このセリフ、実によく聞きますね。
「中学受験はコスパが悪い」
もちろん私は、職業上も信条からも、この言説に反対の立場です。
そこで、今回はこの言説に反証しながら、中学受験におけるコスパについて少々検証してみましょう。
1.中学受験組が堕落する2つの要因?
こんな説を見つけました。中学受験組が、その後失速して公立中学・高校受験組に大学入試で負けてしまう要因は2つあるというのですね。
(1)燃え尽きる
ああ、これですか。これについては前回の記事をごらんください。
中学受験を頑張ると、なぜか燃え尽きなくてはいけないようですね。それが世間が期待しているものなのでしょう。
(2)英語力不足
これは謎です。よく意見を読んでみました。どうやらこういうことのようです。
中学受験科目には英語がないから、小学生のときに学ばない。また高校入試がないから中学時代も学ばない。初めて英語の試験があるのが大学入試のときなので、そこで英語力不足から大学入試がうまくいかない。
ううむ。屁理屈もここまでくれば一流です。
おそらく、こうした説を唱える方というのは、高校入試問題をよくご存じでないのでしょうね。小学生時代にあまり勉強に力を入れてこなかった(というよりほとんどやってこなかった)子が、中学3年間の学習だけでクリアできるように高校入試問題は作られています。しかも中学生は部活にも力を入れます。友人との交流(遊び)もあるでしょう。そのために、学習時間は小学生よりもはるかに劣ります。
したがって、高校受験の科目の難易度は高くはないですし、英語も難しくはありません。
また、高校受験で要求される英語力というものも微妙です。
私の知人に、海外帰国生の高校受験をサポートする英語教師がいます。
アメリカやイギリスなどの現地校から、日本に帰国して高校受験をする生徒に英語を教えているというのですね。いったい帰国生の彼らに英語を教える必要があるのかどうか疑問に思って尋ねたことがあります。
「それは彼らは幼少期から英語で育っているからね、もうネイティブですよ。発音なんか、俺じゃあかなわない。」
「それじゃあ高校入試の英語なんて楽勝でしょ?」
「それがそうでもないんだ。まず、彼らは文法がだめだね。文法用語も全く知らない。日本の中学生なら間違えないような簡単な問題を間違えたりするから面白いね。それで、文句を言うんだ。こんな言い回しはアメリカではしない、なんてね。それをきちんと文法から叩きこむのが俺の仕事だよ。」
それを聞いたときは、「へえ、そんなもんなんだ。」くらいにしか思いませんでしたが、今考えるとおかしな話ですね。
「高校入試突破用」にアジャストされた英語を学ぶのが公立中学校生の英語学習です。
もちろん公立中学で学ぶ英語は、日本人が初めて英語を学ぶのに適したプログラムだとは思います。今の学校教科書も非常によくできていますね。より実用的な英語を学ばせようとする姿勢も見られます。
とはいえ、相変わらず「五文型」の呪縛からは逃れられません。
この「五文型」の指導については、賛否両論あり、「五文型をマスターすることが英語マスターの近道」という意見もある一方、「五文型は時代遅れの遺物」という意見もあります。
少し調べてみると、前者のほうの意見のほうが多く見えますが、これは「中学生の英語教育」について語る方の大半が、従来の英語教育の枠組みの中にいらっしゃる先生だからだと思います。
私ですか?
