中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

教育DXについて 未来の教育の姿を考察

前回の記事で、黒板とホワイトボードの比較を行いました。

そこでは電子黒板について触れる余裕がなかったので、ここで記事にしたいと思います。

 

電子黒板について

いろいろなタイプが出ていますね。

大きくわけると、以下の2タイプです。

 

プロジェクタータイプ

単焦点のプロジェクターを黒板(ホワイトボ)上部に設置するタイプです。

スクリーン機能があるホワイトボードと組み合わせるのが普通です。

専用のペンを使うと、ペンの位置が感知されるために、まるでタッチペンのように文字等を書き込んだり画面を操作することが可能です。

最近よく見かけるのは、スクリーンが黒板タイプです。

一件普通の黒板にしか見えないのですが、プロジェクターのスクリーンとしても機能するというものです。黒板を捨てられない保守的な教師(私?)に向けた製品ですね。

 

その他に、普通の黒板やホワイトボードに後付けでインタラクティブ機能を持たせる機器もあります。

タッチディスプレイタイプ

 簡単に言うと、巨大なipadですね。

55~85インチの巨大なモニターがタッチディスプレーとなっていて、専用のペンを使うと書き込み・操作等が可能です。

 

毎年国際展示場で行われる教育DXの展示会には足を運びますが、「電子黒板」として並べられているのはこの2種類です。基本機能は10年以上変わりません。

〇書き心地がよくなった

〇反応が早くなった

〇アプリが進化した

〇価格が下がった

変わってきているのはこの4点くらいです。

 

 

電子黒板は黒板・ホワイトボード(WB)にとって代わるのか?

確かに電子黒板は便利そうでです。

新しもの好きの私の心もくすぐられます。

機会があればいろいろ試したりいじったりしてきました。

しかし、私はしばらくは導入しません。

なぜなら、安定性に不安があるからです。

電子機器というものは、100%の安定性はありません。パワポのスライドをプロジェクターで映写する、たったこれだけのことでも、エラーを起こすことはあるのです。

たぶん塾・学校の先生方なら賛同いただけると思います。

「さあ、じゃあ次のスライドを見てごらん・・・・。あれ? おかしいな? ちょっと待ってて・・・・・。」

「さあ、動画を見てみよう・・・・。あれ? 音声出ないね。なんでだろう?」

ここで仮に3分でも5分でも無駄な待ち時間を設けたくはありません。

授業はライブのようなものです。いったん授業の流れが途絶えてしまうと、生徒の思考の流れも途切れてしまいます。

それが嫌なのです。

しかも、電子黒板でなければできない授業というものが、今のところ見当たりません。

開発しているのが教育とは無縁の業者ばかりですので、現場の教師が「こういう黒板が欲しい!」と要望しているものが反映しているわけではありませんね。

「ほら、こんなに便利な機能がありますよ!」と営業の人にすすめられますが、どれも私にとっては不要のものばかりです。

パソコン+大型モニター(プロジェクター)、そして書画カメラがあれば事足りてしまう機能ばかりなので、食指が動かないのです。

 

ところで、前回も少しふれたアメリカの教室風景です。

教師はモニターの前のデスクに座り、PCを操作してパワポのスライドを写しながら授業をするとのことです。

これは、教師が楽をしていますね。

黒板(WB)に文字を書くより、はるかに楽には違いありません。

しかも、あとでプリントアウトして配れば、生徒はノートに書きとる必要すらなく、実に効率的です。

しかし、このスタイルが通用するのは、大学生以上、せめて高校生(しかも優秀な)以上だけでしょう。

あるいは、写真や動画などの映像を見せるのには適したスタイルです。

もっとも細かいことを指摘させていただくと、写真や動画等を授業で使えるようにするのには著作権のクリアが必要です。学校単位で大量の映像のアーカイブを購入済ならよいですね。そうでなくて教師が個人的にスライドを作成する場合は要注意です。

私は、授業はライブだと思っています。

全く同じテーマ・素材の授業であっても、生徒の反応しだいで無限に変化します。

つまり、教師→生徒→教師→生徒 といった具合に、「思考力ループ系」で授業がすすむのです。

この「思考力ループ系」授業というのは私が命名しました。生徒の反応を拾い上げながら、それをすぐに授業に組み込み、また生徒に投げかける、そうしたスタイルです。

パワポのスライドを使った授業では、これができません。

シナリオ通りの授業のみに有効な授業スタイルだからです。

しかも教師は座ったまま。

さぞかし楽でしょうね。

私にはできません。立って生徒の間をうろうろしながらでないと、授業の「ノリ」が出ないのです。

再びライブに例えると、普通は座っているのはドラマーだけです。たまにキーボーディストも座っています。しかしアップテンポな曲調では立って弾いていますね。

ギターもベースもボーカルも、全員が座っているライブ、想像できますか?

