中学受験を終え、中高一貫校に通う中学生たちから、相談を受けたのです。
「先生、世界史どう勉強したらいい?」
私は中学受験指導の専門家ではありますが、中高一貫校生の世界史の指導の専門家ではありません。しかし、教え子の頼みとあらば、一肌もふた肌も脱ごうじゃありませんか。
なぜ私立中学の世界史は勉強しにくいのか?
高校範囲まで及ぶ
なぜ私立中学の世界史は勉強しにくいのか、答えは簡単です。
高校範囲にまで平気で踏み込んでいるからです。
公立中学の学習は、地理・歴史・公民、この3段階を学びます。歴史を習うのは中2です。
ここで習う歴史は、日本史がメインです。
たまたま手元にあった中学校の歴史の教科書を調べてみました。
ちょうど300ページあります。
その中で、世界史の範囲を拾ってみました。
〇4大文明・・・10ページ
〇東アジアの統一国家・・・2ページ
〇産業革命と植民地・・・12ページ
以上、わずか28ページです。約9%です。
その他にもヴェルサイユ条約のページもあったのですが、これは日本も参加していますので、中学受験の日本史の範囲の中ですね。
文科省のカリキュラムでは、中学生で学ぶ世界史は、もはや「世界史」と名乗るのもおこがましい、ほんのさわりにもならないものなのです。
しかし、私立中学は違います。高校の範囲の世界史も普通に学ぶのです。
とはいえ、まだ中学生ですので、完全に大学受験世界史の領域までは踏み込みません。この、中学以上大学受験未満の匙加減が難しいのです。
参考書がない
中学受験を経て私立中学に進学した生徒たちは基本的には真面目です。学校の勉強をおろそかにしないように頑張っています。
学校で世界史の授業が始まると、家で復習するために、参考書や問題集を買いに書店に行ったのですね。
ところが。
中学生用の「社会科」の参考書は、日本地理・世界地理・日本史・世界史・公民の各分野が一冊にまとまっているものしかないのです。
かろうじて中学生用の「歴史」の参考書・問題集を見つけても、その内容の9割が日本史で占められています。しかもそこに書かれている日本史の内容は、もう彼らはとっくに中学受験でマスターした内容なのです。むしろ彼らが学んだものより平易だったりもします。
つまり、私立中の生徒たちの要望に応えるような中学生用の参考書は存在しないのですね。
これは仕方のないことです。
全国に視野を広げれば、私立中学に通う生徒などほんのわずかにすぎません。大多数は高校受験をします。受験参考書を作る出版社としても、ニーズの無いものは作りませんので、高校受験を対象とした参考書や問題集しか作らないのです。
また、そうした参考書・問題集の目指すレベルは、私立中学の生徒が欲するレベルではありません。思考力・記述力を育てる要素など見られないのです。
私は以前、とある出版社の依頼で、中学生用の問題集の執筆を手伝ったことがあります。塾の先生方が何人か集まっての共同作業でした。私は我を通させていただいて、「覚えているだけでは解けない問題」という章を無理やり作っていただきました。多少でも高度な記述問題を原稿として出そうとすると、「先生、高校受験の中学生は、そんな問題解けないですよ。」と編集者からたしなめられたので、だいぶ易しめに、それでも思考力を必要とする問題をあれこれと考えたものでした。
そのせいかどうか、その問題集の売れ行きは芳しくなかったようで、以降、私に依頼がくることはありませんでした。
塾に頼れない
中学受験のときもそうでした。小学校で教わることや、「小学校復習」のような参考書・ドリルは中学受験向けではありません。だから彼らは塾に頼ったのです。
そこで、中学生用の塾を探してみると、以下の3種類に分かれています。
◆高校受験用の塾
◆中高一貫校生用の塾
◆なんでもありの個別指導塾
当然検討するのは中高一貫校生用の塾ですね。
ところが、こうした塾のほとんどが、英数国の3科目の指導か、あるいは英語・数学の単科指導なのです。中学受験の塾のように、4科目をトータルで教えてくれるような、つまり英数国に加えて理社の指導もきちんとやってくれるところはほぼありません。
それでも探せば、理社の指導もオプションで用意している塾が見つかります。予備校系の塾ですね。大学受験のための世界史を教えている教師が、中学生も教える、そうした設えのようです。
