残念ながら、入試問題にもミスはつきものです。
今回は、中学入試で見られた出題ミスを紹介したいと思います。
ここで紹介している模範解答は、すべて出題校が作成したものです。おそらくは、作問した先生が作成されたものでしょう。
なお、学校の名誉のためにも、学校名は出しません。
「武士の情け」です。
1.ズレている模範解答
問:2014年6月、群馬県の富岡製糸場ほかが世界文化遺産に正式登録された。これらの施設が明治以降の日本の産業発展や貿易の拡大に大きく貢献した理由を、次に示すグラフをもとに、以下の語句を必ず使用して、簡単に説明しなさい。
使用語句:かいこ
模範解答:明治時代、群馬県はかいこの飼育がさかんで、高品質の生糸を生産・輸出していた。
この解答を先に読んでから、「この解答になる質問は?」と逆に考えてみてください。
「明治時代に群馬県でさかんだった産業について説明しなさい。」となるはずです。
ところが、実際の問題は違います。つまり、解答がずれているのです。
このように、自分の書いた答案が「出題者から求められている解答になっているか」を確認するためには、自分の記述を見てから「この解答になるのはどんな問題なのか」と逆に考えるとよいでしょう。これはかなり重要なコツですね。
また、理由説明の記述なら、文末は「から」でまとめたいところです。例えばこんな解答になるでしょうか。
明治時代の主要な輸出品である生糸を高品質で大量に生産することで外貨を稼ぐとともに、西洋式の製糸技術を学んだ工員たちが全国に技術を広げたから。
2.不十分な解答
問:一票の格差が生じる理由を簡単に述べなさい。
模範解答:選挙区によって有権者数に差があるから。
基本問題です。一見よさそうな解答に見えると思いますが、これでは説明は不十分です。
有権者数が異なっていても、選出される議員の数がそれにともなっていれば格差は生じないからです。
選挙区によって有権者数に差があるため、選出する議員一人あたりの有権者数が異なるから。
これが正しい解答ですね。
3.微妙な日本語
問:江戸時代に大井川に橋がかけられていなかった理由を説明しなさい。
模範解答:江戸(城)に攻められることを警戒した。
さてこの解答は、「に」の使い方に注目しましょう。
実は、「に」という語句は、使い方が多様すぎて、なかなかに難しい言葉なのです。
1.副詞の一部
2.形容動詞の活用語尾(活用あり)
3.助動詞の連用形の一部(そうだ・ようだ)
4.格助詞(体言につく)
5.接続助詞の一部(のに)
さて、模範解答は4の格助詞です。格助詞は、名詞や動詞について、様々な関係を表すときに使うのです。その中でも、解答に関係ありそうな使用法はこんなところになります。
ところで、文化庁の出している「言葉に関する問答集」という本に、おもしろい話が載っていました。
「銀行に払い込む」「銀行へ払い込む」のどちらが正しいのか?
室町時代のロドリゲスの「日本大文典」には、「京へ筑紫に坂東さ」ということわざが引用されているそうです。
京都では「銀行へ払い込む」、九州では「銀行に払い込む」、関東では「銀行さ払い込む」が方言だそう。
もしかしてこの学校の先生が九州出身だったのかも?
