中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

中学入試激励の現場でみかけた学校や塾の内面

今回は、昔話です。

コロナ以前、中学入学試験会場では、塾の先生たちによる受験生の激励が風物詩でした。

そこには、学校の内面や塾の体質が表れていたのです。

※特定の学校や塾を持ち上げる意図も貶める意図もありません。あくまで私個人が実際に体験した話を書いているだけです。

ビデオを撮る社長

この学校は最難関校の1つであり、人気校です。私は数年連続で同じ学校の校門前に立ったことがあるのです。

この学校の生徒集合時刻は8時30分です。だからそれまでに来ればいいのですが、生徒によっては異様に早く来てしまう生徒がいるのですね。したがって塾の教師も早く来ざるを得ません。また、狭い校門前の場所取りもあります。6時半には行くようにしていました。ちなみに日の出時刻は6時40分です。まだ真っ暗な時刻から、塾の教師たちが並ぶのですね。そうして立っていると、だいたい塾による立ち位置というのが決まってきます。そして、よく見かける他塾の先生というのもわかってくるのです。ああ、あのおじさん、去年もいたな、とかですね。そうして薄暗い夜明けの最も気温の下がる時刻に外に立っていると、なぜか他塾の先生であっても連帯感のようなものが生まれるから不思議です。あ、最初の受験生が入ってきました。Nのバッグを下げていますね。

もちろんN塾の先生方は握手をしていますが、他塾の先生たちもこの受験生に暖かい励ましの声をかけるのです。また、集合時刻を過ぎて走ってやってくる受験生には、やはりそこに居合わせた先生方が塾の垣根など気にせず声をかけています。

さて、その塾(A塾としておきます)も、同じようにして大勢の先生方が動員され、手をこすりながら生徒を待っていました。8時15分くらいがピークタイムですね。生徒達で校門前は大渋滞となります。そしてA塾の先生方も次々に生徒に声をかけ握手をしているのです。そこに黒塗りのリムジンが校門前に表れました。降りてきたのはA塾の社長です。A塾の先生方の列の真ん中に入り、生徒に笑顔で握手を始めました。さっと寄ってきたのがA塾が雇ったビデオカメラクルーです。社長が笑顔で生徒を激励するシーンを撮りにきたのですね。そもそもこの社長は教師ではありません。受験生にしても謎のおじさんに握手されてどれほど励まされたのかは不明です。5分ほどもそうしていると、もう十分な画が撮れたのでしょう、リムジンで去っていきました。

おそらくは、入試報告会のようなイベントで流す映像撮りなのでしょうね。

夜明け前からここに並び、極寒の中2時間以上も生徒を激励していた先生方と、5分だけ登場した社長。まあ身分の違いということでしょうが、私がこのA塾の社員だったら、それだけで退職したくなるだろうなあ、と思わず同情してしまいました。

 

怒鳴り散らす体育教師

とある男子最難関校です。

この学校の門の前の歩道は狭いのです。

歩道の壁にへばりつくようにして塾の先生方が並びます。やはり100近くの教師が集まるでしょうか。

そして生徒は、3方向からやってきます。そうすると、例えば横断歩道を渡ってきた受験生が、激励の先生に会うために、右の歩道のほうに逆戻りする、そんなことになります。

もちろんこの歩道は受験生以外の通行人も通ります。

もうカオスです。

「あんたら邪魔なんだよ!」と自転車を引くおば様に怒鳴られたこともありました。たしかに近隣住民にとっては迷惑以外の何物でもありません。本当にすいません。

校門を入ったところは、何もない前庭です。広い空間です。上の図の点線部分ですね。徐々に激励教師の一部が、校門の中に浸食します。これはやむを得ないです。歩道で邪魔にならないようにしようとすれば、必然的に校門の中に入るしかありませんので。

そこでこの学校の体育教師が登場します。

「ここは学校の敷地です。部外者は勝手に入ってこないでください。速やかに外に出ていってください」

という内容を、もちろんこんな丁寧な表現ではなく、反社勢力の方顔負けの表現力で怒鳴ります。

まるで虫けら扱いされるようにして道路上に追い出されるのですが、そのことがかえって外のカオスを助長するのです。

たしかに塾教師など、その学校の先生からすれば虫けら同然の存在なんでしょう。毎年入試日にあらわれる邪魔な虫けらです。排除したくなる気持ちもわかります。

しかし、ほとんどの私立中学では、激励教師の存在は必要悪のようなものとして認識されているのか、近隣住民の迷惑にならないよう校門の内側にスペースを設定してくれる場合がほとんどです。

浅野も開成も麻布も桜蔭も、塾ごとに仕切られたスペースをあらかじめ用意してくださいます。その方が混乱が少なくなりますので理にかなった対応ですね。

しかしこの学校はそんな気遣いはゼロです。これは塾教師への気遣いというより、受験生や近隣住民への気遣いも無いのだな、と思わざるを得ません。

そうしたことが毎年続くと、この学校を生徒に勧める気持ちが徐々に減ってくるのは否めません。塾の教師だって人間ですので。

 