私は、どちらかというと後者よりの考えです。
なにせ、中学生時代に「古臭い(と当時の私には思えた)」英語教育のためにすっかり英語嫌いになった被害者でしたので。その後英語を立て直すのにどれだけ苦労したことか。
「五文型」の分類は、明治維新当時にイギリスの英語教育を日本に導入した名残だと言われています。意味がないかどうかはともかく、古いことは間違いありません。
しかし、私立中学生の英語の教材や学校の授業の様子を聞くと、隔世の感がありますね。all Englishの授業は当然として、多読を導入したりプレゼンやディベートがあったり。オーソドックスで遅れていると噂されている学校の英語ですら、「この授業にきちんとついていけば、英語は武器になるだろうなあ。」と思わされるものでした。
多くの中高一貫校生は、高校受験の軛から離れた学習を行います。英語についても、早い段階から「将来」を見据えた英語教育を実践する学校がほとんどなのです。
2.単純な費用の比較
日本政策金融公庫の出している教育資金の資料を見てみました。
◆すべて公立の場合
幼稚園・・・47.3万円
小学校・・・211.2万円
中学校・・・161.6万円
高校・・・・154.3万円
大学・・・・248.1万円
合計 約822.5万円
◆すべて私立の場合
幼稚園・・・92.5万円
小学校・・・1000.0万円
中学校・・・430.4万円
高校・・・・315.6万円
大学・・・・469.0万円
合計 約2307.5万円
※出典:文部科学省「令和3年度子供の学習費用調査」、「令和3年度、私立大学入学者に係る初年度学生納付金平均額(定員1人当たり)の調査結果について」、「2021年度学生納付金結果」、「公立短期大学授業料について」、「平成十六年文部科学省第十六号 国立大学等の授業料その他の費用に関する省令」、「公立大学基礎データ」
公益社団法人東京専修学校各種学校協会「令和3年度 学生・生徒納付金調査」
さすがにこの数字を2つ並べられると眩暈がしますね。
もう少し詳細に検討しましょう。
とりあえず、幼稚園と小学校は省略します。
中学受験をする多数派は公立小学校にお通いの方だと思いますので、中学以降だけを比較します。
同じHPに、教育費の簡単なシミュレーションがあったのでやってみました。
私立中学・・・460.4万円
私立高校・・・315.6万円
私大理系・・・551.2万円
合計・・・1297.2万円
これが私大文系だと407.9万円なので、合計は1153.9万円でした。
公立中学・・・161.6万円
公立高校・・・154.3万円
私大理系・・・551.2万円
合計・・・867.1万円
結局のところ、中高が私立と公立では、その差額のおよそ460万円が節約できる、とそういうことになりますね。
このことをもってして、「中学受験はコスパが悪い。中高は公立が一番」という結論になるのでしょう。
もっとも、大学で私大理系と国立の差は、308.7万円となりますので、もし私立中高一貫校の教育水準のその先に国立大学進学となると、309万円の節約となり、私立中高一貫校に余分にかかるお金が150万円ほどで済む、という計算もできます。
もうおわかりのように、こうした計算は意味がありません。
公立高校から国立大学に進学する生徒がいるのも当然ですし、私立中高から私大に進学する生徒がいるのも当然です。
ここではあえて計算しませんでしたが、医学部進学ともなれば桁違いの費用がかかります。また、大学院へ進む生徒もいるでしょうし、海外大学へ留学したりMBA取得を目指す生徒もいます。
もし費用のことだけを気にするのであれば、「医学部は止めてくれ」「院へは進ませない」「海外大学などもってのほか」となるのでしょうか。(もちろん家計的に無理な場合は当然あります。むしろそちらのほうが多数派でしょう。しかし、行かせようとすれば行かせられるのに、「費用が嵩むから」という理由だけで反対するとしたら、あまりにも悲しいです)
3.そもそも中学受験をする目的は何なのか?
