2024年中学入試問題が続々と公開されています。
これから少しずつ、気になった入試問題について書いていきたいと思います。
1.裁判に関する問題
冒頭の大問1からおもしろい問題が出ました。
生徒たちが刑事裁判の傍聴に行ったというしつらえの文章を読んでから設問に答えます。まず裁判長が被告人に氏名等を尋ね、検察官が起訴状を読み、そして裁判長が被告人に何といったかを選ぶ問題でした。
1 あなたには黙秘権があります。この法廷で聞かれたことに対して始めから終わりまでずっと黙っていることもできるし、答えたくない質問には答えない、ということもできます。答えた以上は有利にも不利にも証拠になります。
生徒たちは「黙秘権」については学んでいます。日本国憲法で国民の権利について学ぶ際、38条も習います。
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
② 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
③ 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
ここを扱うときは、まずは大逆事件について触れて説明します。31条~40条のあたりは、まるで犯罪者を守るかのような条文が並んでいますからね。戦前の扱いを説明したうえで、人権を守るためにこれらの条文があるのだと説明します。
しかし、ここの説明はあっさりとすすめます。あまり詳しく説明してもしかたがないからです。本当は冤罪についても語りたいことはたくさんあるのですが、現在進行形の袴田事件の話題など、なかなか小学生には説明しづらいところがありますので。
そこで生徒たちは、
「黙秘権というのがあったなあ。たしか警察に逮捕されたり取り調べされたりするときに黙っている権利じゃなかったかな? さて、裁判のときも黙秘してていいのかな? どうだろう。まあ、この選択肢は〇に近い△で保留して次を読もう」
このように考えたことでしょう。
次の選択肢を見てみます。
2 あなたには裁判所で迅速な公開裁判を受ける権利があります。傍聴している人もいますので、この裁判では聞かれたことに対して正直に答えてください。そうしないと、あなたに不利な判決になってしまう可能性があります。
これは迷いますね。受験生はきっとこのように考えたことでしょう。
「裁判の原則に公開ってのがあったよな。なんか秘密のうちにこっそり裁判されると、人権が守られないかもって習った気がする。だから裁判を傍聴することができるんだよな。じゃあ〇なのか? でも、もし自分が犯人だとして、正直に私がやりました、なんて認めるんだろうか? それじゃあそもそも裁判にならないよ。正直に答えれば不利だし、この選択肢にあるように正直に答えないと不利な判決になってしまうって、何か矛盾してないか? じゃあ×かな?」
これももやもやしてはっきり決められない選択肢だったことでしょう。さらに、裁判の迅速化について習ったことなどがあれば、もっと迷います。
次の選択肢はどうだったでしょうか。
3 あなたには嘘を言わないという宣誓をしてもらいます。この裁判で聞かれたことに対して嘘をつくと、偽証罪という罪で処罰されることがありますから注意してください。
さあ、ほとんどの受験生は偽証罪は知らないはずです。したがって、この選択肢が正しいのか間違っているのかの判断がつきません。そういうときは△印にして保留する、そう叩き込まれているはずですので、ここはきっと△にしたことでしょう。
ちなみに、偽証罪というのは証人に対して適用されるもので、被告人には適用されません。もし「偽証罪」という単語を聞きかじったことがある受験生なら、逆に危険です。これを選んでしまうかもしれません。しかし、選択肢2と同様に、嘘をついてはいけないとすると矛盾することに気がついたかもしれません。
4 あなたは弁護人を選任することができます。また、あなたが貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができます。
これもまた微妙な選択肢ですね。37条にある項目ですが、さすがにここまで細かく教えている塾はないでしょう。それでも渋幕受験生ですからね。もしかして塾の社会科の先生が教えている可能性もあります。「たとえお金がなくても国が弁護士をつけてくれるんだよ」というように。これは、中途半端に聞きかじっているとかえって危険ですね。「あっ、これ習った! これが正解!」となりかねません。
