市であり、金融や国際政治の中心都市といえば、どう考えてみてもニューヨークですね。国際連合の本部もニューヨークにあります。人口をみてみても、ニューヨークだけが800万人を超え、2位のロサンゼルスの380万人を大きく引き離しています。ちなみに、人口順は、ニューヨーク・ロサンゼルス・シカゴ・ヒューストンと続き、サンフランシスコは13位の80万人ほどです。この問題は間違えてはいけませんでしたね。

 こうした「常識問題」は、実は海外に住んでいると最も対策の難しい問題といえます。日本の普通の中学生ならば、日常的に会話の中で、あるいはテレビをみながら、何となく頭に入ってくる知識というものがたくさんあるのです。海外に住んでいる場合は、こうした常識といえる知識を、意図的かつ系統立てて身につけなくてはなりません。

 (2)基本問題

 この問題も世界地理の基本問題ですが、こちらは問題が世界の各地の知識に飛ぶために、少々解きにくい印象があったかもしれません。5問ほど正解はしていますが、記号選択問題ですし、厳しい言い方をしてしまうと、いわゆる「当て勘」でもとれる点数です。

 

 (3)世界地理の学習法

 このような世界地理問題を得意にするためには、いきなり全世界に目を向けるのではなく、アフリカ・ヨーロッパ・北米・アジアといったように、地域別に丁寧に知識を仕入れていくような学習が効果的です。

 例えば、せっかく海外の都市に住んでいるわけですので、「自分の住んでいる地域の知識だけは負けない!」といったように得意な地域をまずは作り、それを徐々に広げていくとよいでしょう。

 

 (4)空欄を残さない

 この問題だけではありませんが、全体的に気になる点として、空欄の多さがあげられます。

知識問題で5問、記述問題で2問、空欄となっています。

確かに知識問題に関しては、知らない言葉はいくら考えても思いうかばないわけですが、それでも、たとえ単語を創作してでも何か答を書く意気込みが欲しいです。

もちろん、○はもらえないでしょうけれども、一所懸命考え抜いて書いた単語が×になった後に正解を見るのと、空欄のまま×になった後に正解を見るのでは、知識の定着度が大きく異なります

また、記述は配点が大きいものです。

絶対に空欄にしてはいけません。

エスカレーターの段差と手すりの下部との間にブラシが設置されて隙間ができないようになっている」という説明から、いったいどうしてそんな構造になっているのかを必死に推理してみましょう。

そもそも、エスカレーターの隙間があるとどんな問題があるのか? その隙間を防ぐことでいったいどうしようとしているのか? 日本ではどうして隙間があっても良いのか? このようにして考えていくことで、正解そのものではないとしても、部分点がもらえる答案が書けるようになるのです。

 

 (5)日本地理の学習

 今回のテストでは出題されませんでしたが、日本の地理については、海外生は日本に住んでいないから不得意でも仕方がない」という言い訳をしたくなりますので注意が必要です。

それでは、日本国内の生徒が「海外に行ったことが無いから世界地理はわからない」と言っているのと同じことになってしまいます。

世界中をすべて見てまわるのは不可能です。

行ったことのない地域でも、様々な情報を駆使して、どんな気候風土でどのような生活が営まれているのかを想像することが地理の学習の醍醐味なのです。

例えば、今回の問題でもオランダの干拓地の呼び名(ポルダー)を答える出題がありました。

国土の多くを干拓で広げたオランダですが、干拓地は地盤沈下を引きおこしやすく、排水のための工夫が欠かせません。

そのために風車が多く設置されました。

また、高低差が無いために川の流れを利用した水車による製粉も難しく、小麦粉をひくためにも風車は必要だったのです。

オランダといえば風車の風景が思いうかびますね。実際に行ってみると、排水や製粉用の風車はもう残ってはいませんが、代わりに発電用の風車を多く見かけます。

また、自転車が広く普及しているのも、高低差の無い平坦な地形が影響しています。

こうした知識を持ってから現地に行くと、「なるほど!」という感動があり、地理の学習が楽しくなってきますね。

 

 (6)歴史の問題

弥生~奈良時代

 推古天皇が漢字でしっかり書けたところは良かったですが、後が続きませんでしたね。

この時代の日本は、すすんだ隣国の中国からあらゆる文化・技術を吸収して発展していきました。

それはそうですよね、何せ中国はアジア最古の文明を誇る国で、その歴史は紀元前5000年以上前にさかのぼるわけですから。

日本がまだ縄文時代で稲作を知らなかったころ、すでに中国では王国が栄え、文明が発達していました。

日本の様子が初めて中国の歴史書に登場するのが、漢書地理志」です。そこには、紀元前一世紀に、朝鮮半島のさらに東の海の向こうに倭人がいて、百余りの国に分かれていることが記されています。