ところが、そうした塾のカリキュラムは、その塾オリジナルのカリキュラムのため、現在生徒たちが学校で学んでいる内容とは合わないのです。また、指導教師にも問題?があります。大学受験に特化した世界史指導のスペシャリストですので、中学生の「世界史入門」を上手に誘導できるスキルがあるかどうか甚だ疑問なのです。大学受験予備校の方法論で世界史を教えられてしまうと、たぶん世界史という教科が大嫌いになると思います。
個別指導塾のなかには、「中高一貫校生のための講座」と銘打って世界史を教えてくれるところもあるようですが、こればかりは良い先生に巡り合えるかどうかにかかっていますので良いか悪いかなんともいえません。
※個別指導塾については以下の記事をごらんください。
中受メインで書きましたが、中高一貫校生にも参考になります。
そもそも世界史は学習しにくい教科である
世界史は学びにくい教科です。生徒目線でもそうですし、教師目線でも教えにくい教科なのです。
理由は、異なる地域・異なる時間軸で流れている歴史を学ぶことにあります。
それでも現代史、第一次世界大戦以降にでもなれば、もはや国ごと・地域ごとの枠を飛び越えて、世界全体を見渡す視点が必要となりますので、文字通り「世界史」として学習しやすくはなります。しかし、それまでは全く異なる地域の異なる歴史を別個に学ばなくてはならないのです。
おそらく理想的な学びかたは、地域ごとに歴史を古代から現代まで網羅し、それが完璧になってから次の地域・国の歴史を学ぶようなやり方になるのでしょう。日本史が終了した後は、イギリス史、フランス史、イタリア・ギリシア、などといった具合に国ごとに細分化して歴史を学ぶのですね。
しかしそれにも問題はあります。日本のような島国であれば、外国とのかかわりを無視しても歴史の学習は成立します。せいぜい中国・朝鮮の影響や関わりを学ぶ程度ですね。
しかし、ヨーロッパはそうはいきません。そもそもヨーロッパの成り立ちそのものが、侵略と民族移動のせめぎ合いで出来ているのですから。
1つ1つの国を単独で学ぶことはあまり意味を持たないのです。せいぜい「ヨーロッパ史」というくくりで学ぶことになるでしょうか。
仮に地域ごとに細分化した歴史を詳細に学習したとして、最後まで完了すれば、全ての世界史が俯瞰できるようになるのかもしれません。
その域にまで達することができれば素晴らしいですね。
しかし、それには無限の時間がかかります。無限は大げさとしても、1年や2年ではとても足りないでしょう。
もう一つのアプロ―チとして、いっそのこと最初から全ての地域の歴史を時間軸で輪切りにして、平行して学ぶという作戦も考えられるでしょう。
しかし、大航海時代以降になればまだしも、初期の歴史は全く無関係に進む地域の歴史を同時進行で学ぶことになるので、現実的ではありません。
そこで、高校世界史のカリキュラムは、さまざまな地域の歴史を少しずつ、つまみ食いするような形で前へ進むようにできているのです。
これが、世界史を学びにくくしている最大の要因です。
その料理を味わう間もなく、ほんの数口食べただけでお皿が下げられ、また別の料理が運ばれてくる。その皿もすぐに下げられ・・・・。しばらくするとさっき食べ終えられなかった皿がまた目の前に運ばれてきて、自分の食べ残しを続きから食べる。料理はすっかり冷えている。
もう見るからにこの食事、不味そうで嫌になりそうなのはお分かりいただけると思います。
世界史の学習がまさにそんなスタイルなのです。
しかし、私立中学の世界史の先生の教え方は異なります。
おそらくはご自身が得意(専門)な分野から、かなり深いところまでしっかり授業をされるようですね。
たぶん、面白いとは思います。
しかし、復習・自学がしにくいことこの上ない。
大学入試レベルの知識までやってくれればまだよいのですが、さすがに中1・2の段階ではそこまで踏み込みはしません。
つまり、大学入試用の参考書類では細かすぎて使えません。
先生の頭の中にあるカリキュラムでは、たぶん高校生くらいになると全てがつながるようになっているのでしょうけれど。
私立中学生が世界史を学ぶやり方のアドバイス
そこで、相談にきた生徒たちには私なりにいくつかの提案をしました。
学校の先生からもらったプリントと授業ノートを再構成する
授業中に書いたノート・先生からいただいたプリント・指摘された資料集のページ。これらを見ながら、思い切って「自分用の世界史まとめノート」をつくるのです。