もう裁判が始まっているのに、まだ弁護人をつけていないのはおかしいのでは?という常識が働いたかどうか。
大問1の問1から生徒をたっぷりと悩ませる出題でした。
問4 裁判の公開についての正誤選択問題です。
・日本人は誰でも裁判を傍聴できますが、外国人には認められていません。
・法廷では撮影や録音、描画やメモをとることは一切認められていません。
これは簡単に見えます。まず、傍聴は誰でもできる、と生徒は習っています。外国人だけを排除するのは不自然ではないか? と判断できると思います。例えば外国人が原告だったり被告人の裁判の傍聴を家族ができなくなるのはおかしいぞ、こういう常識が働いてほしいですね。
しかし、次の項目がやっかいです。一部の受験生は、新聞やテレビの報道で、なぜか裁判の風景は絵で報道されていることを知っているでしょう。なるほど、撮影はダメだったはずだ。こう考えて、2つ目は〇と判断しそうです。
しかし、裁判所のHPにはこうなっています。
法廷内で傍聴する際は,次の事項を守って下さい。
大きな物,危険物,棒,旗,プラカード,ヘルメット,ビラその他裁判官,又は裁判所職員から禁止されたものを持ち込まないこと
はちまき,ゼッケン,たすき,リボン,腕章その他これに類するものを着用しないこと
服装を整え静粛にし,発言,放歌,拍手などの騒がしい言動をしないこと
許可を受けないで,写真を撮ったり,録音をしたりしないこと
法廷に入る前に携帯電話などの電源を切ること
その他裁判官の命令,又は裁判所職員の指示に従うこと以上の事項を守らないときは,入廷を禁じられ,又は退廷を命ぜられるほか,処罰されることがあります。
メモ禁止とはなっていないのですね。
実は、「法廷メモ訴訟」と呼ばれる裁判が三十数年前にあったのです。アメリカの弁護士レペタ氏が、裁判中のメモをとる許可を7回却下され、訴えたという裁判です。レペタ裁判とも呼ばれる裁判は最高裁まで争われ、氏の損害賠償請求は認められなかったものの、メモを取ることは認められました。これを機に、裁判所の傍聴の注意書きが一斉に書き改められたのですね。法廷画家が裁判中のスケッチができるようになったのもこの後です。
「描画」は禁止されていないはずだ。それに「メモ」がとれなければ報道できないよ。
こんな判断がいったいどれくらいの受験生にできたことでしょう?
問5 「・・・裁判は平日の日中に開廷しますが、休日や深夜にも裁判官が裁判所に宿直しているのだそうです。」
これについて、どのような目的で宿直していると考えられますか。
こういう記述問題です。解答欄のスペースは1行程度です。
この問題がわかった受験生っているんですかね?
宿直の理由は、刑事事件の令状発付依頼に対応するためなのですが。
問6は、裁判所の法廷の見取り図から最高裁判所と下級裁判所を選び分ける問題です。裁判員裁判はわかりやすいのですが、裁判官が1人の1人制と複数人の合議制って知ってるのかな? あと、最高裁判所の大法廷はずらりと裁判官が横一列で弁護人と検察官が並んで前を向いているのも知らないと思うのです。まあ最高裁の小法廷が出ていなかっただけましかもしれません。
問8はおもしろい問題でした。ライドシェアを実現するためにどんな規制を緩和すべきかを考える記述問題です。みなさんは海外でウーバーを使ったことはありますか? あれって便利ですよね。とくにアメリカでは、タクシードライバーが道を知らなかったり英語がうまく通じなかったり(私の発音のせい?)しますしね。いつだったかニューヨークでドライバーが道を間違えて高速道路を反対方向に走りだしたことがありました。途中で気が付いて指摘しましたが、急いでいたので冷や汗をかきましたね。タクシー車中でもグーグルマップを注視していないととんでもないところに連れていかれたり遠回りをされたりします。その点、ウーバーは車も綺麗ですし、サービスもよくて価格が安く決済が楽といいとこどりです。道案内不要なのも素敵です。
渋幕社会って、なかなかの思考力系良問も見かけられるのですが、なんというか全体的に粗い印象を私は持っています。受験生側に寄り添っていないのですね。「これくらい知ってて当然だよね? うちを受けるのだから」と上から目線の出題が多いように感じてしまうのです。