中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

中学受験戦争という幻想 受験からの撤退とは?

以前、このような記事を書きました。

peter-lws.hateblo.jp

 

 そこでは意識せず「撤退」「戦略」などというワードを使っています。

よく考えてみれば、これらの語句は、いわゆる「戦争」に関連する語句ですね。

つまり、私自身も無意識のうちに、「中学受験」=「戦争」ととらえているのです。

 

今回の記事は、そうした考え、つまり「中学受験=戦争」という考えを否定しようという提案になります。

「受験戦争」

そもそもこの語句が使われるようになったのは、第1次ベビーブームが原因です。

1947年~49年に生まれた子供たちがその世代です。

1949年の出生数は269万6638人でした。

そういわれてもピンとこないですね。

ちなみに2023年の出生数は72万7,277人です。

なんと3.7倍! です。

今の小6が生まれた2012年の出生数は103万7231人ですので、それで計算しても2.7倍ということになりますね。

 

受験状況も学校数も社会状況も何もかもが異なる2つの時代を単純比較することなどできませんが、人数だけ見ても、受験の競争率が凄かったことは想像できますね。

 

まさに「受験戦争」だったわけです。

 

1949年生まれの子どもたちが大学入試を迎える18年後は1967年でした。

1960年代後に「受験戦争」という語句がマスコミで使われるようになったのは、大学入試を意味した使い方だったのです。

 

また、高校入試も一般化しました。

高校への進学率が6割を超えたのもまさに1960年代です。

当然ここでも「受験戦争」が勃発することになります。

 

特定の高校(都立日比谷高校等)や特定の大学(東京大学等)を目指した熾烈な競争が激化します。

その緩和を目的として、2つの制度が導入されました。

まず、東京都においては、「学校群制度」が導入されます。1967年のことでした。

「日比谷潰し」とあだ名されたこの制度により、たしかに日比谷高校の東大実績は激減しましたが、その結果、私立中高一貫校の人気が高まる結果をもたらしました。

また、共通一次試験が導入されたのは1979年です。

高校の予備校化を防ぐ意図があったようですが、これも結果としては大学の序列化を招く結果となりました。

 

◆人気のある大企業に就職するためには、「一流大学卒」でなければならない(いわゆる学歴フィルターですね)

◆一流大学(東大一工早慶等)に進学するためには、「難関高校」でなければならない(そんなことはないと否定する方は、高校別大学進学実績の表を見てください)

◆「難関高校」は多くが中高一貫校である

◆「難関」中高一貫校へ進学するためには中学受験が必要である

 

まあ、このような順番で、いつのまにか中学受験の世界でまで「受験戦争」という語句が一般化してしまったのでしょう。

 

このような考え方を、単純すぎるとか、周囲に流されすぎであるとか、批判することは私にはできません。

現実社会の一側面には違いありませんので。

 

「バックキャスティング」の誤用

 

「バックキャスティング」という手法があります。

もともとは、1970年代に、エネルギーや環境分野で用いられるようになった手法です。

まず、あるべき未来像を描きます。

そして、そこから逆算して、今行うべきことやその優先順位を決めていくのですね。

 

そう言ってしまえば、別に珍しくもなんともない、普通に皆が行っている手法・思考といえるかもしれません。

 

バックキャスティングは、変化の大きい未来を考えるのに有効な手法とされています。

逆の思考法「フォアキャスティング」は、現在の延長線上にある未来を考えて行動を決める手法です。

変化の少ない社会では有効とされています。

 

「バックキャスティング」の例としては、アポロ計画が挙げられると思います。

「人類を月に送る」という、一見荒唐無稽(当時の常識では)をケネディ大統領が掲げ、それを実現するためにあらゆる計画が動き出したのですね。

 

また、やはり宇宙関連で想起したのは、アメリNASAが考案した、火星への着陸方法でした。

誰もが思いつくのは、パラシュートで減速する・ロケットエンジンで減速する、の2つでしょう。しかし大気の薄い火星では、パラシュートの減速は十分な効果を発揮しません。ロケットエンジンの減速は、複雑な機構と燃料を運ぶ問題があります。

NASAが採用したのは、「軟着陸しない」という選択肢でした。

パラシュートである程度減速した後は、探査機を地表に激突(墜落)させるのです。

墜落しても壊れない機器の開発と、エアバッグによる衝撃軽減の2つの手法により、見事に探査機を火星表面に送り込むことに成功しました。

 

NASAがどういう経緯でこの手法を採用するに至ったのかはわかりませんが、まさに「バックキャスティング」思考の好例だと思います。

 

さて、中学受験をする方の多くが、「バックキャスティング」思考をしていると思います。

◆未来像・・・わが子が医者となる

◆逆算・・・・大学医学部進学←医学部に強い中高に進学←中学受験

 

昨今の、「〇〇サイエンスコース」とか「医学部進学コース」などと銘打ったコースを掲げる中学が人気なのは、そういうことなのですね。

 

