中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

自習に役立つ 社会科板書大公開 日本史03 奈良~平安時代

 奈良・平安時代を学ぶポイントとは

正倉院

1.奈良~平安時代を学ぶポイント

 このあたりから、やっと歴史らしくなってくるというか、複数の記録から当時の様子をうかがい知ることができるので、歴史的事実をきちんと教えやすくなってきます。もっとも、将門の首が宙を舞う話とか、道真の怨霊の話だとか、写真の正倉院の床下に物乞いが暮らしていて焚火の痕が残っている話だとか、真贋不明の話はたくさんあって、思わず生徒に話したくなってしまうので要注意ですね。

 さらに文化について語ることが増えました。そういえば今年(2024)の大河ドラマ紫式部でしたね。ドラマ自体はほぼフィクションのようですが、少しでも平安貴族ライフに興味を持ってくれればよいですね。

 ところで私は大河ドラマは一切見ないことにしています。歴史好きの私としては興味は大いにあるのですが、なにせドラマですから、史実に基づくにしても脚色が甚だしいものです。架空の登場人物などいくらでも出てきます。そうした情報がインプットされてしまうと、私の頭の中の歴史の知識が汚染されるというか、思わず授業で話してしまいそうになるからです。水戸黄門鬼平犯科帳くらいまで突き抜けてくれれば大丈夫ですが、史実と創作を頭の中で仕分けしておけるほど器用ではないもので。同様の理由で歴史小説も読みません。この仕事を引退した後の楽しみにとっておきましょう。

 

2.板書

板書 奈良・平安

今回の板書は、26行にまとめました。
注意点としては、蝦夷・比山・貧窮問答歌・田永年私財法の漢字でしょうか。とくに墾の文字は間違えて覚える生徒続出ですので、黒板には大きく書いて注意を促します。

3.都の変遷

 奈良時代の講義に入る前に、生徒に都の変遷についてざっと説明します。
平城京平安京の2つだけ覚えれば事足りたのは20年以上前の牧歌的な時代の話で、今では中学入試でもこれくらいの都の変遷はおさえておく必要があるのです。最近は近江大津京に遷都した理由を説明させる記述問題もよく見かけるようになりました。白村江の戦いの敗戦により内陸に遷都したと答えさせる問題です。厳密にいうと、遷都の理由はそれだけではないようですし、近江の地を選んだ根拠も他にいくらでもあるようですが、中学入試レベルではそこまで複雑には考えずに単純な答えを要求されるのです。
その他にも、飛鳥浄御原宮恭仁京難波宮紫香楽宮福原京など、この時代にはやたらに都を移しているのですが、これらは大学入試の知識として、今は扱いません。今後、どこかの中学の社会科の先生がスパークしてしまい、これらの都について出題しないことを願っています。

 ただ、板書した以外にも都はあちらこちらに移転したことは説明します。まだまだ都の役割が明確になっていなかったことや、朝廷の権威が十分には確立していなかった背景については考えさせたいところですね。

 

4.聖武天皇


聖武天皇といえば、国の混乱を鎮めるために奈良に東大寺、全国に国分寺を建立した天皇として有名ですね。また、墾田永年私財法を出し、律令制の原則の公地公民を崩すきっかけをつくった天皇でもあります。それに正倉院シルクロード天平文化を加えれば、ほぼ説明はつきます。小中学生用の参考書にはそこまでしか書かれていません。

でも、私の講義では、「なぜ聖武天皇は寺を建立することで国の混乱が鎮まると考えたのか?」まで考えさせていきます。「鎮護国家」という、小学生には難しい話になりますが、ここで当時の仏教の役割をきちんと理解させることで、後の末法思想から浄土教信仰までが格段に理解しやすくなるからです。

仏教については、日本の文化史の基礎教養として、きちんと理解しないといけません。

現世利益・来世利益・極楽往生・他力本願、こういった言葉も授業では扱います。

実のところ、中学入試に出る知識だけに限定するのなら、ここまで丁寧に教えなくても何とかなるのです。でも、ただ語句を丸暗記させるだけの歴史の授業はやりたくないですよね。それなら私がわざわざ時間を割いて講義しなくとも、適当な参考書を見れば済む話です。

欧米ではキリスト教・聖書の知識が基礎教養として文化の理解の根幹をなすように、日本では仏教の教養が欠かせないですから。

そういえば、たしか攻玉社中だったと思うのですが、「南無阿弥陀仏」を漢字指定で答えさせる出題が昔ありました。こうして書かれた字をみれば難しい字ではないのですが、「ナムアミダブツ」という音を漢字化するのは意外と困難です。でもそれ以降見かけない出題ですので、今から必死に漢字を覚える必要はないですよ。そういえばこの学校は親鸞の教えを漢字4文字で答えさせた学校でした。「悪人正機」です。「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」って、親鸞歎異抄ですよ。小学生は読んでいません。

社会科の先生に僧侶の方でもいたのかな?

