中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

2024入試問題 国語 同じ文章が複数校で出題

2024年の国語の入試問題を見ていると、今年も複数の学校で同じ作家の同じ小説からの出題が見られます。まあ入試問題に出題しやすい文章はどの学校の先生も探していますからね。どうしても出題がかぶってしまうことは避けれられません。そんな文書の中から、今回はこの作品に注目してみました。

1.出題作品

「君の話を聞かせてくれよ」(村上 雅郁)です。

作者の村上 雅郁氏は、過去にも「キャンドル」「りぼんちゃん」といった作品が中学受験に出題されています。今回の「君の話を聞かせてくれよ」は2023年の4月に出版されました。とある中学校を舞台とした7編の連作短編が収録されています。短い文章の中に、それぞれ「何か」をかかえている登場人物たちの気持ちの揺れや成長がさわやかに描かれています。もういかにも入試問題に出題するために書かれたような(もちろん違います)作品です。短編集ですから学校によって使った作品は違うのですが、今回は「タルトタタンの作り方」からの出題を紹介します。

 (1)作品出題校

この短編を出題したのは、私が気が付いた範囲では、海城中・学習院駒場東邦昭和女子大付属・立教女学院でした。

 (2)本の内容

作品を簡単に紹介します。

【登場人物】

〇虎之助・・・中1男子。ケーキ作りが趣味。小柄で中性的な顔立ち。そのせいか同級生女子に可愛がられている。

祇園寺羽紗・・・中3女子。生徒会長&剣道部副部長。容姿は整っており、雰囲気もボーイッシュなため、女子生徒の憧れの的である。

黒野良輔・・・中2男子、剣道部。

〇虎之助の兄・・・元サッカー部のキャプテンだった有名人。

登場人物についてはこんなところです。出題された文章には、虎之助の兄は直接登場していません。

【舞台】

中学校の生徒会室→祇園寺の家→その帰り道

【できごと】

〇ぼく(虎之助)は学校で黒野先輩にさらわれるようにして生徒会室に連れていかれ、祇園寺の依頼=「タルトタタンの作り方を教えてほしい」を受けるはめになる

祇園寺の家でなぜタルトタタンを作りたかったのかの理由を知る

〇家への帰り道、同級生女子たちに思いのたけを叫ぶ

まあ言ってしまえばこれだけのお話です。

しかし、それぞれの登場人物の思いを丁寧に切り開いていくことで、ストーリーが大きく膨らんでいきます。

◆主題・・・ジェンダー

虎之助は、その外見や趣味から「男のくせに女のような奴」と思われていることを自覚しています。文章には出てきませんが、おそらくはサッカー部のキャプテンだった兄とも比較されているでしょう。「別に男でも女でも好きなものをつくって食べてかまわない」とわかってはいるものの、割り切れない思いが蓄積しています。物語の最後に、彼の気持ちを無視するように構ってくる同級生女子たちに「キレ」て叫ぶのです。
祇園寺は、自分の顔立ちやふるまい等から、「女の子らしく」いることができない少女です。そして、ボーイッシュな自分でいることで周囲から憧れられることが前向きに受け入れている一方、自分で作り上げた自分のイメージにがんじがらめとなっています。昔一度だけ食べたことのあるタルトタタンの味を思い出したいと思うものの、買いにいくこともできずに悩んでいます。

物語は、この二人の気持ちと、それを狂言回しのように軽妙にさばく黒野とのやりとりですすみます。

2.各校の出題・・・記述

 (1)海城

 主人公の最後の思い、「強くなりたい。ゆれないように。自分が自分であるために、闘えるように。」について、主人公のどのような気持ちを表しているのかを書く80字記述が出されました。ただし、「ありのまま」の語句指定、さらに「自分に対して( )という気持ち」の( )の中にあてはめる、という条件指定があったので、そんなに難しくはなかったでしょう。

 (2)駒東

祇園寺がどのようになったことが「本末転倒」なのか80字以内で答える

◆虎之介が「ぼくらは自分のままでいたいだけ」と言ったことについて、なぜ「ぼくら」と思ったのか45字以内で答える

◆「今までずっと抑え込んできた思いが、明確な言葉となって夕日の下に響く」とあるが、そこからわかる虎之介の変化について120字以内で説明する

駒東からはこの3問の記述が出題されています。

 (3)立教女学院

「強くなりたい。ゆれないように。自分が自分であるために、闘えるように。」とあるが、この時の虎之介の決意はどのようなものか、そこにいたるまでの心情と決意の内容を説明する(字数指定なし・・・120字くらい?)

