※2024.3.23加筆修正
もともとの記事は、入学願書の準備をする時期(12月頃)に書いたものでした。
入学願書の志望理由の書き方についてです。
しかし、今年の入試結果をみていて、あることに気が付いたのです。
第一志望校に合格した生徒は、みな早い段階から志望を確定させていた生徒ばかりであることに。
本来は、まず最初に志望校があって、そのために努力して合格に至る、それが王道です。
12月になってから志望理由について悩んでいるのは遅すぎるのですね。
そこで、春のこの時期からどのようにして「自分の中の志望理由」を言語化するのか、そこに焦点を当て直してみたいと思います。
1.私が志望理由の添削指導をお断りする理由
(1)「入学したい!」という思い
どう考えてみても、本人の「この学校に通いたい!」という思いに勝るものはありません。その思いがきちんと言語化されていれば、本来は添削の必要などないのです。
(2)親の気持ち
とくに中学入試の場合、願書の記入は親が子供にしてあげられる数少ない助力だと思います。
せめて願書くらいは、親が全力で取り組むべきではないでしょうか。
子供たちは、ものすごい努力をしてきているのですから。
(3)面接との齟齬
願書の志望理由について面接で聞かれることが多いのです。
学校によっては、面接官の目の前に、提出した願書が置かれていて、それに基づいて質問されます。
他人の書いた志望理由を提出していたのでは、面接のときの返答に齟齬が生じる可能性があるのです。
(4)プロの文章は不適
プロ(私)が書くと、破綻のない文書になりすぎるのです。
学校側が一番嫌うのが、対策本やネットにあるような文章のはずだと思いませんか?
以上の理由から、志望理由の添削は基本的にはお断りしていました。
しかし、あるとき、帰国生の中3のA君本人がすがるような目をして持ってきたので、少しだけ見てあげることにしたのです。
2.慶應志木高校の願書の添削指導の実例
(1)本人の書いた志望理由
貴校を志望した理由は2つあります。1つ目は1学年250人という少人数規模であることです。それぞれのバックグラウンドに応じたきめ細やかなサポートがなされているので、帰国生の僕でも安心してしっかり学べる環境が整っていると思いました。2つ目は、総合的な学習の時間や語学課外講座があることです。僕は、将来海外で活躍できる職業に就きたいと考えていて、そのためには今までのアメリカ生活経験に加えて、他の国の文化や言語を学ぶことが必要だと思っています。貴校のこれらの講座は僕の将来に役に立つと思い、志望しました。
なかなかよく書けていると思います。
A君の字は少々幼いので、その字で「貴校」と書いてあるのに違和感は感じましたが、中3で「貴校」と書けるところは褒めてあげたいですね。
他の表記法としては、「御校」「貴学」がありますが、「御校」は話し言葉の際、「貴学」は大学に対して使うという違いがあります。まあ中3ですので「御校」と書いたところで問題はないと思います。
A君は志望理由を2点まとめました。
1.少人数→きめ細やかなサポート→帰国生の自分でも安心
2.総合的な学習・語学課外講座→他国の文化や言語を学べる→将来につながる
A君にとって大切なポイントをよくまとめてありますね。
このままでも良いかな? とは思ったのですが、1点だけアドバイスをしました。
(2)アドバイス
「A君。君の書いた志望理由なんだけど、とても良く書けていると思うよ。君にとって重要な点を2つ書いたんだね。でも、この2点にあてはまる学校って、他にもたくさんあるよね?
1学年250人は決して少人数とはいえない規模だし、もっと人数の少ない学校もある。それに、総合的な学習の時間(2022から総合的な探求の時間)は文部科学省が学習指導要領で定めたもので、あらゆる高校で実施されている。
つまり、これではA君が慶應志木に入りたい思いが伝わってこないんだ。「他の学校ではなく、慶應志木に入りたい」という君の気持ちが伝わるように書き直してみてごらん。
慶應志木の入学案内やHPをよく読んで、この学校が一番大切にしているものは何かをよく考えてみるといい。」
慶應志木高校のHPにみられる学校の理念とはどのようなものなのでしょうか?