缶コーヒーの温もり

5日に激励に行った某女子校です。

この学校を受験しようとする生徒は、正直言ってまだどこも合格が出ていない生徒が大半です。

もう最後の砦、ここがダメだったら公立中学進学確定となってしまう、そうした背水の陣のような受験となるのです。

そこに集まる塾教師の人数はそう多くはありません。1日~3日の受験が、いわばイベントのような入試激励となるのに対して、5日のこの学校の激励は、本当に激励が必要な生徒を心ある塾の先生が励ましに来る、そうした激励だからでしょう。

この回の入試は、500名程の応募者に対して受験者数は400名弱です。受けにこなかった生徒というのは、受ける必要がなくなった幸せな生徒ということですね。逆にいえばこの400名は後がない受験生たちです。ここから100名ちょっとしか合格できないのです。

暗い表情の生徒たちをなんとか励ます、そうした激励も終わり、そろそろ帰り支度をはじめようとする頃合いに、一人の上品な女性が現れました。学校の院長先生です。塾の激励教師一人ひとりに暖かい缶コーヒーを「ご苦労様でございます」と手渡しで配ってくださいました。

その缶コーヒーの温もりは沁みましたねえ。

こうしたちょっとしたことでも、学校の印象は大きく変わるものです。

 

モラルのない塾

これは高校受験の話です。

高校受験の最難関校の一つに激励に行った先生から聞きました。

毎年のように、B塾の教師たちの傍若無人なふるまいが目に余るのだそうです。

知人の先生は、狭い入口付近の激励場所確保のために、当日早朝、まだ始発も動く前から場所取りをしていたそうです。

一応の暗黙のルールとして、3人で場所取りしたならばそこに立てるのは3人だけ、そうした了解があったそうです。これはイベントの行列の場所とりでも同じですね。

その先生方は5名ほどで一番良い場所をとりました。それより良い場所には1名だけ、B塾の若い先生が立っていたそうです。やがて、激励時間が近づくと、一人、また一人と、B塾の教師が現れて若い先生がとっていた1名分のスペースに並びます。当然押し出されるようにして、知人の先生方5名は、どんどん外に押し出されていくのだそうです。結局、最前列に10名ほどのB塾教師が並ぶのだそうです。

これが毎年繰り返されるので、もう一触即発の状態だと怒っていました。合格実績の伸びがめざましいB塾ですが、生徒募集や合格実績カウントにモラルがないことでも業界では知られている塾です。こんなところにも人間性というものが現れるのですね。

 

雪かき

入試前日に大雪となったことがありました。私が激励に向かったのは、長い上り坂の上にある学校です。この学校は校門を入ってから校舎までも上り坂が続きます。

あの坂を上るのか。滑落必至だな。

冗談でなく、ピッケルとアイゼンを装備したくなりました。持っていませんが。

スノーシューズを履いて学校に向かって目にした光景は。

上り坂の雪が全て除雪されているのです。学校にたどり着くと、校門の中では生徒と教師がスコップで必死に最後の雪かきをしているところでした。雪による遅延を予想して相当早く行きましたので、ほぼ一番乗りをしてしまった私は、先生方と生徒たちにまざり雪かきのお手伝いをすることにしました。雪かきしながら先生にうかがうと、早朝から皆で坂道の雪かきをしていたとのこと。もちろん受験生が滑って転ばないようにとの配慮です。

同じく大雪の日に、校門までの道に足跡一つついていなかった某校と比較してしまいました。足跡一つないということは、職員がどなたも出勤していないということです。雪のようなアクシデントに対する姿勢が、学校の姿勢を反映していると思いましたね。

コロナ禍の恩恵

コロナ禍に、私たちの社会にもたらした恩恵など一つもありません。しかし、たった一つだけあるとすれば、これです。

入試激励がなくなりました。

もともとは、自分の教えていた生徒に最後に一声かけてあげたい、そうした教師の気持ちから始まった行動であったと思います。

それがいつのまにやら大規模かつ組織化されたイベントへと変わってしまったのです。

激励場所で見ていても、生徒を名前で呼びかけている教師は少数です。皆教えたこともない生徒に握手しているのです。

どの生徒が自塾の生徒かどうか、鞄やバッジで見分けるそうです。

まあ塾も大規模になると無理もありません。

しかし、完全に形骸化したともいえるこの悪習は、なかなかなくなりませんでした。

私が悪習と言い切ったのは、これが塾の教師に負荷をかけすぎるからです。

20年以上前ですが、日能研関西の先生が過労死した事件を忘れるわけにはいきません。入試期間中の勤務が1週間で80時間を超え、2か月間1日も休めなかったそうです。

入試激励に早朝から行くと、その日の労働時間はすぐに15時間くらいにはなってしまいます。そんな日が5日も続けば、それだけで75時間です。あ、まずい、過労死ラインを完全に超えています。

私に言わせれば諸悪の根源ともいうべき激励がなかなかなくならなかったのは、どうしても教師の本能=生徒を受からせたい、という思いが否定できなかったからですね。一種のやりがい搾取のような悪習でした。

おそらく、どの塾の先生方も、入試激励がなくなったことでほっとしていることでしょう。