 完全に海城と同じ問題です。しかし、立教女学院のほうが条件指定がオーソドックスで、こちらのほうが王道のイメージです。また、虎之介の決意の内容は実は簡単に把握できます。

 (4)昭和女子大附属昭和中

◆「精一杯の声でさけんだ」とあるが、どのような思いが込められていると考えられるか具体的に説明する

◆あなたが考えるあなた「らしさ」とは、どのようなものですか。また、それが学校生活でいかされた経験を具体的に100字以内で書きなさい。

 最後の記述は自由作文ですね。ただし少々「らしさ」の扱いがやっかいです。

「らしさ」を否定的にとらえる内容が書かれています。祇園寺は、女でありながら「男らしく」ふるまうことで、自分の存在を確立します。またそのボーイッシュな立ち居振る舞いが周囲からは「祇園寺らしい」とプラスに評価されてもいます。しかし、その「祇園寺らしさ」にとらわれ過ぎて、本来の自分「らしさ」を発揮できずに自らがんじがらめになってしまうのです。ケーキを買って食べる、たったそれだけの行為が「周囲から見る自分らしさ」=「自分で作り上げてきた自分らしさ」と反することになってしまうのですね。

 虎之介も、男のくせに「女のような」ケーキづくりを趣味とすることで、「男らしく」なれません。また、周囲の女子からは、それが「虎之介らしい」と思われ、それを否定できなくなっています。

この両名にとっては、「自分らしさ」が呪縛でもあり、また本来の「自分らしさ」を取り戻そうとする過程も描かれているのです。

と、複雑に考えすぎずとも、この設問は、「あなたらしさが学校生活で活かされた経験」を書くだけですので、肯定的に「自分らしさ」を書けば良いだけなのですね。

少々出題としては浅いかなあ。

 

3.雑感

 こうして同じ文章からの複数校の出題を見比べるのはとても楽しいです。「ここは必ず出題されるだろう」と思われる個所に、やはり複数の学校が傍線を引いて出題しているのを見ると、やっぱり学校の先生の考えは似てくるのだなあと思われます。また、学校によって異なる出題を見比べると、学校が受験生に求めているものが見えてくるような気もします。

 今回の文章を読んで、私なら絶対にここに傍線を引いて答えさせる! と思っていた箇所から、どこの学校も出題しなかったことがむしろ意外でした。それはこんな部分です。

虎之介が祇園寺先輩の家を辞しての帰り道、クラスメイトの女子たちと遭遇します。

「あれ、虎じゃん。どこ行ってたの?」その声に顔をあげると、クラスメイトの女子たちがこっちを見ていた。部活帰りだろうか。数人、かけよってきて、勝手に頭をなでてくる。・・・「あれ?なんか、あまいにおいがする。もしかしてケーキ焼いた?」ぼくは無視する。女子たちがキャツキャと言い合う。・・・・・黄色い笑い声。はじけるような笑顔。無邪気にはしゃいでいる自覚のない加害者の群れ。ぼくは歯を食いしばった。背中を向けて、その場を立ち去る。一刻も早く。・・・頭の中がぐらぐらする。胸のおくでなにかが燃えている・・・・。「虎ちゃん、かわいい顔が台無しですよ~?」「ほんとほんと! ほら、いつもみたいに笑って!」ぼくは振り返って、さわいでいる女子たちをにらみつける。それから、大きく息を吸い込み、精一杯の声でさけんだ

今までずっと押さえ込んできた思いが、明確な言葉となって夕日の下に響く。女子たちの表情が固まるのを見ながら・・・」

 

もともと背が低くかわいらしい外見でケーキを焼くのが趣味なため「スイーツ男子」と評されている主人公です。このクラスメイトの女子との遭遇シーンを見ると、女子たちから可愛がられているキャラクターなのがよくわかります。中学生くらいの男女って難しいですよね。それがここまで女子に受け入れられているのって、ある意味素晴らしいことのように私には思えてしまいます。いいじゃないですか、それが自分の特質だと積極的に自覚していけば。しかし虎之介はそうとう嫌なのですね。だから、最後は女子が凍り付くようなセリフを叫んでしまう。

結局のところ、虎之介自身も、ありのままの自分を受け入れることはできていないのですね。クラスメイトの女子から「同類」あるいは「ペット?」のような扱いを受けることに怒っています。もしかして「男らしさ」に一番とらわれているのは虎之介なのではないでしょうか。

さて、そんな虎之介がいったい何て叫んだのか、気になりませんか?

「虎之介が叫んだ言葉を考えて答えなさい。」

この設問が絶対くると思っていたのですが、どこも出題してくれませんでした。残念。