東京出身の私としては、「江戸さ攻められる」も好きだなあ。(実際にこう書いたら減点するけど)
むしろ問題は次の点です。
江戸(城)のように解答中に( )を用いることはNGです。
書きたいなら「江戸城」とはっきりと書くべきです。
こうした( )の多用は、解答に自信のない生徒がよくやる手なのです。
「江戸城と書くと城だけになるし、江戸とかくと江戸の町全体になるし、どうしよう、そうだ、( )を使ってごまかそう。」
もちろん減点します。
4.知識不足と勘違い
問:2015年に正式に世界文化遺産になった「明治日本の産業革命遺産」の登録地を含む県は8県にわたっており、23遺産が含まれている。
その8県の多くが九州地方に集中している理由を、以下の語句ならびに国(日本以外)や資源の名称を必ず含めて簡単に説明しなさい。
使用語句:八幡製鉄所
模範解答:八幡製鉄所で使用する石炭や鉄鉱石を中国から輸入していたため。
3つのミスが重なっています。
まず、わかりやすいところからいうと、当時の石炭は生糸・綿糸・絹織物に次ぐ日本の主要輸出品の一つであり(第3位から第4位)、中国から輸入する必要性はない。
八幡製鉄所では、筑豊炭田の石炭を使った。だから、「石炭や鉄鉱石を中国から輸入」とやってはダメ。
これは「八幡製鉄所が北九州につくられた理由」を書かせると多くの生徒が減点されるポイントです。
次に、さきほど伝授したやり方、「この解答になる質問とは?」と逆に考えてみましょう。
そうすると、この解答から想定される問題は、
「八幡製鉄所が北九州につくられたのはなぜですか?」となるはず。
つまり、解答がズレています。これでは得点できません。
最後に最大の問題点を指摘します。
この問題で要求されているのは、「明治日本の産業革命遺産の登録地を含む県が8県あるが、なぜそのうち5県が九州地方に集中しているのか?」ということ。
ちなみに、明治日本の産業革命遺産の登録地は以下の通りです。
●鹿児島(3)
旧集成館(旧集成館反射炉跡、旧集成館機械工場、旧鹿児島紡績所技師館)
●佐賀(1)
●長崎(8)
三菱長崎造船所第三船渠*
三菱長崎造船所旧木型場
三菱長崎造船所占勝閣*
端島炭鉱
旧グラバー住宅
●三池(2)・・・福岡県
三池炭鉱・三池港(三池炭鉱宮原坑、三池炭鉱万田坑、三池炭鉱専用鉄道敷跡、三池港)
三角西(旧)港
●八幡(2)・・・福岡県
官営八幡製鉄所(八幡製鐵所旧本事務所*、八幡製鐵所修繕工場*、八幡製鐵所旧鍛冶工場*)
遠賀川水源地ポンプ室*
○萩(5)・・・山口県
萩反射炉
美須ケ鼻造船所跡
大板山たたら製鉄遺跡
萩城下町
○釜石(1)・・・岩手県
橋野鉄鉱山・高炉跡
さて、ここで注目すべきは、グラバー邸。
1859年の開港と同時に長崎にやってきたスコットランド出身の貿易商トーマス・ブレーク・グラバーは、長崎の地にグラバー商会を立ち上げ、幕末日本の近代化を支える中心地となりました。
1855年には士官を養成する長崎海軍伝習所が作られ、1861年には日本初の本格的な洋式工場「長崎製鐵所」が作られ、まさに長崎が日本の近代産業の発祥の地といっても良いでしょう。
1863年には、長州藩士である伊藤博文、井上馨、山尾庸三、遠藤謹助、井上勝の五人(長州ファイブ)を横浜からロンドンへ。
さらに、1865年には薩摩藩士である五代友厚、寺島宗則、森有礼ら19人(薩摩スチューデント)を渡航させました。
彼らは世界をリードしてきたイギリスの産業を直接学び、その優れた技術を手にして日本に戻ってきます。
そして彼らこそが、明治日本の近代化を先導する重要な人物となっていくのです。
薩摩藩が目指していた近代的な紡積工場の建設にも、イギリスから技師を呼び寄せるなど、技術の直接的な導入も行います。
高島炭坑の開発には佐賀藩と協力、英国人技師モーリスを雇い、日本で初めてとなる蒸気を動力とした捲き揚げ機を使用。
効率的で大規模な採炭を成功させます。
蒸気船の普及により、石炭の需要が高まる中、グラバーの采配において日本初の蒸気機関を使った近代炭坑「高島炭坑」が誕生するのです。
その優れた技術は、長崎では端島炭坑(軍艦島)、そして三池炭鉱へと広まり、近代的な炭鉱が次々と造られていきました。
造船業では1884年に、長崎製鐵所が三菱の経営となり長崎造船所と改名、着実に発展していきます。
造船は様々な機械を使う総合産業で、その技術は炭鉱機械や農機具にも転用されていくことになりました。
以上から、九州に「明治日本の産業革命遺産」が集中している理由は、まさに幕末から明治にかけて、九州が産業開発の最前線であったことが理由なのです。
問題の指示に従って解答を作るなら、
◆日本以外の国名・・・イギリス(グラバーの出身スコットランドは18世紀にはイングランドに併合されている)
◆資源の名称・・・石炭(日本最初の近代炭鉱である高島炭鉱を考える)
◆八幡製鉄所・・・??? これはどうしよう?