(その昔、そんなスタイルのブルースバンドを見た気がします。)

やはり、ボーカル、ではなく教師は立って授業するものだと思います。

 

 

電子黒板以外の機器

 電子黒板以外にどんなものが展示会に出品されているのでしょうか?

大きくわけて4つです。

タブレットPC

 ipadがもっともメジャーですが、それ以外にもタブレットPCはあります。また、Eインクを使った電子ペーパーディスプレイもあります。(kindleでつかわれているもの) より画面を大きく、より見やすく様々な工夫がこらされているものが見かけられます。

しかし、いずれにしても画面サイズが小さすぎます。

ipad-proで13インチ。これだって安いノートPCよりもさらに小さな画面サイズです。

少なくとも19インチはないと、B4サイズが一画面に表示されません。

しかも、紙とは違って、モニター・ディスプレイは目との距離をとる必要があります。成長期の子どもにとって目のケアは最重要課題です。

そうすると、A3サイズが表示できないとつらいですね。

A3サイズが420×297mmです。

21インチのモニターの画面サイズが464㎜×261㎜、24インチのモニターが531×299mmですから、少なくともこれくらいのサイズが必要です。

もし私が教室で生徒一人ひとりに何らかのPCを与えて授業に活用するのなら、机にあらかじめ21~24インチ程度のモニターを設置しておくスタイルにするでしょう。

この場合、タッチペンでモニターに直接書き込む必要はありません。タッチペンでの操作は、必然的に目がディスプレイに近づくので嫌なのです。マウスとキーボードでいいじゃないですか。慣れの問題はありますが、タッチペンよりマウスのほうが私は操作しやすいと思います。(これは好みの問題)

そして入力デバイスとして今のところキーボードに勝るものはありません。

タッチペンなど使うと、字が下手になること請け合いです。

ということで、タブレットの展示コーナーはスルーしましょう。

 

Webカメラ

リモート授業用ですね。自動追尾機能つきなどの高性能なwebカメラが多数展示されています。リモート授業では、回線の容量がありますので、あまり高性能なカメラは不要です。自動追尾機能は少し惹かれますが、たぶん不要でしょう。

 

◆アプリケーション

学習用・教室管理・プリント作成、このあたりのアプリが多いですね。私はアプリで勉強することに価値を見出さないので興味はないのですが、多種多様なアプリが出品されています。とくに、先生がオリジナルの問題やプリントを作成するのを支援する機能が充実していますね。しかしこれを導入するくらいなら、リクルートが作った「スタディサプリ」で十分です。さすがにお金をかけているだけあってよく出来ています。

教室管理用アプリは、4桁以上の生徒をかかえる塾の経営者には必要なのでしょう。私はエクセルを駆使すればだいたい同じことができてしまうので必要としてはいません。ちょっとした関数やマクロを組み込めば、アプリと同等のことはこなせます。

 

◆プログラミング

ひところより、プログラミング教材関連の展示が減っているような気がします。一通り出そろって、学校が採用するものも絞られてきたからだと思います。

 

その他にも、生成AIや3dプリンターなど、あらゆるものが「教育DX」「EdTech」として作られ、売り出されています。学校にでも採用されればビッグビジネスだからでしょう。

今のところは、これを活用することで生徒の学力が高まる、というものは見当たりません。せいぜい教師が少し楽をできる、その程度のものですね。それだって怪しいものだと思っています。

 

peter-lws.hateblo.jp

 

 

タブレットを使った授業

 

例えば、教室に20人座っているとして、20台のipadがそれぞれのデスクに置かれています。教師が生徒のipadに一斉に課題を送り、生徒はそれに取り組みます。生徒が書いた答えが教師のPCに送り返されてきます。教師はそれを見ながら、全員が答え終わるのを待ちます。それから、正解した生徒を指名したり、間違えた生徒の答案をとりあげたりして集団指導の授業をすすめるのです。

こんな授業風景、見たことはありませんか?

そうですね。最近見かけるようになったタブレットPCを活用したDX授業」です。

一見してとても新しい最先端の授業のように思えますが、何のことは無い、上述したような「教師が生徒一人ひとりの石盤に課題を書いてまわる」授業を、ipadに置き換えただけです。

生徒がどんな問題を間違えたのか、正答率まで教師の手元に表示されるアプリもありますね。

私に言わせれば、「教師が手抜きをするのもいいかげんにしろ!」です。

ちょっと机間巡視をすれば、生徒の解答状況など簡単につかめるのです。

 

石盤から黒板が生み出された過程については前回の記事で書きました。

peter-lws.hateblo.jp

しかし考えてみてください。

そのやり方が「教育効果が低い」から廃れたのです。それを現代に蘇らせてどうしようというのでしょう?

