中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

対話型授業の重要性:PISAから見る教育の未来

2022年の調査結果がつい先日公表されましたので、今回はそれについて考察します。

1.PISAとは?

PISAというのは、経済協力開発機構OECD)が3年毎にの15歳(日本は高1)に実施している「学習到達度調査」のことです。

詳細については国立教育政策研究所のHPをごらんください。

OECD生徒の学習到達度調査(PISA):国立教育政策研究所 National Institute for Educational Policy Research

 

本来なら詳細にスコアを分析すべきなのですが、どうしてもこの調査は国ごとの順位が大きく報道されがちです。それは順位を出せばそうなりますよね。

今回日本は大きく順位を上げたそうです。

PISA順位

その理由としては、文部科学省はこう言っています。

「(コロナによる)休校期間が他国より短く、学習機会が確保されたことが影響した可能性がある」

「探求的な学習や対話型授業の拡大も効果があった」

「話し合いの授業を求める新しい学習指導要領で授業改善が進んだ」

「学校のデジタル環境整備により生徒がパソコン型式の出題に慣れた」

そうなんでしょうか? そうかもしれません。 文科省の、どうしても手柄にしたいという思いが前に出すぎな気が若干しますが。

たしかに2003年の結果は、「PISAショック」という言葉が生まれたほど、教育界を揺さぶったようです。

 

2.PISAショック

もともとこの言葉は、2000年の調査結果に対して、ドイツでつかわれた言葉です。このときドイツの結果は、「読解力」で参加31か国中21位、「数学的リテラシー」と「科学的リテラシー」は20位でした。スコアもOECD平均を全て下回ったのです。

その理由をドイツは2つ考えました。まず、移民系の生徒の問題です。移民が多い地域のスコアの低さが目立ちました。この問題を解決するため、幼少時からの早期教育の充実を実現していきます。また、ドイツ特有の学校制度の問題がありました。中等教育段階(10歳)から、ギムナジウム・実科学校・基幹学校の3種類に分かれるのがドイツの特徴ですが、スコアの高かったほとんどの国では、教育のラインは1本線だったのですね。3本線から2本線への修正をはかります。

 

 さて、日本では2003年にPISAショックがあったわけですが、そのため「ゆとり教育」の見直しがはかられ、「確かな学力」を求めるように修正されていくことになったのです。

 近年では、「知識を現実の課題に活用する力」PIASを念頭に置いた教育政策が展開していきます。学習指導要領においても、文科省のいうように、「詰め込み型」から「対話型」の授業へ転換をめざすようになりました。

 

現代教育行政研究会代表の前川喜平によると、今回の好成績は2012年の成績に匹敵するが、2012年当時の15歳は、授業時間数の少ない義務教育、つまり「ゆとり教育」を受けた世代なので、ゆとり教育により学力が低下したとはいえないそうです。

むしろ心配するべきは、質問紙調査の結果だといいます。

「実社会の問題の中から数学的な側面を見つけること」に自信があると答えた生徒は、OECD平均の51.2%に対して日本は22.7%。自立学習に対する自己効力感も34位。自力で学校の勉強をこなす自信がないと答えた生徒が6割にも上るそうです。

やはりこの調査の順位だけを見ても何も見えてこないということなのですね。

 

3.対話型の授業とは

私は思うのです、「対話型の授業」って簡単にいいますが、それがどれだけ大変なのかわかっているのでしょうか?

対話型の授業が成立するためには以下の要件が欠かせません。

〇生徒に基本的な知識が備わっていること

〇同じレベルの生徒が集まっていること

〇生徒の意見を取り上げて授業に反映させる力量がある教師であること

〇少人数制であること

 

 (1)生徒に基本的な知識が備わっていること

 対話のためには、生徒にそのための「材料」がなくてはなりません。つまり知識が必要なのです。知識が無い状態での「対話」は、単なる感想の言い合いにしかなりません。それでは「対話風」の授業にしかならないのです。

 たとえば、ある時の「天声人語」に、1960年代の話として、夫がバナナを買って帰ってきたときに妻が驚く話が紹介されていました。ここで妻がなぜ驚いたのかを理解するためには、バナナの輸入自由化が1963年であり、それまでは非常に高価であったこと、そしてこれが後の農産物輸入自由化の皮切りであったことを知っている必要があるのです。その知識が無い生徒に対して、「なぜこの時妻は驚いたのか?」と答えさせたところで、頓珍漢な答えしか出てこないであろうことは容易に予想がつきますね。