弥生時代に稲作が普及してから300年ほどたった日本が、ムラからクニへとまとまりつつある様子がうかがえます。

さらにその百年ほどのちの日本の様子については、後漢書東夷伝に、倭の国の一つ、「奴国」の王が、光武帝から金印をもらった話などが書かれています。

実はこの後にも、「魏志倭人伝によれば邪馬台国卑弥呼が、宋書倭国伝」によれば倭の五王の一人「武」(=雄略天皇=ワカタケル大王)が、次々と中国に貢物を差し出して家臣として認めてもらっています。中国の歴史書については入試頻出ですので、きちんと整理しておきましょう。

中国の歴史書

ところで、このワカタケル大王の文字は、埼玉県の稲荷山古墳の鉄剣に刻まれていました。

1978年に文字が解読された時には大ニュースになったものです。

そこには、ワカタケルの家臣のオワケという豪族が刀を作らせたことが115文字刻まれていました。

この解読により、熊本県江田船山古墳の鉄剣の文字も読めるようになり、そこにも同じワカタケルの名前があることがわかりました。

このワカタケル大王(おおきみ)が、日本書紀に登場する雄略天皇とされています。当時の大和政権の勢力が九州南部から関東北部まで届いていたことが見事に実証されるのです。

話を戻しますと、アジア最古で最強最大の中国の家臣に正式に認めてもらうことが、自国をまとめる権威として重要だったのですね。

中国としても、周囲のアジア諸国は、みな自分より劣っている(歴史や文化や技術や経済力などなど)わけですので、主(あるじ)と家臣としての付き合い方しかできないのです。

このような考えを中華思想と呼びます。このような関係はかなり長く続きます。

足利義満による日明貿易も、朝貢貿易という、主従関係をともなうものでした。

遣隋使・遣唐使と、多大な費用と犠牲を払いながらも続けたわけがこれで見えてきますね。

大化の改新も、中国の進んだ政治制度に触れた留学生たちから情報を得た中大兄皇子中臣鎌足による一種のクーデターでしたし、そこで無理やり導入した律令制が実は日本の環境には合っておらず、やがて口分田不足を招き、崩壊していくのです。

 

平安~鎌倉時代

 平安時代は、とくに後半は「平安」どころか「戦乱・混乱」の時代です。

前述した律令制が崩壊していく中で、都の貴族たちだけが優雅な文化を楽しんでいましたが、その反面、放置状態ともいうべき地方の政治が乱れに乱れ、実力主義の武士が発生してきた時代です。

平家滅亡を物語った「平家物語」の冒頭には、諸行無常の響きあり」とありますが、この「諸行無常」とは、あらゆることが「常」でない、つまり移り変わって変化していることを示しています。

この混乱した時代の人々を救うために、「浄土教」が生まれ、やがて鎌倉時代には「浄土宗」「浄土真宗が誕生しました。

みな、混乱した時代の人々を、死後の「極楽浄土」へと極楽往生させることが目的です。

 

 記述問題

ところで、最後の記述問題は重要です。

そもそも貨幣にはどうして価値があるのか?を考えなくてはいけません。

金のように、その金属自体に高い価値が認められるのならともかく、宋銭にしても、明銭にしても、銅でできており、金属自体にはほとんど価値がありません。

これは、現代のコインや紙幣でも同じですね。

それなのに、私たちは、紙幣(良く考えればただの汚い紙切れです)やコイン(これもすり減った汚い金属です)をもらうとうれしいですし、それを使って買い物をすることができます。

それは、紙幣やコインを使う私たち全員が、価値を認めているからであり、それはその価値をその国の政府と中央銀行が保障していて、私たち全員が国の政府と中央銀行を信頼しているから成り立つ仕組みなのです。

余談ですが、とんでもないハイパーインフレを起こして有名になったアフリカのジンバブエでは、通貨の信頼が失われた結果、300兆ジンバブエドルの値打ちが、日本円で1円程度にまで下落してしまいました。

さて、通貨の価値がその国の信頼度に支えられていることがわかれば、この時代の日本の貨幣に価値が認められないことが容易に想像できますね。

 

 (7)歴史の学習法

 ここで、歴史の学習法について考えてみましょう。4通りのやり方があります。

①おもしろそうな歴史上の人物を扱った映画や小説・マンガなどを見て、歴史ドラマを楽しみながら歴史を好きになる。

②得意な時代をつくり、その時代だけは詳しくなる。

③歴史全体の流れを把握し、徐々に細かい知識を身に着けていく。

④まずは、知識を暗記していく。

 