(3)慶應の理念
(慶応義塾の目的)
ここには慶應の高い矜持が見てとれます。この時代の「どこにでもあるような学校」とは、おそらくは欧米先進文化・技術を日本に移入することを目的とした学校を指すのでしょう。
さらには、生徒が「気品の泉源」・「智徳の模範」となることを目指すとあります。
その上で、「積極的に社会を引っぱってゆくような人物となってくれることを願っている」と書かれていました。
(独立自尊)
「独立自尊」という語句は、慶應の根本精神として表明されている語句です。
その意味として、具体的に次の2点があげられています。
・「権力に従うのではなく、自ら考え、自分の責任において物事を判断し行動すること」
・「自分をおとしめず、同時に他の人々のことも尊重し、自分と同じように大切にすること」
独立という言葉からは、この前の部分は容易に想像できるでしょう。
肝心なのは、そこに2番目の考えが付け加わっていることなのです。
自分と同じように他者を尊重し大切にすることが求められているのですね。
(志木高の教育目標)
1.塾生としての誇りを持たせること
2.基礎的な学問の習得
3.個性と能力をのばす教育
4.健康を積極的に増進させること
2・3・4番目は特段珍しい目標とはいえませんが、1番目の目標が慶應らしいところです。
これらを読むと、この学校が高い目標を持ち生徒の指導にあたっていることがうかがえます。
数多ある学校のように、大学進学実績を追い求めたり、英語力を鍛えたりするような小さなことを目標としてはいない。
もっと教育の本質的なところを考えている学校なのですね。
こうした理想というものは、掲げるのはたやすいのですが、実現することは困難です。
慶應の特筆すべき点は、この理念を1858年の創立以来、165年間にわたって掲げ続けていることにあります。
昭和にできた慶應志木ですら、75年間の歴史を持っています。
慶應を志望するということは、この高い矜持と理念と歴史を理解するということなのです。
はたしてA君に理解できたかな?
(4)本人が直してきた原稿
貴校を志望した理由は2つあります。
1つ目は、先生方が生徒一人一人に目を配ってくださり、それぞれのバックグラウンドに応じたきめ細やかなサポートがなされているので、帰国生の僕でも安心してしっかり学べる環境が整っていると思いました。2つ目は、独立自尊の精神です。僕は、将来海外で活躍できる職業に就きたいと考えていて、そのためには自分で判断して行動することや他者を尊重することが大切だと思います。貴校で学ぶことが僕の将来に役に立つと思い、志望しました。
ううん、少しは良くなったかな?
表現の仕方には修正したいところがたくさんありますし、最後の「僕の将来に役に立つと思い」の部分は、なんとも上から目線とでもいいましょうか、自分第一の考えが透けて見えることが気にはなります。「独立自尊」の部分も取ってつけたような印象は拭えません。
とはいうものの、まあ15歳の書く文章なら、これで上出来でしょう。これ以上手を加えると、「大人の書いた文章」になってしまいますし。
志望理由の書き方についても、面接についても、最初にやるべきなのは、学校の発信するメッセージをとことん読み解くことなのです。
3.学校選びは学校の理念に共感すること
学校を選ぶということは、その学校の教育理念に共感することに他なりません。どうも昨今そのことが忘れられがちの様な気がするのです。
〇豪華な施設
〇東大実績
そんなことばかりを気にしてはいないでしょうか。
また、慶應の付属高校を選ぶときに、「とにかく大学受験はしたくないから、大学付属高校一択。そして慶應大学ならブランドイメージも最高だ」そんな安直な理由で受験しようとしていないでしょうか。
高校・大学と思春期の7年間!を過ごすところです。
ところん惚れこんでから受験すべきです。
慶應附属高を受ける生徒なら、以下の本は読んでおかなくてはなりません。
「学問ノススメ」
「福翁自伝」
内容は平易で読みやすいです。といいたいのですが、何せ漢文調なので現代のわれわれからは実に読みづらい。本当は慣れてくればこの漢文調が快感となるのですが、さすがに中学生には難しいかもしれません。
そこで、以下の書をお勧めします。
◆『NHK「100分de名著」ブックス 福沢諭吉『学問のすゝめ』(齋藤 孝著)
100分de名著という番組はご覧になったことはありますか?
古典的名著、でも読んだことのない本、そうした本を取り上げてわかりやすく番組にしてくれています。この本なら、番組を底本として書かれていますので読みやすいはずです。