 (2)同じレベルの生徒が集まっていること

 これも「対話型」授業成立の必須条件です。一人の生徒の発言を他の生徒が賛同or批判し、それに反論が続き、こうして対話が生まれます。このレベルがそろっていないと、特定の生徒が教師と「対話」しているだけで、それ以外の生徒が蚊帳の外に置かれてしまうことがよくあるのですね。

 (3)生徒の意見を取り上げて授業に反映させる力量がある教師であること

 「対話」型授業を実現するためには、教師の力量も相当必要となります。生徒の多様な意見を、取り上げるものは取り上げ、そうでないものは修正し、場合によっては封殺する、そうしたジャッジを瞬時に下さなくてはなりません。また、生徒がいった意見が、自分が予習段階で想定していたものではなかっとしても、もしかすると正当な知識や意見であることもあります。「俺が知らないからそれは違う」などというような教師では話にならないのですね。そうとうな知識量と瞬発力が要求されることは間違いありません。対話型授業では、最初に想定した授業計画から逸れていくことなど当たり前です。それでも「これは面白い展開になっているから、もう少し展開させよう」とか、「ここにこうしたヒントを出せば、さらに対話が活性化するぞ」といった、いわば教師の「センス」とでもいうものが問われるのです。

 (4)少人数制であること

 経験上、こうした対話型の授業が成立する最大人数は20名程度です。本当は10名くらいが理想です。そうでないと、一部の生徒と教師だけが盛り上がっていて、他の生徒はぼんやりする、そうした授業になってしまうからです。

 

学校教育において、こうした「対話型」の授業がなかなか困難であるといえますね。

私としては、「知識詰め込み教育」の先に、「理想的な対話型教育」が展開するものだと思っています。この両者は、相反するものではなく、相互補完する概念だと思うのです。

いずれにしても、PISAの順位に一喜一憂するのはあまり意味がないと思います。



最後に、各国のスコアを見てみましょう。

シンガポールがすごいですね。大学の国際ランキングでもいつも上位にいるのもうなずけます。

PISAスコア

注意

ところで、複数の報道機関でこの順位報道がずれているのですが、それには理由があります。

PISAOECDが主体となって実施しているのですが、その調査対象国はOECDに限りません。2022の調査では、参加国数は81か国です。OECD加盟国38か国中37か国が参加していますので、その他にも多くの国が参加しています。

OECD内の順位と全体順位の2種類があるのですね。(上の表・グラフは全体順位です)

 また、前回の2018の結果では、読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーの全分野において、中国が圧倒しました。

1位 北京・上海・江蘇・浙江
2位 シンガポール
3位 マカオ

この結果をみて?と思いますよね。中国だけ国単位ではなくて都市単位で参加しているのです。まあ香港やマカオは中国と統計を分ける慣習ですのでかまわないのですが。

これは日本でいえば、東京・大阪・京都だけが参加するようなものです。

明らかに教育水準が高い都市だけセレクトしての参加なので、他国との比較が成立しません。また、出稼ぎ者の子供は排除してテストを実施したようです。

2022の調査は、コロナの影響により中国は参加していません。

 

世界大学ランキング

ところで、2023に発表された大学ランキング「Times Higher Education World University Rankings 2024」

World University Rankings 2024 | Times Higher Education (THE)

を見ると、ベスト100に入っているアジアの大学は以下のとおりです。

12位 清華大学(中国)
14位 北京大学(中国)
19位 シンガポール国立大学
29位 東京大学
32位 南洋理工大学シンガポール
35位 香港大学
43位 上海交通大学(中国)
44位 復旦大学(中国)
53位 香港中文大学
55位 浙江大学(中国)
55位 京都大学
58位 香港科技大学
62位 ソウル大学(韓国)
73位 南京大学(中国)
74位 中国科学技術大学
76位 延世大学(韓国)
82位 香港城市大学
83位 韓国科学技術院
87位 香港理工大学

 

中国の大学の躍進が著しいですね。そして香港の大学にも驚かされます。あんな狭い地域にこんなに良い大学がひしめき合っているのですから。

まあ、もともと欧米(とくにアメリカ・イギリス)の大学に有利なランキングともいわれていますので、こちらも順位に一喜一憂すべきものなのではないのでしょう。

PISAの結果と合わせると、シンガポールの教育事情が気になるところですね。