実は、私はこのipad集団指導の授業をやったことがあります。

意味はありませんでした。

生徒は手元のipadの操作に気を取られ、生徒全員が下を向いているために教師からは生徒の状況が読み取れず、同じ教室内にいながら、別の空間にいるかのように、一体感が全く感じられない授業になるだけでした。

そうですね、ちょうどリモート授業のような感覚です。

教師は、生徒一人ひとりと目を合わせながら授業をすすめることで、生徒の集中度や理解度が手にとるようにわかるのです。その教師最大の武器を捨て去るのはおろかです。

それを上回るメリットがなければ、石盤授業に戻る気はしないですね。

 

教育DXの未来

だいぶ昔の話で恐縮です。

私は、「クリッカー」を授業に導入することを検討したことがあります。

クリッカー」なんて知らないですよね。もう消えた遺物です。

小さなリモコンに、ABCDE等といったボタンがいくつかついたもので、これを生徒が押すと、無線で教師のPCに情報が飛ぶ、というものでした。

質問に対して、生徒が選択肢を選び、その結果をその場でグラフにして生徒に見せながら授業をすすめる、そんなスタイルです。

例によってアメリカ発祥の器具で、主要な製品はアメリカ製、導入事例もアメリカの大学の例しか見当たらない、そんな段階でした。

これは、100名以上の大教室では有効なツールだと思いました。その人数だと、生徒の反応を教師が即座に把握することが難しいからです。もっとも、その後全く普及しなかったということは、それなりに原因があったと考えるべきでしょう。

今ならスマホを使えば同じシステムが簡単に組めますね。そんなシステムも展示会で見かけます。

しかし、あくまでもこれは「1対100以上の大人数の授業」のみで有効な手段です。

せいぜい40名程度の教室なら、教師が生徒の表情を見るだけで生徒の理解度は把握できますし、机間巡視をすれば用は足ります。

今、教育現場は少人数制の指導が主流です。

どうにも教育とDXの相性が悪いなあ、と感じていたのは、これが原因だったのですね。

現在のデジタル技術は、大人数対象の教育にフィットしているのです。

これが、10名程度の指導に効果を発揮する技術が開発されてくれば、保守的な私でも飛びつくかもしれません。

 

◆生成AIについて

急速に進化し続けている生成AIについては、どのように教育に活かすべきなのか、学校教育現場では試行錯誤中です。

登場した当初は、「こんなもの何の役にも立たない!」という反応が主でしたが、予想外に高性能なことがわかると、「これを生徒に使わせることは危険だ!」という反応へと変わり、やがて「もしかして教育の革命になるのか?」と模索しているのが今の段階だと思います。

 

A.つまらぬルーティンワークはAIにまかせ、人間はもっとクリエイティブなことに頭を使う

B.クリエイティブな発想はAIにまかせ、人間はそれをフォローする側にまわる

 

このどちらかということになるのでしょう。

一般にはAの方向性を予想する人が多いと思いますが、個人的にはBなのではないか、と考えています。

なにせ敵?は膨大なデータベースを背後に抱えています。人類が生み出したあらゆる発想に自在にアクセスできるのです。

全ての人間が、クリエイティブな発想に優れているはずもありません。

 

例として生徒に俳句を作らせる授業を考えてみます。6月の俳句にしましょう。

俳句を読む。実にクリエイティブですね。さて生徒はどうでしょう?

おそらくは、過半数の生徒が白紙のノートを前にうなっているだけだと思います。

日ごろ俳句を詠む習慣などないのですから無理はありません。

「なんでもいいんだよ。自分のイメージを膨らませてごらん。」

こう声掛けしたところで無駄でしょうね。

 

ここでchatGPTに「6月の俳句」と指示して作らせてみたところ、瞬時に以下の句が出てきました。

梅雨の空 紫陽花の色 深まりて
夏の風 青田を渡る かえるの声
雨音に 眠り誘われ 昼下がり
露草や 朝露きらめく 庭の道
ほたる飛ぶ 川面に映る 光の舞

ううむ。どれも駄作にも秀作にも思えます。

ここで、「梅雨を感じる俳句」と指示してみました。

梅雨空に 紫陽花濡れて 色増して
雨しとど 緑深まり 蛙鳴く
梅雨の夜 傘の音だけ 響きけり
梅雨入りて 庭の苔むす 静けさよ
雨上がり 虹の架かりて 夏の兆し

なんとなく、さっきより駄作感が増した気がします。

とりあえずたくさん作らせておいてから、気になった句に手を加えると良い句が作れそうですね。

このように、AIに句を作らせておいてから、それにどう手を加えれば良い句になるのか、そうした試行錯誤を試させたほうが、おもしろい授業展開になるような気がします。

 

「人間のような発想はAIにできるはずはない」という先入観を捨てたほうが、教育に活用できるのではないでしょうか。