私は、中学受験指導のプロではありますが、中学受験原理主義者ではありません。
地元の公立中学に進学してから高校受験する、そうした選択を否定するつもりは全くないのです。考えてみれば、そちらのほうがメインストリームですので。
ただ、中学受験で志望校を考える前に、今一度そのことを考えるべきだとは思っています。
公立中学→中学受験へと方針を変えたケース
A子さんの両親は、子どもが小学生になるタイミングで引っ越してきました。新しく住むようになった町は、人口が増えつつある、いわゆる新興住宅地でした。子育て世代も多いので、暮らしやすいところだったそうです。
中学受験率も高く、駅前には複数の塾の看板が見られます。
しかし、両親は、A子さんを地元の公立中学に進学させる予定でした。
実は、A子さんの両親は、ともに私立中高出身です。つまり、中学受験を経験していたのです。そのため、中学受験の大変さも大切さも、私立中高のメリットも十分わかっています。その上で、中学受験をさせないと決めたのは以下の理由からでした。
◆家の近所で見かける地元の中学生たちは、少し幼い印象を受けるが、その分純朴な感じで好感が持てた。
◆自分たちが通学に片道1時間かけていたので、A子には近くの中学の環境を与えたかった。
◆活発なA子なら、公立中学でもやっていけると判断した。
◆今習っているバレエとピアノを継続させてあげたかった。
◆自分たちが地元に友人が持てなかったので、娘には地元に大勢の友人がいる環境で大人になってほしかった。
とくに大きかったのは、通学時間だったそうです。
自分たちが通学にかけていた時間に、もっといろいろなことができたはずだ、との思いが強かったのです。
しかし、結局地元の公立中学進学を回避する決断をしました。
その理由は以下のようなものです。
◆父親が毎日通勤時に見かける中学生の女子がいたそうです。別に知り合いでもなんでもありません。同じ時間に家を出ると、いつも同じ角ですれ違う。ただそれだけです。
しかし、やがては自分の娘のA子も同じ制服を着るんだよなあ、とそんな思いで見守っていたそうです。
目がクリっとして可愛らしい顔だったそうで、父親曰く、娘とちょっと雰囲気が似ているが、娘のほうが可愛い、そう言っていました。親馬鹿ですね。この子を仮にクリ子としておきます。
やがて父親の通勤時間が変わったため、クリ子を見かけることはなくなりました。
A子父が近所の祭りに行ったときのことです。祭りには、近所の子供たちや大人たちが大勢集まっています。焼き鳥片手にぶらぶらしているとき、A子の父親は、久々にクリ子を見かけたそうです。
祭りの明かりが届かぬ薄暗がりに、数人のやんちゃな中高生(いわゆるヤンキーというやつですかね)がしゃがんでビール片手に煙草を吸っていたそうです。そしてその中心の、リーダーとおぼしき男の膝に座ってしなだれかかっていたのが、クリ子でした。すっかりボスの女気取りです。
あんな可愛らしかった子がこんなになってしまって。まだ中3だろうに。
A子の父親にとって、ショッキングな光景でした。可愛い子だっただけに、すぐに先輩にでも目をつけられたんでしょうね。
俺の娘もあの中学に入れたらこうなってしまうのか?