 ①のやり方は、得点UPには思ったほどの効果はありません

「まずはマンガでも何でも良いから読んで、歴史を好きになることから始めよう。」とは、いかにも良さそうな勉強法に聞こえますが、実際には無駄が多すぎます。

小説やドラマは、ストーリーを面白くするために歴史上の人物を利用しているだけであって、細かい人物にはやたらと詳しくなる一方、問題が解けるようには一向にならないものです。

例えば、歴史上の人物としてとても人気がある坂本竜馬新選組ですが、入試には全くといってよいほど登場しないのです。

 ②のやり方も、趣味としての歴史の学びとしてはとても良いやり方ですが、得点力には直結しません。

もちろん、歴史はおもしろい教科です。興味が持てる時代があれば、いろいろ自分で調べてみるのもよいでしょう。もし住んでいる都市に博物館でもあれば、そこの収蔵品を眺めているだけでも、それらが作られた時代や場所に興味がわきますし、それが運ばれた経緯もとても気になります。あくまでも趣味としての学習ですが。

 おそらく、ほとんどの大人が、③のやり方を推奨すると思います。

一見理想的に思えるやり方ですが、これは大人向き、あるいはある程度の知識がある人向けの学習法で、歴史が苦手な中学生向きではありません。

大人の社会では、大まかな全体像をつかむことが非常に重視されており、細かい枝葉の知識は、その都度調べることで対処するのが通例です。

しかし、中学生は、何と言っても知識が無いことにはまったく勝負になりません。

ある程度の知識が入った後でなければ、歴史を概観するための視点が自分の中に作れないのです。

さらに、高校の入試問題は、時代背景の深い理解を求める問題はあまり無く、「知っている/知らない」で勝負のつくような知識問題が大半です。

 

そこで④のやり方が大切なのです。

 まずは、歴史の年代を100個、丸暗記してみましょう。

いやいや、そんなには難しいことではありません。

100個の年代と、歴史の事件を一覧表に作り、それをぶつぶつと言葉で唱えながら丸暗記していくだけです。

※中学受験で受験生が暗記する年代は、100個程度ですが、太郎君が志望する学校のレベルなら、おそらくは150~160個程度は皆覚えていくと思います。中学受験の話ですよ!

 

ここで大切なのは、書かないことです。

書くと時間がかかって面倒くさいですからね。

また、単語カードのようなものもやめた方が良いです。一覧表を使うのが、そして言葉だけで覚えようとするのがコツなのです。

この一覧表を、例えばトイレの壁に貼って、毎日5分でよいので、声に出して読み上げながら、丸暗記にチャレンジしてみてください。

ただし、せっかく覚えてもすぐに忘れてしまうと思います。

それでOKです。

絶対忘れないように暗記するのなんて、不可能です。

忘れたら、また覚えればよいのです。気楽にとりくんでみましょう。

 こうして年代表を丸暗記してしまうと、これが強力な武器になります。さまざまな事件や人物名を、この頭の中にある年代表のあちらこちらに付け加えていくだけで、知識が驚くほど頭に入りやすくなってきます。ここまでくれば、おそらく、歴史の問題は得意な問題へと変化してくるはずです。

 

 ところで、この暗記法は、他の知識の暗記にも応用できます。

例えば、歴史の人物を100人ピックアップして、左にキーワードを、右に人物名を書いた一覧表を自分で作ってみるとよいでしょう。

あるいは、地理についても、キーワードを整理した表を作るのはとても効果的です。

 

 (8)年代暗記のやり方

1.書かずに声に出して覚えよう

2.短時間で何度も繰り返そう

3.一度に長時間やらずに、毎日繰り返そう

4.語呂合わせはやらないこと

 

①このような一覧表をつくる。

年代暗記

 20個の年代と出来事をまとめる

 →全部で5枚分(100行)作る

・最初の20題を覚える

・年代を紙で隠し、最初から答えを読みあげるようなテスト形式でチャレンジ

・見た瞬間に答えの年代が出てこない場合は、思い出そうとせずに、すぐに答を見る

・答を見たら、最初に戻ってスタート

・20個の年代を、一度もつかえずにすらすらと言えるようになるまで繰り返す

②次の20題を同じ要領で覚える

③40題を通して練習

④同じ要領で、20題ずつ増やしていき、最終的に100題の年代をすらすらと言えるようになるまで練習

⑤次は、年代を見て事件・項目を言う練習を同じようにしてやってみる

⑥最後に、事件・項目をきちんと漢字で書く練習をすること

 

年代暗記は要領さえわかれば、簡単に覚えられます。パーフェクトめざして何度も練習してください。

 

 社会科は、世の中のことを理解するのにとても役立つおもしろい教科です。

ただし、その面白さを味わうためには、ある程度の知識は必要です。

受験に必要だから勉強するのではなく、世の中をより深く理解し、あるいは教養とよばれるものを身に着けるために、しっかり学んでいきましょう。

次回のテストを一つの目標として、頑張ってください。