 

5.行基と鑑真

 私の見たところ、この2名の僧が中学入試で最もよく出題される人物名のような気がします。鑑真については、来日に際してのドラマが、いかにも小学生の喜びそうな波乱万丈のストーリーですので、語ってあげれば生徒は喜ぶことはわかっているのですが、私は簡単にしかお話しません。それよりも、遣唐使船がなぜこんなにも遭難したのか、そのルートと理由について考えさせることに時間を使います。また、行基がなぜ大切なのか。これが当時の僧侶に求められていた役割と関連している点ですので、きちんと説明したいところです。

 どうも日本の小中学校での歴史の扱いは不十分な気がします。いわゆる文化史については、ほとんど教えていないといってもいいくらいですね。でも、政治史も重要ですが、文化についての理解も大切だと思います。今後生徒たちが中学で世界史を学ぶ際には、カトリックプロテスタントイスラム教についての知識が必要になるのと同じことですね。

 

6.蝦夷征伐

 生徒たちは、この日本という国の範囲が、沖縄・九州から北海道まで広がっていることを知っています。そのため、その範囲が昔から同じだったような錯覚を持っています。ここでは、日本の範囲、正確には朝廷の権威が及ぶ範囲が、まだ北関東までであったことを理解させます。戦いによって、異民族(朝廷から見て)を征伐することで日本の範囲が東北まで広がっていったことを知る必要があります。「蝦夷」という単語も、えぞ・えみし と二通りの読み方があり、後に北海道を蝦夷と呼ぶようになったのはなぜなのかということも併せて教えます。

 ただし、この東北の蝦夷については、いまだに諸説が混沌としてますので、あまり深入りするのは禁物ですね。ある程度学説が固まってからでないと、小中学生に教えることはできないからです。

 

私が生徒に歴史を扱ったテレビを薦めない理由もそこにあります。

「歴史秘話〇〇」とか「歴史が動いた」とかいったタイトルのドキュメンタリー物ですね。

こうしたテレビ番組では、視聴者の常識(=学校で習ってきた歴史)を裏切ることで目を惹こうとする傾向が強いですね。

聖徳太子は実在しなかった!」とか、「源義経は逃げ延びた」とか、「〇〇戦争、もう一つの真実」といったような、私たちが「えっ、そうだったのか!」と思うように作られています。

もちろん、中には緻密に検証された番組も多いとは思いますが。

しかしここで大切なのは「正しいか正しくないか」ではないのです。繰り返しになりますが、子供たちが学んでいいのは、「教科書に書かれている」歴史だけなのです。歴史学的にいかに正しかろうと、それが学校教科書に記載されるまでは教えるわけにはいきません。

テレビで唯一安心して見せられるのは、NHK for schoolの番組だけですね。学校でも見せていると思います。

www.nhk.or.jp

 

7.口分田

 この回の最重要ポイントは、律令制の崩壊です。口分田が不足し、墾田永年私財法が出され、公地公民の原則が崩れ、荘園が発達していった。この流れを理解することが大切です。

 さらに私の授業では、なぜ農民が逃亡においこまれるまでにいたったのか、について考えてもらいます。唐の律令制をまねた日本の制度ですが、唐の口分田の面積は5ha、日本はその20分の1以下の面積でしたから、そもそも生活が成り立たないレベルだったのですね。気候風土の異なる国の制度をそのまま日本に移入したからこそ生じた矛盾。このことを理解してほしいと思っています。

律令制については前回の記事も参照してください。

peter-lws.hateblo.jp

 

8.天台宗真言宗

このように対になる知識というのは、入試で実によく出題されます。例えば、金閣銀閣北朝南朝といったものですね。どうしても同じタイミングで学ぶため、混乱しやすいのでしょう。中学入試問題を作る先生の大好物です。

したがって、天台宗真言宗最澄空海比叡山延暦寺高野山金剛峰寺、とただ単語を並べるだけで済ましてはいけません。それぞれの仏教の違い、とくに政治との距離感、さらに空海最澄の違いなどについて少し詳しめに語ってあげましょう。こうして肉がきちんとついた知識というのは、なかなか抜けませんので、つまらぬ引っかけ問題にやられることもなくなるはずです。

もっとも天密と真密の相違を語りすぎることは禁物です。静寂に包まれた比叡山境内を歩きながら語るべきでしょう。

ちなみに高野山は少々行きづらいところにありますが、比叡山は京都に行く際に立ち寄りやすいですね。おすすめです。

 

9.平安時代と言う時代


この後の、平安時代の終わりの講義でおもに扱いますが、平安時代というのは、その名前とはうらはらに、なかなか混乱に満ちた時代です。

その原因として大きいのは、中央の政治と地方との関係です。

とくに中央の政治の腐敗についてはきちんと理解させたいですね。

源氏物語枕草子に見られるような華やかな貴族文化が営まれている一方では、地方を顧みようとしない、むしろ己の立身出世のために利用することしか考えない貴族がはびこっている時代です。なんとも複雑で、魅力的なこの時代についてどこまで生徒のイメージを膨らませることができるのか、毎回の講義が教師へのチャレンジだと思っています。