最初にお断りしますが、物凄く時間がかかります。
ノートも丁寧にとっていないですし、プリントも多数ありますね。
しかし、これをやれば、飛躍的に世界史の理解は進み、得点は上がります。
夏休みの時間を利用して取り組んでみることをお勧めします。
YouTubeを見る
世間では、某元お笑い芸人が流している番組が評判のようですね。
私もいくつか視聴してみました。
確かに面白いです。さすがにトーク力には長けています。そこらへんのユーチューバーではかなわないでしょう。
しかし、あくまでも「面白さ優先」=「視聴数を稼ぐ」ことを目的としているのです。
つまり、大事なところが抜けていたり、どうでもいいところが強調されていたり、若干解釈が偏っていたりするところが気になります。しかも、おもしろそうな部分しかとりあげていません。
くだらない番組を視聴するよりは百万倍マシなのは確かですが、これを見たからといって世界史の知識や理解が深まるという性質のものではありません。
しかし、探してみると、真面目な番組もありました。
Historia MundiというタイトルでYouTube検索すれば出てくると思います。
福岡県の県立高校教諭の山崎圭一氏(ムンディ先生)が、ひたすら板書授業をしている動画です。
まず、このスタイルがいいですね。
私好みです。
凝った映像もなければ電子黒板も出てきません。ただただ黒板の前で授業をする動画なのです。
板書内容など、わざわざ手書きしなくても、いくらでも活字でインサートできるのですが、あえでそうしない(できない?)、無骨な授業スタイルです。
しかし、なぜか頭に入りやすいのですね。
古典的な板書授業愛好家の私としても、板書授業の底力を再認識しました。
動画の授業内容のレベルも、難しすぎず平易過ぎず、ちょうどいい塩梅です。
高校生対象の授業内容ですが、難しすぎないのです。決して、東大・一橋大・早慶レベルを目的としてはいないレベルです。
これが、私立中学の生徒達が学んでいる世界史とちょうどレベルが合うと思います。
おすすめです。
参考書にたよる
高校生用のものから、あまり難しくないものを選ぶと良いでしょう。
◆山川 世界史教科書
歴史といえば、山川出版ですね。
教科書といえども侮れない知識量です。これが一冊あれば参考書は不要でしょう。
ただし、久々に精読しましたが、面白くはないです。必要な知識が詰め込まれすぎていて、物語性はゼロだからです。
あと、こちらも懐かしい方が多いのではないでしょうか。
山川の教科書と併用されることが多いですね。
これは辞書的な使い方ができて便利ですので、むしろ教科書よりもこちらのほうが中学生には使いやすいかもしれません。
◆よくわかる世界史(学研)
たまたま書店で見かけて、気に入ったので買いました。
全体に余裕をもったページレイアウトで、なんだか読みやすいのです。タイトル通り、高校生にわかりやすく編集しようとした意図がうかがえます。山川の教科書や参考書よりも、こちらのほうが中学生にはお勧めです。
◆流れが見えてくる 世界史図鑑
これは、世界史の流れを一目でわかるようにしようという意図で作られた、イラストマップのようなものです。
見開きでワンテーマです。
例えば、「十字軍遠征と教皇の失墜」が、一目でわかるように構成されています。
これは、お薦めです。
とてもわかりやすいのです。
ただし、これ1冊で世界史がわかる、そういうものではありません。一度入れた世界史の知識を、相互に関連づけながら整理するときに使うと、とても有効だと思います。
◆一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書
今回、私が一押しなのは、この本です。あまりに愛読したので手擦れが目立ちます。
上で紹介した、YouTubeで世界史授業動画を配信している高校の先生が書いた本です。
最初の数ページを読むと、従来の世界史がどうして頭に入りにくいか、ではどうしたらよいのか、そうした意図が書かれていました。
まさに、私が日頃感じていたことそのものです。
おそらくは、この先生が、日頃の授業で工夫し実践されていたことを本にまとめたのでしょう。
前半は、ヨーロッパ・中東・インド・中国のそれぞれの歴史を、古代から大航海時代まで一気にすすめます。その後に、大航海時代をはさんで、近代ヨーロッパ史・近代中東インド史・近代中国史が並び、最後に現代世界という構成です。