どうも、教育をコスパで語る方々と論点がかみ合わないのは、そもそも中学受験の目的が理解されていないからなのです。
中学受験をする目的は以下の3点に集約されます。
(1)より良い環境を手に入れるため
友人関係・学校設備・教育内容等、ご家庭によって中高に求めるものは様々だと思います。受験をしなければ中学校は選べませんが、中学受験をすれば、学校を自ら選ぶことができるのです。(もちろん選ばれもします)
私が最も重要視するのは、周囲の人間です。同級生たち、その親、そして先生方。目的を持って頑張ってきた生徒達ですし、そうした努力を子どもにさせてきた親なのです。また、そのような生徒を日頃指導している先生方にも期待できます。
中学受験をする目的は、まさにそうした「人間の環境」を手に入れることに他なりません。
(2)小学校のときに目標を持って努力する価値を知る
スポーツや芸術に秀でて世界を目指すような小学生はごく一部です。大多数の小学生は、漫然とした小学校時代を過ごしています。そこに、「中学受験」というわかりやすい目標を設定できるのです。その目標のために努力して、その結果を受け止める、そんな体験ができるのも、中学受験を志したからです。
(3)高校受験で足踏みをしなくて済む
残念ながら、高校受験を目指した中学生の学習内容は、さほど高度なものであるとはいえません。教科によっては、中受の入試問題のほうが難しいくらいです。中受で主流となりつつある思考力・記述力を問う問題など、高校入試ではほとんど出されません。
ということは、能力も学習意欲も高い生徒にとっては、高校入試のために、学習を足踏みさせられるのです。世界史でも理科でも数学でも、本来ならもっと先へ進むことのできる中学生が、先へ進むことを許されないのですね。
この停滞って、本当に必要なのでしょうか。
(4)6年間あるので幅広い学びができる
中高一貫校でよく聞くのが、中3~高1のあたりに、留学する生徒がいるという話です。それも一部の特殊&優秀な生徒の話ではありません。
夏休みを利用した1か月ほどの短期留学が多いようですが、人によっては1年間留学する生徒もいます。
それが可能なのも、高校受験がない6年間の学びだからこそですね。
(5)大学入試に有利である
正直いって、このメリットはおまけです。
学校は大学受験予備校ではありません。受験に無関係なことだってたくさん学びます。むしろ私立のほうがそうした傾向が強いくらいです。
しかし、学習進度が早いことは確かですので、高校3年生にもなると、カリキュラム学習はすでに終わり、大学入試を意識した学習に振り向ける余裕があるのは確かでしょう。
4.教育をコスパで語ることの愚
ちょっと「教育 コスパ」で検索してみると、様々なページや書籍がヒットします。
ということは、コスパを重視する方が多いということなのでしょう。
そして教育の中でも、中学受験のコスパは最悪らしいですね。
「公立中学→公立高校でも東大に入れる。それなら私立中高に通うのは金の無駄である」
だいたいの言説はこのようなものです。あるいは、
「私立に入れても、結局塾に課金しないと東大に入れないのだから、私立に通わせるのは無駄である」
「私立中高に入れても、結局大したレベルでない私立大学にしか進学できないのなら、私立にいれた意味はない」
こうした意見も目にします。
あるいは、「私立中高は子ども同士・親同士の付き合いでもかかるお金が桁違いである。したがって見えない経費がかさむ」というものもありました。いったいどこの学校の話なのかはわかりません。例えば、いかにもお金のかかりそうな慶應に進学した生徒によると、「別荘があるような家庭も多いみたいだけど、よくわからない。別にそれだから偉いわけでも、別荘が無いからだめなわけでもないし。私には関係ないかな。」と言っていました。
正論です。
もしコスパを語るなら、子どもを作らないのが最もコスパが高いのです。
教育をコスパで語ろうとすると、究極はそこに行きつくしかありません。間違った(望まない)結論が出るということは、前提の置き方が間違っているということでしょう。
あるいは中卒で働かせるのも、コスパは最高です。
いくら高校無償化が進んでいるとはいえ、それなりに様々な経費はかかります。それなら、子どもには中学を出た段階で働かせればいいのです。その後の費用は一切かかりません。そればかりか、親にお小遣いを渡すこともできるでしょう。
それに対する反論はこうでるでしょうね。
「中卒・高卒で働くと、生涯年収が低い。やはり大学、それもレベルの高い大学を出て良い就職をするのが、生涯年収が最も高くなるからコスパが高いのだ。」
なるほど。
つまり教育の目的は、生涯年収を上げることにある、そういう考えなのですね。
これでわかりました。
私が教育をコスパで語ることに違和感しか感じない理由が。いや、違和感というより嫌悪感に近いですね。
子どもたちに向かって、「将来お金が儲かる仕事につくために、今頑張って勉強するんだぞ!」と言う大人にだけはなりたくないのです。