1902年に作られた八幡製鉄所より後の時代に作られたものは、長崎造船所の一部施設と三池炭鉱の一部施設(鉄道と港)のみ。
その他は、1851年の旧集成館をはじめとして、すべてが1800年代のものなのです。八幡製鉄所を解答に入れるわけにはいきません。
したがって、学校作成の模範解答は明らかに誤りです。
そればかりか、生徒を間違った解答に誤誘導しようとすらしているのです。
真面目に学んできた生徒が不正解となる出題。
受験生があまりにも可哀そうだと思います。
5.日本語のミスと知識不足
問:憲法改正に必要な手続きを、以下の語句を使用して簡単に説明しなさい。
語句: 3分の2以上 過半数以上
模範解答:各議員の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票で過半数以上の賛成が必要である。
いうまでもなく、これは問題ミス。
憲法96条にも、「この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」とあります。
あたりまえだ、過半数以上という言葉は、「頭痛が痛い」と同じ、「重言」で、もちろん誤用ですが、強調の修辞的技法とみなされる場合もないわけではないですね。しかし、社会科記述に使うのは許されません。
生徒が(しかも社会科が苦手な)生徒がやらかしてしまうミスで、今までどれくらい注意してきたことか。
出題者も出題者ですが、模範解答作成者(同一人物?)も作成者です。恥ずかしいですね。
怖いのは、この採点基準で採点され、受験生が正しく「過半数の賛成が・・・」と書いたら×になること!
6.知識不足
ジオパークは、単に珍しい地質を保護しようということではなく、それらの遺産を積極的に活用することで地域の“持続可能な発展”が期待されているのに対し、世界自然遺産は、人類共通のかけがえのない財産として、将来の世代に引き継いでいくべき宝物という概念で、守る(保存する)ことがメイン。
日本ジオパークネットワークによると、
「ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」と「公園(パーク:Park)」とを組み合わせた言葉で、「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、丸ごと楽しむことができる場所をいいます。大地(ジオ)の上に広がる、動植物や生態系(エコ)の中で、私たち人(ヒト)は生活し、文化や産業などを築き、歴史を育んでいます。ジオパークでは、これらの「ジオ」「エコ」「ヒト」の3つの要素のつながりを楽しく知ることができます。」
とのことです。
7.引用ミス
ずいぶん昔の話になりますが、試験当日に入手した社会科の入試問題を解いていたときのことです。
問題に使用されている地理統計データが間違っている!
データの形式からピンときました。これは、中学校で資料集として使われることの多い、「地理統計要覧(二宮書店)」から引用しているな。
さっそく手元の同書を開くと、その本のデータが間違っていたのです。
すぐに出版社に電話をして確認をしたところ、間違いであることを認めました。
つまり、作問者の先生は、この統計要覧の間違っているデータをそのまま引用してしまったわけです。
悪いのは出版社、といいたいところですが、それを見抜けぬ先生の力量不足のほうが重大だと思います。
さっそく学校に電話して教えてあげたところ、とても感謝されました。まだ合格発表前だったので、採点のやり直しが間に合ったのでしょう。後に菓子折りをいただきました。
毎年多くの入試問題を解いていて、こうした出題ミスや解答ミスを発見すると悲しい気持ちになってきます。
それは人間のやる仕事である以上、ミスはつきものなのはわかります。
私だって過去ずいぶんとやらかしてきましたから。
しかし、これは塾内の小テストレベルの話ではありません。入学試験問題なのです。大げさではなく、受験生の未来がかかっているのです。
受験生たちはさまざまなものを犠牲にして、その学校目指して必死に努力してきたのです。学校の先生方も、どうか真剣に取り組んでほしいと思います。
もっとも、こうして模範解答を公開している学校はまだましなのかもしれません。模範解答を出していない学校では、いったいどんな模範解答にもとづき採点が行われているのかチェックすらできないですから。