父親の中で、公立中学進学の選択肢が消えたのでした。
どの中学に入れたところで悪いやつはいる。そんなことはわかっています。しかし娘をリスクから遠ざけるためにやれることがあると考えたのです。
私には過剰反応と笑うことはできません。娘を持つ父親の当然の心配だからです。
◆A子と仲の良かった友達が、次々と中学受験のための塾に通うようになり、一緒に遊ぶ時間が少なくなってきました。A子は男女分け隔てなく友達も多いほうだったのですが、結局遊んでくれるのは、週末毎にショッピングモールを徘徊する女子達と、サッカー少年とゲーム少年のグループしか残っていません。A子はショッピングに興味はありませんし、サッカーもやりませんので、ゲーム少年たちと一緒に遊ぶことが増えてきたそうです。もっともA子はゲーム機械を持っていません。親の方針で与えていないのです。夕方薄暗くなった公園の片隅で、会話も交わさずに夢中になってゲーム機の画面をのぞき込んでいる少年たち。その後ろにたたずむわが子の姿を見かけたとき、A子の母親の中で、公立中学進学の選択肢が消えたのです。
どうやら自分たちが中学受験をした30年前と状況は変わっているのではないか。A子の両親はそこに思い至ったのでした。
A子本人も、中学受験したいと口にするようになっています。
そこで両親は、家から乗換無しで通える中学校を数校選択肢として受験を考えることにしました。最寄り駅でよく見かける制服も参考になったそうです。それらの中学校なら、通学時間もあまり長くなく(歩いて行ける公立中には負けますが)、同じ駅や同じ路線に大勢の同級生たちがいることも期待できます。
子ども本人はあまり気にしないケースも
B太はサッカーに夢中です。
セレクションでとあるクラブチームにも選ばれました。
そのことを理由に勉強をしないことは親が認めません。B太は勉強もなかなか頑張っている子でした。
B太にとっては、中学受験は選択肢にありません。サッカーを続けるためには、地元の公立中学がベストだからです。しかし、両親は心配していました。あまり良い評判を聞かない中学校だったからです。
公立高校の実績を見ると、その中学校の成績は芳しいものではありません。トップ校への進学者など皆無なのです。また、学級崩壊しているといわれているクラスもあると聞きました。そこで両親は、B太に中学受験を勧めようとしたのですが、本人にこう言って断られたそうです。
「だって、どの中学に行ったところで、勉強しないやつはいるし、先生の言うこと聞かないやつだっているよ。大事なのは、自分が勉強するかどうかってことじゃないの?」
あまりの正論に、両親も腹をくくったのです。
おそるおそる進学させた中学校ですが、B太の様子は変わりません。相変わらずサッカーボールを追いかけ、勉強もちゃんとやっています。サッカーについては、高校に進学したらクラブチームをやめて、高校のサッカー部で活躍する予定だそうです。たぶん1年でレギュラーをとれるというのがB太の目論見です。
環境がどうあれ、本人の意志さえしっかりしていれば大丈夫だ。両親はもはや安心して見守っています。
公立中学を選ぶということは、高校を選ぶということ
中学入試をするということは、中高一貫校を選ぶということです。場合によっては大学までこの段階で選ぶことになります。それに比べて、公立中学を選ぶということは、高校受験でいろいろな選択肢があるということです。
普通はそう考えますよね。
でも、その考えは甘いとはっきり言えます。
まず、高校入試における私立高校の選択肢が圧倒的に中学入試よりも少ないのです。
多くの(ほとんどの)私立中高一貫校が、高校からの募集をやめました。きちんとカウントしたわけではありませんが、中学入試と比べてだいたい1/4かそれ以下しか選択肢が無いと思います。
そうなると、必然的に、都立高校・県立高校進学を主軸に高校入試を組み立てることになります。
例えば、都立日比谷高校を第一志望にしたとしましょう。
お住まいの学区の公立中学校からの進学者数は何人くらいでしょうか?
日比谷高校に毎年2名以上の合格者を輩出している中学校は15校程度です。目黒区・千代田区・世田谷区等、なっとくできるエリアの中学校が並んでいます。
半面、もう何年も日比谷高校への合格者がゼロ名の学校も百数十校あります。距離という要素を除いて考えても、あきらかに学校間格差が存在します。
生徒数を考慮して上位の中学校を見てみると、千代田区麹町中、文京区第六中、世田谷区弦巻中といった中学校があげられます。目黒区東山中もなかなかなのですが、ベスト3ではないのですね。おそらく中学受験率が高いからでしょう。
例えば、神奈川県立横浜翠嵐高校を第一志望にしたとしましょう。
川崎市宮前区の宮前平中学校が年平均10名の合格とダントツの実績を誇っています。その他、横浜市都筑区・青葉区・港北区といった、教育熱心なご家庭が多そうなエリアの中学校の実績が良いようですね。もちろん、大半の中学校が0~3名程度となっています。ここにもやはり学校間格差が見られます。
つまり、公立中学に進学し、高校受験を選択した段階で、意外なほど選択肢の幅が広くはないといえるのです。
中学入試の勉強が、小学校の学習とは無関係に塾で行われているのに対し、高校受験の勉強は、内申を考えても、中学校の学習を無視するわけにはいきません。その中学校で文字通りトップの成績でなければ、日比谷や翠嵐への道はなかなか開かれないと考えてよいと思います。
本人さえがんばれば、中学校は関係無い! というわけにはいきません。内申は重要課題ですし、周囲の環境から一番影響を受ける年代ですので。
一度、公立中学校を訪問し、先生とじっくりとお話することをお勧めします。
高校受験については、こちらにも書いていますのでご覧ください。