しかしこれは、あきらかに「バックキャスティング」思考の誤用です。

そもそもこの思考は、劇的な変化をともなう未来像について考える手法です。

斬新なアイデアが生まれる可能性がありますが、その未来の実現可能性は低いと言われています。

 

中学受験では、変化の大きい予測できない未来は想定していません。

社会状況の変化により教育もまた変化していることは事実ですが、「予測できない」ような「劇的」な変化は起きていないのです。

「教育」というものは「不易流行」なのだと思います。

 

そうすると、そもそもの考え方を変える必要があります。

「よりよい就職のためには」「医学部進学のためには」という未来からスタートするのではなく、現状からスタートする、つまり「フォアキャスティング(フォワードキャスティング」こそがふさわしい手法であるといえるでしょう。

 

「フォアキャスティング」・・・できることからやる

 

そもそも、なぜ勉強する必要があるのでしょう?

 

大人が、資格試験の勉強をする理由はわかります。

「資格をとるため」です。

 

しかし、小学生(中高生)が勉強する意味とは何なのでしょう?

 

◆よりよい社会の一員となるため

◆教養豊かな大人となるため

◆最低限の常識を身に着けるため

◆社会に貢献できる大人になるため

◆自分自身の未来の可能性を広げるため

◆自分自身で考える力を身に着けるため

 

こうしたことではないでしょうか。

 

すでに小学生の段階で、自分の将来をたった1点に絞っている子はほとんどいないと思われます。

「親には子に継がせるべき仕事がある。子は一人しかいない。したがって子は必ずその仕事につかなければならない」

江戸時代じゃあるまいし。

かならず子が継がねばならない仕事なんてあるのでしょうか?

歌舞伎とか狂言とか?

日本の伝統芸能くらいしか思いつきません。

まさか「医者」に、わが子の未来をそこまで縛る強制力はないと思います。

 

今まさにやるべきなのは、「できることからやる」ことです。

 

ダイエットのようなものなのかな?

「体重10㎏減!」という目標を立て、そのために努力をする。

これはこれで立派です。

しかし、「規則正しくバランスのとれた食事と適度な運動」を心がけ、その結果として適正体重になった、というほうが、どう考えても「正しい」と思います。

 

何をやればいい?

 

簡単です。

 

今学校でやっている勉強を極めましょう。

足りなければ、少し背伸びして学習しましょう。

今自分にできる「最大限の努力」を継続しましょう。

 

そして親にできることも簡単です。

わが子の学習環境を充実させてあげましょう。

 

そのための中学入試です。

 

つまり、私からの提案は、中学入試本来の姿に戻ろう、ということなのです。

 

◆子どもの現状把握・・・小学校の勉強だけでは物足りない

 まず、子どもの学習状況をしっかりと把握します。

小学校の学習についていくのがやっと、そんな状況だとしたら、お子さんの次のステージは、公立中学校で間違いありません。同様の状況の子が多くあつまる環境で、そうした子の指導に熟達した先生方がいるからです。

もし小学校の学習では明らかに物足りないとしたら、次に考えることは、「どういった種類の学習を」「どれだけ足していくのか」ということですね。

 

◆何をやるのか

たとえば、いずれ進学する公立中学で必要になる、英語や数学の先取り学習を始めるという選択肢もあると思います。英検級の取得などもわかりやすい目標設定ですね。どんなに小学校で「浮きこぼれ」ていて、地元公立中学校でも同様の状況が予測されたとしても、経済的理由により私立中高が選択肢に入らない場合はもちろんあるからです。

※公立中高一貫校という選択肢は検討に値します。

 

また、いずれ必要になる学習として、中学受験相当の学習をするのも有効です。大学入試において中高一貫校が有利なのは事実ですが、その理由を考えたとき、

〇高校入試がない・・・学習の足踏み状態がなく先へ進める

〇高2段階でカリキュラム学習が終了し、高3の1年間は大学受験準備にあてられる

この2点がすぐに思い浮かびますが、実はもう一つ、

〇中学受験で教科力および学習習慣をつけた生徒達の集団である

ことがあげられるからです。

中学受験をするつもりがなかったとしても、中学受験レベルの学習をすすめておくことはとても大きな意味をもってくるはずです。

 

このようにして、今できることをやっているうちに、「中学受験」が可能なレベルまで学力があがり、結果として「中学受験」をすることになるかもしれません。

 

これは「戦争」でもなんでもありません。

勝ち・負けなどないのですから。

もちろん「撤退」という発想もありません。

 

※但し書き

 これは、「無理のない受験勉強」のすすめではないことをお断りしておきます。

負荷のかからぬ「無理させない」勉強では、何の効果もあがらないからです。

勉強とは、本来、「つらくて」「苦しくて」「やりたくない」ものです。

(勉強は楽しいものだ、などというのは大人の幻想です。大人になってからやる勉強のことです。)

それを「無理して」「がんばる」からこそ、成果があがると思っています。