年代を省くなど独特の工夫がされており、この1冊だけで世界史をマスターできるというものではありません。通読することで、歴史の枠組みのようなものが頭にできることを狙った本なのです。
この本が気に入ったので、同じ著者の他の本も買ってしまいました。
どれも良いですが、世界史の勉強をするのには、前述の「世界史の教科書」と、「世界史人物事典」の2冊を使用するのがよいでしょう。
この「人物事典」には、222名の人物が1~2ページずつにまとまっています。主要な業績・エピソードをコンパクトに記述していて、これを読んだから完璧にこの人物が理解できるというものではありませんが、歴史を彩る主要登場人物を少しでも整理しておこう、ストーリーを意識してもらおう、そうした意図の本だと思います。
これを、「世界史の教科書」と併用することで、世界史の概要が整理されてくると思います。
写真に紹介したその他のものも触れておきます。
◆「世界史の教科書 経済編」
お金の流れを中心に記述しています。これは大学入試の世界史論述対策に直結しそうです。また、大人が読んでも面白いですね。ちょっとした教養が身に尽きます。
◆「世界史の教科書 宗教編」
大人のみなさんへのかくれたお薦めはこちらです。
ここでは、古代宗教・ゾロアスター教・ユダヤ教・キリスト教・マニ教・イスラーム・ヒンドゥー教・ジャイナ教・仏教・シク教・儒教・道鏡・神道、計13の宗教がとりあげられています。
宗教の入門書・解説書は数多くありますが、この本は世界史の視点から説明されているため、世界史を学んだ後で読むとより理解が深まると思います。
どうも日本では宗教にまつわる教育は重視されないる風潮があるように思います。しかし、世界の宗教を知らなければ、グローバル化など夢のまた夢の話です。大人の基礎教養としてお薦めです。
中学生には、とりあえず不要です。高校生になったら読むとよいでしょう。
◆「日本史の教科書」
こちらもわかりやすく書かれていますね。
日本史を「疲れずに概観」するのにはよいでしょう。
ただし、世界史の本ほどのインパクトはありません。そもそも日本史はすでに1本の時間軸に肉付けする形で学ぶのが常識です。この本だけが特段優れているとは感じませんでした。
とことん日本史が苦手な子の入門書としてはお薦めです。
※ここまでこの先生のYouTube・本を全力でお薦めしましたが、他意はありません。リンクも貼っていませんし、もちろんアフィリエイトも設定していません(そもそも設定の仕方も知らない)。私が個人的に良いと思っただけですので。
◆世界史資料集
とりあえずは、安定の山川出版のものを薦めておきます。
社会科の学習には、資料集(史料集)は欠かせません。
地理・歴史・公民、それぞれを勉強する際には、必ず机の上に資料集を置いておくべきなのです。
地理と公民は、中学生用のものでも用は足りるのですが、歴史は高校生用のものを用意してください。理由は参考書の項で述べた通りです。つまり、中学生用の歴史資料は、その9割が日本史に割かれているため、世界史資料集としては使い物にならないからです。
出版社はどこのものでもかまいません。浜島書店・帝国書院・東京法令出版等多くの出版社が出しています。書店で手に取ってみて、気に入ったものを選べばよいでしょう。
もし迷ったら、なるべくページ数の厚いものがおすすめです。こうした資料集は、いざ調べてみようと思って開いてみても探した項目が載っていないと、徐々に開く意欲が減衰するからです。少し細かすぎるくらいがちょうどいいのです。
教養としての世界史
大人になればわかります。
世界史の知識は、大人として社会で生活していく上での基礎教養なのです。
例えば、アメリカでトランプがなぜ一部の人々から熱狂的に支持されたのか。それを理解するためには、アメリカという国の成り立ちを知る必要があります。一個人の努力として財を築くことが、尊敬の対象となる理由を考えなくてはいけません。そして、その理由を考えるとき、ヨーロッパからどんな思いで大西洋を渡った人々がアメリカを建国したのか、そこも考えるべきですね。さらに、当時のヨーロッパを覆っていた閉塞感のようなものを理解するためには、ヨーロッパの歴史について考察しなくてはなりません。
残念ながら、中学生諸君にそんな話をしても、きょとんとしているだけでした。